三十一話
――――精霊の眼
歴史書にして最も新しい神話……それにこのような単語が出てくる。
かつて魔族を大陸から追い出す際、後に五英傑といわれた五人の精霊術師がいた。
彼らはそれぞれ、五属性の最高位を誇る精霊、五帝獣の一体と契約していた。
五帝獣が最高位と言われるのには、帝級精霊魔法自体の威力もあるが、他にもいくつか理由がある。その多くは、帝級精霊以外が成し得ない特殊な力である。
一つ挙げるとすれば、五帝獣の契約者は精霊を顕現せずとも精霊魔法を行使できるという事だろう。
それはつまり、精霊顕現を行った状況では、精霊と契約者……同時に二発の精霊魔法を行使することができるという事だ。
その価値は計り知れない。なぜなら、一人の精霊術師で帝級精霊二体分の働きが出来るのだから。
彼らが精霊顕現なしに精霊魔法を行使する際、目の色が変わったといわれている。
火属性ならば、赤色の眼に。
水属性ならば、青色の眼に。
風属性ならば、緑色の眼に。
雷属性ならば、黄色の眼に。
土属性ならば、茶色の眼に。
その眼を見た者は、それに惹かれ、魅了されたという。
精霊と同じ眼……まるで、精霊と同化したかのように見えるその眼は"精霊の眼"といわれ、人々の畏怖と敬意の対象となった。
それから数十年、五帝獣の契約者は全員死に、精霊の眼を見ることは無くなった。
だれもが五帝獣の居場所を探し、国が総力を挙げて捜索し、やっとのことで発見した際も、その圧倒的な風格と不可侵にすべきその眼に見られ、足がすくんだ。
やっとのことで契約の儀を行った国内屈指の高位精霊術師の魔力さえも、まるで赤子のようにあしらわれ、一蹴された……。
誰もが思った。もはや、我々では彼女らと契約をすることはできないだろうと。
だが、彼らは知らないだろう。
五帝獣が逃げ隠れた森の中で、"五体全員と契約をした"少年がいることを……。
ボネット領近くの森。
まばらに咲き誇っていた桜の花は散り、夏に向けて青々とした葉をのぞかせている。
その森の奥に、小屋というには大きい、屋敷というには小さい家が一軒建っている。
丁度、扉から出て来た金髪碧眼の美女。
彼女は、森の一部として静かに……たしかにそこにいる。
ザアッと、木々が音を立てて揺れたと思うと、風が彼女にかまってもらいたげなように吹きつく。
その風をまるで手に取り撫でるようなしぐさを見せながら、そっと話していた。
「……そう、フェイ君が王城に……」
彼女の声に相槌をうつかのように風がまた、その場で動く。
「ふう……どうしようかな……」
少女のようなしぐさをしながら、困った顔で家に入っていく女性。
彼女はおそらくは自室であろう部屋に入ると、引出しをあけて呟く。
「しかたない、息子のために一肌脱ぐとしますかね」
おどけた感じに言いながらも、その両手には引出しから取り出したなにかを大切そうに持っていた。
……彼女は、その"印鑑"らしきものを取り出すと、先ほどまでの表情が嘘のように引き締まった顔をしていた。