二十八話
横から聞こえる寝息と、暖かなぬくもりと柔らかな感触。
僕が目を覚ますと、横で寝ているメリアからこのようなことを感じる。
その感触から逃げるように、そして、寝ているメリアを視界に入れないようにしながらベッドを抜け出し、朝食の支度をする。
最近は、例のテストの練習をするため早く家を出るようになった。
……昨日の今日で行きづらいけど。
重々しい足取りで実技室に向かう。
中からは物音が聞こえていて、ゲイソンたちがすでに来ていることがわかる。
「はあ……」
「あの……フェイ様、大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫だよ……」
なおも心配そうに僕の顔を覗き込んでくるメリアを横目に、ドアを開ける。
「お、来たか!」
「おっそーい!どうして私がこんな奴と二人きりで練習をしとかなきゃならないのよ!」
「ご、ごめん」
「おい!こんな奴とは何だ、こんな奴とは!」
「ふんっ!」
「――――たくっ、さっさと始めるぞ!」
そうして、室内の魔力が高まる。
練習が終わり、いつも通りゲイソンが床に大の字で寝転がりながら体中で空気を吸い込んでいる。
そんなゲイソンを、両手を腰にあて、見下ろすようにしながらアイリスが言う。
「あんた……一応全身に魔力を纏えてはいるけど、その魔力の純度の低さは何とかならないの?」
「俺は、質より量で勝負するタイプなんだよ!」
「それでしか勝負できないんでしょ!」
「そうとも言う」
「そうとしか言わないわよ!」
この光景を微笑ましく見ることができるようになった。
まるで、姉と弟のじゃれあいのような……。
でも今は、憂鬱な気分で見ている。
「ゲイソン……」
「んっ、どうしたフェイ」
「昨日のこと、聞かないの?」
「……なんだ、聞いてほしいのか?」
「いや……」
「なら、別にいいって」
「えっ?」
「聞きたくないと言ったら嘘になるが、昨日の会話でなんとなく事情は察したし、それになにより、秘密にしたいことを聞いて嘘を言われるより、そのまま秘密にしてくれていたほうが何十倍もましだ」
「ゲイソン……」
いつもはどちらかというとふざけた雰囲気のあるゲイソンだが、今は上半身を起き上がらせ、真剣な顔つきで僕に言ってくる。
「あんたもたまにはいいことを言うのね!」
これにはアイリスも感嘆したのか、珍しくゲイソンを褒める。
「あれ、知らなかったのか?俺、実はスゲーいい奴なんだぜ!」
親指を突き立て、ニカッっとした笑顔を向けるゲイソン。
「……フェイ君、そろそろ行かない?」
「うん、そうだね。メリアも行こうか」
「……はい」
自分で言うな……そう全員が思った瞬間だった。
【エンチャントボディ】の実技テストが五日後に控えているのに加え、八日後には筆記テストが行われる。
入学して一か月足らずでテストを行うのは早いのではないかという意見もあるが、これは学園長の強い希望で実施されている。
なんでも、入学試験のためにその場しのぎで覚える者もいるため、この時期に行うことで、覚えきれていない個所を洗い出すという狙いがあるそうだ。
ゲイソンは、昨日はまじめに授業を受けていた。
それこそ、【エンチャントボディ】を目に集中させ、瞼を閉じないように努めるほどに。
……ただ、うまく魔力を操作しきることができず、腕にまでかかり、それによって強化された手によって筆記用具が握りつぶされたが……。
ともあれ、アーロン先生の補習回避のため昨日は頑張っていたゲイソンだが……
「グーッ」
……見事に撃沈なされている。
アーロン先生がそれを見てこめかみに青筋を立て、「補習プリント、作っておくか……」と、呟いていた。
授業が終わり軽く伸びをしていると、教卓からこちらへ向かってきたアーロン先生に声をかけられる。
「フェイ、昼食をとったら生徒会室に来い……とのことだ」
「えっ……生徒会室ですか?」
「ああ。……今回はきちんと言ったぞ!」
「わかりました」
……まだ、学園長室に呼ばれた時のことを覚えているんだ……。
「それと……」
アーロン先生がまだ寝ているゲイソンを見ながら、付け加えてくる。
「悪いが、お前が暇なときでいいからゲイソンの勉強を見てやってくれないか?」
「僕がですか?」
「ああ、本来なら生徒であるお前ではなく俺自身がするべきなんだが、それなら補習とあまり変わりないだろ?なら、友達に教えてもらったほうがいいと思ってな。魔術師にとって勉強はとても大切なことだしな、それをおろそかにしてほしくない。頼めるか?」
「まあ……僕にできる範囲なら……」
「そうか、頼んだぞ!」
鼻歌交じりに教室を出ていくアーロン先生を見ながら、きちんと生徒のことを考えているんだな……と、思った。
……ところでゲイソン、起こさないと寝続けているつもりなのかな?