表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦慄の魔術師と五帝獣  作者: 戸津 秋太
一章 戦慄の魔術師の帰還
3/199

二話

「――っ、ハアハア……夢、か」


 久しぶりに昔の夢を見た。

 当然のことながらあまり気分のいいものではなく、思い出したくもない。

 息を荒げながら上体を起こすと、汗をかいていたのか気持ち悪くなりシャワーでも浴びようと思いベッドから出ると、


「フェーイーくーん、グッドモーニング!!」


……それはドアをものすごい勢いであけ、シリアスな雰囲気をぶち壊しながらハイテンションで入ってきた。

 あまりの勢いで綺麗な金髪が揺れ、室内に甘いにおいが漂う。


「……おはようございます、ラナさん」

「もー、フェイ君テンション低いよー!」

「ラナさんが高すぎるんですよ!ていうか、いつも思っているんですけど、どうして僕がベッドから出た瞬間に部屋に入ってこられるんですか!」

「ふふふ、私を甘く見てもらっては困るよフェイ君。私の勘はすごいのよ!たとえフェイ君が私から何百km離れたところにいても、私にはフェイ君がいつ起きたか手に取るようにわかるのよ!」

「すごいを通り越して逆に引きますよ!」

「冗談よ!本当はこの部屋に魔法をかけているのよ。まあ、正確にはベッドに……だけどね。フェイ君の重みがベッドからなくなったら私にわかるようにしてあるのよ」

「そっちの方が引きますよ!何勝手に変な事をしてるんですか!今すぐ解除してください!僕、もうこれからソファで寝ますよ!」

「ねえ、朝から大声出して疲れない?」

「誰のせいだと思ってるんですか!」


 ラナさんが部屋に入ってくるまで僕を蝕んでいた眠気は、この会話の応酬で嘘のように吹き飛んでいた。

……ていうか、のどが痛い。


 それにしても今日のラナさんのテンションは、特に高い。


「んっ、とりあえずシャワー浴びに行くんでしょ?早く行ってきなさい」


 服の中に風を送っていると、ラナさんが僕がこれから何をしに行こうとしていたのかが分かったのか、促してくる。

 一見すれば気配りができる人だと思うだろうが、その顔が若干緩んでいるのを見た僕は、以前の事を思い出しながら言う。


「……覗かないで下さいよ」

「……」

「覗か……ないですよね?」

「う、うん……」

「何故、目をそらしてたんですか?」


 あからさまに目をそらしてきたラナさんを見て、疑念を更に深める。


「あっ、分かった!もしかしてそういうフリなの?本当は覗いて欲しいとか?」

「フリじゃないですし、覗いてもほしくありません!……分かりました、入り口をふさいでおきます」

「ひっ……ひどい……。これが世間に言う反抗期ってものなのかしら……グスッ……」

「違いますよ!」

「昔はお風呂も一緒に入っていたのに……」

「――っ!昔の話はいいじゃないですか!もう、入ってきます!」


 昔のことを思い出し、顔がほてるのが分かる。

 その熱を冷やすことも兼ねてシャワー室へと急ぐ。





「ふう……気持ちいい……」


 先ほどまでの喧騒が嘘のように静かで、シャワーの水音しかしない。

 ちなみに入口は【土の初級魔法 クレイシールド】でしっかりふさいである。


「それにしても今日のラナさん、やけに機嫌がよかったな……。厄介ごとが起きなければいいけど……」


 頭を冷やしたためか、先ほどよりも冷静になりながら今朝のラナさんの様子を思い出し、こんなことを懸念してしまう。

……いや、いつもあんな感じか。うん、いつも通りだ。





 シャワーから上がり、水気を取ってから服を着てラナさんが食事の用意をして待っている食堂へと向かう。

 近づくにつれ、いい匂いがしてきた。


 そしてそこには、おいしそうな朝食と……頬っぺたをリスのように膨らませたラナさんがいた。


「あのー、ラナ……さん?」


 腫物を触るように……なるべく刺激しないように慎重に声をかける。


「ぷい!」


 その結果は、明確な拒絶。首の動作を声に出して表現するというおまけつきだ。


「もしかして、怒ってます?」

「別に、入り口を本当にふさいだことに関しては、別に!全然!全く!これっぽっちも怒ってないもん!」

「いや、凄い怒ってるじゃないですか……」


 むしろ、これが怒っていないのだとしたら、何を怒っていると表現するのだろうか……。

 そんな事を考えながらいまだ膨れっ面をしているラナさんを見て、小動物みたいで可愛い……と思った。


「――っ!そんな事を言っても許さないからね!」

「えっ、声に出てました?」

「小動物みたいでかわ「ストップ!繰り返さないでいいですから!!」……私を除け者にした罰よ!」


 声をかぶせるようにして誤魔化す。……誤魔化せていないけれど。


 そんな、焦った僕を見たラナさんが、してやったり、といった顔で僕を見てくる。そんなラナさんも可愛い。

……声に、出てないよね?


「ほら、早く食べるわよ!」

「わかりました」


 今日の朝食は、パンとサラダとシチュー……。

 そして、ラナさん特製のフルーツジュース。


 シチューからは湯気が立っており、パンに軽く塗られているバターの香ばしい香りが食欲をそそる。


「うん、おいしい」

「そう、よかった!」


 ラナさんの料理はすごくおいしい。

 時々、ラナさんに料理を教えてもらっているので僕もそれなりに料理は出来ると思っているが、ラナさんには到底かなわない。


「ところで、何の夢を見たの?」

「えっ!?」

「だって、すごくうなされてたもの……」

「昔の……夢ですよ」

「――!……そう」


 いまだ立ち上る湯気とは対称的に、空気が湿っぽくなる。


「ねえ、フェイ君」

「……?何ですか?」

「もし、ボネットの人たちに会ったらどうする?」

「どうして急にそんな事を?」


 ここ数年間そのような話題が上がったことはあまりないので、反射的にその疑問を口にしていた。


「特に深い意味はないわ」

「…………何も、しないですね」

「何もしない?」


 スープを飲むのに使っていたスプーンを置き、僕を真剣な顔で見てくる。


「はい、多分あの頃のように無視すると思います。僕は弱いから、楽なほうを選ぶんですよ。ほら、無視するなら楽じゃないですか」

「弱い……か。この五年間で手に入れた力で復讐とかはしないの?」


 ラナさんが意地の悪い笑みを浮かべながら、僕をのぞき込んでくる。


――復讐……か。

 そういえば、この家に来た頃そんなことを考えていた。

 力があれば、力さえあれば彼らを見返せる。屈服させることができるのに……と。


 でも、いつの間にかそんなことを考えなくなっていた。

 どうして考えなくなったのか……考えるまでもなく口に出ていた。


「今の生活に満足してますから」

「えっ?」


 先ほどの表情から一転、驚いたような表情を浮かべる。


「彼らが僕を捨ててくれたおかげで、ラナさんに会えましたから」

「――っ!そ、そう」


 これは心から思っている。

 ラナさんと過ごした五年間があるからこそ、復讐にとらわれずに済んだのだろう。


「ところでフェイ君、今日の朝食当番はフェイ君だったのだけど」

「え……あ、そうだった!ごめんなさい!」

「いいのいいの。その代わり、私の言うことを一つ聞いてくれない?」

「は、はあ……分かりました。一つだけならいいですよ」

「そう、じゃあ精霊学校に入学してね」

「……へ?」

「……」

「……」

「……」

「何さらっととんでもないことを言ってるんですか!?」

「何よー、言うこと聞いてくれるんでしょう?」

「えっ、いや……でも」


『は、はあ……分かりました。一つだけならいいですよ』


 室内に、先ほどの僕の発言が流れる。


「ほら、ちゃんと言ってるでしょ」

「なっ!【風の初級魔法 サウンドメモリー】……。いつの間に!?」

「ふっふーん、言質はとったわよ!」


 説明しよう!【風の初級魔法 サウンドメモリー】とは、空気の揺れによって生じる音を、魔力をうんたらかんたらして保存できる魔法のことである。

 使い道は今回のように言質をとったりすること以外には使わないので、この魔法を習得してる人は大抵、腹黒……。


「ねえ、今何か失礼なことを考えた?」」


 するどい!


 じと目で僕をにらんでくる。


「いえ、別に……」

「そう……じゃあ、行ってきてね。あっ、書類審査で通ってるから試験の必要はないわよ。ちなみにEクラスだからー」


 息の付く間もなく畳みかけられる。


「えっ、Eクラス?」


 Eクラスは魔術師のみで構成されているクラスだと小耳にはさんだことがある。

 僕は彼女たちと契約しているので、少なくともEクラスにはならないのではと思い、口にする。


「そうよ。フェイ君も知ってのとおりEクラスは魔術師だけで構成された、魔術師育成のためのクラス。フェイ君は彼女たち……五帝獣と契約しているとはいえ、封印しているから魔術師扱いなのよ」


 僕の言わんとしていることが分かったのか、僕がEクラスに入る理由を教えてくれた。

 その疑問が解消され、ふと、先ほどのラナさんの言葉を思い出す。


「なるほど、それであんなことを……」

「んっ?」

「ボネット家の人たちにあったらどうするか……と聞いたことですよ」

「そうよ。精霊学校に行ったらボネット家の人に会う可能性が高いから、聞いたのよ。愛しい息子に犯罪者になってほしくないからねー」

「だからって、どうして僕を精霊学校に入学させようとするんですか?」

「彼女たちの封印を解くきっかけ見つけるためよ!」

「――っ!」


 いつになく真剣な顔で僕を見ながら言い放つ。

 それは、その問題はもう考えないようにしていたのに。

 あの時のことは思い出したくもない。


「私は気にしてないのにずるずる引きずって彼女たちを封印し続けてるから、ちょっと外に出て気分転換してきなさいっていう、私のやさしい配慮よ」

「でも、僕はラナさんを……」

「気にしてないって言ってるでしょ!とにかく、精霊学校に行くこと!いい?」

「はい……」


 断ろうと思えば、断れたかもしれない。

 けれど、僕はなぜか断れなかった。

 それが何故なのか……わからない。



 こうして、僕は"元"家族が通っている精霊学校に行くことになった。





――何もかも忘れて過ごしてきた僕の止まっていた時間が、今……動き出す。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ