閑話 エリスの想い 前編
「遅れてしまい、申し訳ありません!」
今私たちは校門付近に立っている。
私の前には、申し訳なさそうに……というより、何かにおびえるように頭を深く下げているメリアがいる。
その"何か"が何なのかわかっている私は、おそるおそる私の隣に立っているブラムお兄様の顔色をうかがう。
「――――っ!」
見ると、苛立たしげな表情を浮かべていた。
お兄様がなにか言い出すよりも先に、メリアに言う。
「大丈夫で――――」
「遅い!十分も待たせておいてその程度で済ませられると思うのか!」
『大丈夫ですよ、メリア』
そう言おうとすると、ブラムお兄様に妨げられる。
「魔術師の分際で俺を待たせるとは、いい度胸だな!」
「申し訳ありません!」
さらに、深く頭を下げる。
「あの……お兄様、もういいではないですか」
「いや、エリスは分かっていないな。こういうのはすぐに許すのはよくない」
「ですが、反省もしているようですし……」
「口だけなら何とでも言える!」
まあ見てろ――――と、笑みを浮かべながらメリアに目線を向ける。
「今後、二度とこういった失態を行わないように、少し指導する必要があるようだな」
お兄様がほかの分家の人たちに同意を求めるかのように言う。
彼らは、さも当然といった感じで、メリアに向かって手をかざす。
「お……お兄様」
メリアの顔を見て、お兄様の腕をおさえにいく。
「……エリス、今度メリアのように指導、してやろうか?」
「――――っ、いえ……」
「頭のいい妹をもって、俺は幸せだ」
自分が嫌いになる。
友達とうつむきながら、お兄様たちがメリアに魔法をぶつける音を聞く。
私はこっそりメリアの体を魔力で覆って少しでもダメージを減らせるようにする。
でも、威力でお兄様に劣る私では少ししか防ぐことができない。
……フェイお兄様なら、どうしたのかな。
今日食堂でフェイお兄様に似た人を見て、不意にそんなことを考える。
フェイお兄様がいたら……。
そんな意味のないことを考えながら自分の臆病さにいらだち、いつもと同じようにうつむく。
不意に、先ほどまでの魔法とは違う、魔力が多くこめられた魔法の発動を感じブラムお兄様を見ると、数十個の火の玉が浮かんでいて、いまにもメリアを襲おうとしていた。
「あぶない……」
あれだけの量が一度にあたれば、数個は確実にそのままの威力でメリアにあたる。
なりふり構っていられない!と思った私は、【水の初級魔法 ウォーターボール】を発動しようとする。
――――――でも、
「【ウォーターウォール】」
懐かしい声によって【水の中級魔法 ウォーターウォール】の詠唱がされたと思うと、メリアを守るように水の壁が顕れ、火の玉をすべて相殺する。
「ごめんね。もう……大丈夫だから」
二つの魔法の応酬によって生まれた水蒸気、それが晴れるといつの間にかメリアの前に、フェイお兄様に似た人……いえ、この魔法の威力は、
「フェイお兄様……生きておられたのですね……」
フェイお兄様が生きていたことを確信し、いろいろな想いが胸からこみあげてくる。
フェイお兄様と一緒に過ごした日々のこと。
フェイお兄様に魔法を教えてもらった時のこと。
フェイお兄様が精霊と契約できなかったことで、どう接していいのかわからず距離をとってしまったことに対する後悔。
フェイお兄様が家を追放されるとき、止めることができなかったあの時の臆病な私への怒り。
でも、何より――――
フェイお兄様が生きていたことが一番嬉しい。
自分の頬を涙が伝っているのがわかる。
でもそれは思いの外、不快なものではなかった。