二十七話
沈黙が実技室を支配する。
この場にいる者すべてが、室内の一点を見ていた。
その視線の先には、壁にあいた大きな穴から晴れ渡る大空を静かに見上げる少年の姿があった。
その少年……フェイ=ディルクは、憎らしいほどに晴れている青空を見て……
この壁、いくらかかるのかな?
ラナさんの仕送りの三分の二は生活費に必要だし……足りるかな?
いや、足りないよね?
金の計算をしていた。
「これはまた……派手に壊しましたね」
いつの間にか結界から出てきていた会長が、そう言ってくる。
「僕の勝ちでいいんですよね?」
「ええ。ブラム君も気絶していますし、だれの目から見ても明白です」
「そうですか」
「ところで、この壁のことなのですが……」
レイラが壁の修理代をフェイに支払うように口に出そうとしたとき、フェイの頭に一つの考えが浮かび上がる。
「もしかして、会長が修理代を出してくれるんですか?」
「えっ!?」
急に言われ、面を食らった顔をするレイラ。
そこから畳み掛けるようにフェイが続ける。
「よく考えたら、ごくごく自然なことですよね!会長の力不足で今回の決闘を招いたといっても過言ではないと思いますし、でしたらそれによって生じた費用も当然出してくれるんですよね?」
「え、ええ……」
「会長がやさしい人でよかったです」
「あ……ありがとうございます」
にこやかにほほ笑みながら話すフェイに、顔をひきつらせながら返すレイラ。
フェイは多少の申し訳なさを感じながらも、今までされたことを思い返しながら、これくらいのことはしてくれてもいいだろう……と思い、次の話題に入る。
「では、魔術師枠はこのまま……ということでいいんですよね?」
「ええ。実力で劣る魔術師を認めないといった彼が、その魔術師に負けたのですから、彼にはもうそのようなことを言う資格はありませんよ」
会長の後ろでグラエムとセリアがハイタッチをしていた。
「まだだ……まだ、負けていない!」
意識を取り戻し、立ち上がりながらそう言ってくるブラム。
だが魔力切れなのか、息も荒く、ふらふらしていて立つことすらままならないようだ。
「見苦しいですよ!誰の目から見ても、あなたが負けたということは一目瞭然ですよ!」
「くっ……」
レイラに叱咤され、俯くブラム。
「なぜだ……なぜ俺がお前なんかに負ける……。いつも、いつも、いつも!なぜお前は俺の先を行くんだ!!」
「ブラム……」
ブラムの口からこぼれだすその言葉に、フェイは思わず名前を呼んでしまう。
「俺が、お前なんかに負けるはずがないんだ!才能だけで生きてきたお前に……。どうして今になってまた俺の前にくるんだ!お前なんか……お前なんかあの時しっかり殺されておけばよかったんだ!!」
「――――っ!」
口では他人と言っていても、やはり弟から面と向かってそう言われるのに心が痛んだのか、うめき声に近いものを出すフェイ。
彼の表情には、怒りと憎しみ……そして何より、悲しみが表れていた。
「そんなこと……そんなことありません!!」
突如、普段は無口なエリスが大きな声でそう叫んだ。
もっとも、彼女にとっての大声であって、声の大きさは普通だが。
「ブラムお兄様は知らないと思いますが、フェイお兄様は毎日遅くまで魔法の勉強をして、朝早くから魔法の練習や魔力操作などをされていました……。私たちが寝ているときも、遊んでいるときも、いつも、いつも……ぼろぼろになりながらも……。それを、才能だけで片付けるなんて……」
目から涙を流し、口元を押さえるエリス。
彼女がここまではっきり話したことに、彼女を知る者は唖然とした。
フェイは無意識のうちに、彼女から目をそらした。
そしてブラムを見て、言った。
「ブラム、強くなるコツは、自分が誰かから愛されていると"思い込む"ことだよ」
「どういう意味だ!」
「さあね。……では会長、壁の件をよろしくお願いします」
ええ……と返事をするレイラを見ながら、メリアに帰ろうかと言って手をとる。
「お……おい、フェイ!」
ゲイソンが声をかけてくる。
「ごめんゲイソン。疲れたから、また明日」
そう言って、この場を後にした。
ドアを開けて家の中に入る。
メリアを見ると顔を真っ赤にしていた。
「んっ、メリア……どうかした?」
「いえ……その、手を……」
「あ、ごめんごめん」
慌てて手を放す。
「あっ……」
「……?どうかした?」
「い、いえ!なんでもありません!」
「そう……」
家に着くと既に暗くなっていたので軽く食事をとり、メリアに先に風呂に入ってもらう。
ベッドに寝転がりながら、右ひじを頭の上にのせる。
目をつむると、先ほどの戦いがフラッシュバックする。
……僕も、結局はブラムたちと同じ、か。
怒りと憎しみに任せて魔法を発動したことを思い出し、悔いるフェイ。
そして、先ほどのエリスの言葉と涙が心に刺さる。
違う!エリスが僕のことを嫌っていないはずがない!
彼女たちは僕を追い出したんだ!
ベッドから起き上がり、棚のようなところを見つめるフェイ。
その視線の先には、暗がりで黒く染まっている、ガラス玉が置かれていた……。