閑話 エリスの想い 中編
「ばかな!フェイ兄さんはもう死んだはずだ!……お前は、本当にフェイ兄さんなのか?」
ブラムお兄様が問いただす。
お兄様の顔は、なぜかフェイお兄様が生きていたことを喜ぶ"それ"ではない。
でも、今の私にはブラムお兄様の言動も、行動も、表情も……何もかもがどうでもよくなっている。
――――だって、フェイお兄様が生きていたのだから……。
周囲の人たちがざわめく中、ブラムお兄様が肩を震わせながら言った。
「黙れ!」
その声には、言い知れぬ怒気が込められている。
「なぜ、なぜおまえが生きているんだ!五年前殺させたはずなのに!」
――――――――え?
この一言が、私を現実へと呼び戻した。
「殺させた……?分家の人たちは当主の命令だって言ってたけど、ブラム……君も一枚かんでいたんだね……」
殺す……?フェイお兄様を、お父様が?
それにブラムお兄様も加担していたの?
魔獣に襲われ命を落とした……そう聞かされ、死んだと思っていたフェイお兄様が生きていたことに浮かれていた私を混乱させるには、十分すぎる一言だった。
その直後、フェイお兄様がハイヒールを使ったことも、魔法で身代わりを作ったという説明も、すべて情報としてしか頭に入ってこない。
ブラムお兄様から軽く魔力が放出されたのを感じ、目線を上げると、私の嫌いな表情を浮かべたブラムお兄様が言った。
「兄さん……いや、フェイ。あんたも今の俺からしたら弱いものに入るんだぜ。例えお前がフェイ兄さんだとしても、今の俺にかかれば容易にひねりつぶせる!」
「それは、僕に勝てる……ということなの?」
「勝てない……とでも思っているのか!【ファイヤーボール】!!」
ブラムお兄様が【火の初級魔法 ファイヤーボール】を行使する。
その威力こそ、私が超えることのできないもの……。
「どうだ!これが今の俺の力だ!」
最早、私の中ではブラムお兄様のことなど、どうでもよかった。
私が心配なのは――――
「フェイお兄様!!」
すさまじい威力の魔法を受けたであろうフェイお兄様の身を案じる。
でも、それは杞憂だった。
「ねえ、今の君の力って、こんなものなの?」
着弾によって生じた土煙。それが収まりきらない中で無傷で立っているフェイお兄様。
私には分からない。フェイお兄様がどうやって魔法を防いだのか。
私は魔力を感じることだけは人一倍長けている……と、思う。
でも、フェイお兄様からは全くと言っていいほど感じることができない。
それは、数年前と同じ、私が最も尊敬したお兄様の姿。
「やっぱり、すごい……」
小さな声でぼそりと呟く。
顔が……体中が火照るのがわかる。
どうしてかはわからないけど、悪い感じはしない。
ブラムお兄様が【火の中級魔法 フレイムランス】を行使しても、【水の中級魔法 ウォーターランス】で相殺する。
一連の動き、魔力に無駄がない。
「俺が手に入れた力が、ただの魔法だけだと思っているのか!」
フェイお兄様に弱さを指摘され、顔を真っ赤にして、怒り狂ったように言う。
「……いいや、精霊術師しか行使できない魔法があることは知っているよ」
「そうだ!お前が……すべてにおいて俺に勝っていたお前が唯一手に入れられなかった力が!!」
「お兄様!それはおやめください!」
フェイお兄様が手に入れられなかった力……精霊。
それを使おうとしているのだと感じた私は、反射的に止めに入っていた。
「うるさい!」
「きゃっ!」
腕をつかまれ、振り払われる。
立ち上がろうとするその間に、精霊が召喚される。
ブラムお兄様の契約精霊、中級精霊 フレイムウルフ。
そのまま【火の下級精霊魔法 フレイムニードル】が放たれる。
……でも、それを見ても特に慌てることなく、フェイお兄様が魔法を行使する。
滝状の壁が現れ、火の針を完全に防ぐ。
ブラムお兄様と同じように、私も中級魔法で防ぎ切ったことに驚きながらも、その魔法に込められた魔力の量と純度を見て、納得した。
フェイお兄様の挑発に乗り、【火の中級精霊魔法 フレイムアロー】を行使するブラムお兄様。
でも、魔力がよく見える私には、魔力切れギリギリなのがよくわかる。
フェイお兄様を援護しようかと思ったけど、必要ないと思いやめておく。
それに、私が出ていったところでそれほど力になれない……。
でもこれも、結局は私がただ心の中で言い訳をしているだけなのかもしれない。
「【ウォーターウェーブ】!【――――――――――――】」
フェイお兄様が魔法を詠唱する。
一つは【水の上級魔法 ウォーターウェーブ】。
もう一つはよく聞こえなかった。
その直後、水の波が現れブラムお兄様の放った炎の矢を完全に飲み尽くし、フレイムウルフとブラムお兄様に襲い掛かる。
私のほうにも迫りくる感覚がしたのでとっさに身構えると、波の範囲はブラムお兄様のみをとらえているかのように、私たちには水滴一つかからなかった。
上級魔法をつかえたことにも驚きながら、ここまで正確な魔法を放てるお兄様を見て、体の底から何かが燃え上がる感覚がする。
――――やっぱり、フェイお兄様はすごい。この技術こそ、私の目指した術師……。
そんな想いに浸っていると、いつの間にかブラムお兄様が倒れていた。
それを見たフェイお兄様はここから立ち去ろうとしたので、声をかける。
「あの、フェイお兄様……」
言葉に詰まる。
たくさん話したいことがあるのに、どれから話したらいいのかがわからず、混乱する。
……やっぱり、まずは謝るべきかな?
そう思い、口を開こうとすると、
「エリスさん、僕はもうあなたの兄ではありませんよ……」
冷めた目で私をとらえ、そのまま去って行った。
私にそれを止めることはできなかった。
思ったことをすぐに口にできない自分が嫌いだ、と思いながら、フェイお兄様の一言を受け止め、心の中が後悔で埋め尽くされる。
「お兄様……」
その後、セシリアお姉さまがくるまで、その場に立ち尽くしていた。