十六話
沈黙が生徒会室を支配する。
先ほどから俯いたままのセシリアを見て、「少し言い過ぎたかな?」と思う自分と、「いいや、このくらい言われて当然だ!」と思う自分、二人の自分が僕の中でせめぎあっている。
突然、生徒会室のドアが開く。
中に入ってきたのは赤みがかった長髪が特徴的な女性、この学校の生徒会長、レイラ=マレット。
僕は彼女と面識がある。
マレット家はボネット家と同じ名家、七公家である。
七公家とは、アルマンド王国の国王より公爵の爵位が与えられた家の事である。
その名の通り公爵の爵位が与えられている家は七つ。
数十年前の魔族との戦いで、中でも大きな功績をのこした七つの家に与えられ、その秀でた能力故に王国の重要な地位についている。
と言っても数十年前に与えられた地位、そう何十年も不動であるわけではない。
七公家の中でも入れ替わりは起きている。
マレット家もその中の一家。
十年前にとある功績を残し、侯爵から公爵に爵位を上げ、七公家になった。
もっとも、新参者故に七公家の中ではマレット家をよく思わない家もあるが……。
ちなみに、アルマンド王国の貴族階級は爵位が高い順に、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵となっている。
生徒会室に入ったレイラ=マレットは俯いているセシリアを一瞥し、「セシリアさん、ご苦労様でした。授業に戻っていただいて結構ですよ」と言い、セシリアを部屋から出した。
生徒会室から出ていく彼女を見ながら僕は「もう五時間目の授業が始まったんだ……。成績、大丈夫かな?」と考えていた。
レイラ=マレットが先ほどセシリアが座っていたソファに座りフェイを見た。
「お久しぶりですね、フェイ=ディルク君」
「久しぶり……と言うことは、あなたは全てを知ったうえでセシリアさんに僕を呼ばせたんですか?」
「ええ」
「いい性格してますね」
「よく言われます」
ほほ笑みながらそう返したレイラを睨むフェイ。
「それで、何の用なんですか?授業に行かないといけないで」
「それでしたら心配は無用です。五時間目の授業は病欠、と報告しましたので」
「……それならよかったです、いや、全然よくないんですけどね」
「さて、先ほどの質問ですがあなたをここに呼んだのは二つ理由があります。一つはあなたをセシリアさんに会わせる事です」
「理由を聞いてもいいですか?」
「……いえ、これはセシリアさんから聞いたほうがいいでしょう」
この人、こう言ってまた僕を彼女と話させるつもりか……。
「そうですか、なら知らなくてもいいです」
「……二つ目は、あなたが欲しいのですよ」
「欲しい?それは、プロポーズですか?」
「違いますよ」
「知ってました」
僕とレイラさんには年齢差がありすぎる。
いや、同い年だったとして釣り合わないけど。
「それでは本題です」
「……」
急に背筋を伸ばし真剣な面差しでこちらを見てくる。
「あなたを生徒会に勧誘します」
「……理由を聞いてもいいですか?」
「昨日、あなたがしたことが理由です」
「何かしましたか?」
「未熟とはいえ、七公家の一角を担うボネット家の長男、ブラム=ボネットを倒したではないですか」
「倒したって大げさな。で、それが何か?」
「それが理由です」
「……ふざけてますか?」
「本気です」
「お断りします」
「なぜですか?」
「先ほど会長が言われた通り、いくらボネット家の長男とは言え、上から目線になりますが、彼は未熟です。同級生からすればずば抜けて優秀でしょうが、上級生になれば彼を倒せるものがほとんどでしょう。加えて、昨日の彼は冷静さを欠いていました。さらに、僕は一年生ですよ!」
「知っていますし、分かっています」
「でしたらなぜ……」
「僕を勧誘するんですか?」と言おうとしたが、レイラが妖艶な笑みを浮かべ人差し指を口元でたてた。
その美しさに思わず口ごもってしまった。
「何も、今すぐにと言うわけではありませんよ」
「えっ?」
「あなたの言う通り、一年生が急に生徒会入りでは上級生の面目もたたないでしょう」
「……」
「ですから、今年から生徒会補佐会、と言うものを作りました」
「え、何ですかそれ。初耳ですが……」
「言ったでしょ、今年から……と。正確には今朝学園長に承諾していただいたばかりですが」
「今朝?」
今朝と言うことは、僕が学園長に呼ばれる前か後……。
「承諾してもらえるかわからなかったので、最悪の場合生徒会に無理矢理……いえ、あなたを勧誘するだけしようかなと思っていたのですが……」
今無理矢理って言った?ねえ、言ったよね!
「生徒会補佐会とは、どんな仕事をするんですか?」
「その名の通り、生徒会の補佐……まあ、雑務などですね。そして一年間の経験を活かし、次年度からは生徒会に正式に入る、と言うわけです」
「……それって、どっちにしろ生徒会に入っているということでは?」
「学園長には、いきなり生徒会に入るより経験を積んでからにした方がいいのでは?という建前をもとに、進言しました」
建前って言っちゃってるよ、この人。
「よく許可してもらえましたね。無駄な経費が増えるだけなのに……」
「ええ、私もそう思って駄目元だったのですが」
無駄って分かってたの!?
「生徒会補佐会の役員候補にあなたの名前を出した途端、快く承諾してもらいました」
「えっ?どうしてですか?」
「さあ。ただ、学園長が乙女の秘密を見た報いを……とか言ってました」
私怨?私怨が理由でそんな学校全体に関わることを決めていいの!?
「お断りします!一年の僕が経験を積んだとしても、二年生が生徒会に入っては大差ありませんよ」
「セシリアさんは二年生から生徒会役員、三年生で副会長ですが」
「彼女と僕では立場が違います!彼女は七公家、僕はただの魔術師です」
「魔術師……」
不意に考え込む会長。
そして、意地の悪い笑みを浮かべながら言った。
「あなたが生徒会に入れば、この学校での魔術師の地位も少なからず向上すると思いますが」
「……どういう意味ですか?」
「メリアさん……でしたっけ?」
「――っ!」
この人、僕が彼女を助けたことを聞いて……。
あの短時間でここまで考えるとは。
「なぜそこで、彼女の名前が出てくるんですか?」
「いえ、深い意味はありません。ただ、魔術師の地位が向上するということは、あなたのクラスメート、例に挙げればメリアさんが昨日のようなことになることも少しは減るのでは?」
やられた!僕が昨日どんな覚悟で自分の正体をさらけ出してまで彼女を助けたか分かったうえで……。
どうする、確かに僕が生徒会補佐会に入り、次年度生徒会役員になれば、多少は魔術師の地位向上に関わる。
そうすれば昨日のようなことをする生徒は少しは減るだろう。
ブラムやブラムやブラムのような例外は置いといて。
だが、セシリアをはじめとした、エリス、ブラムなど、ボネット家との繋がりも密接になる。
僕が入るということは確実にエリスやブラムも生徒会役員になるに決まっている。
「お断りします」
そう言うと、レイラが目を細めた。
「どうしてですか?」
理由はいくらでもある。
僕が入ればこれからもこの人は僕に対してメリアを使って交渉してくる。
こういう人に一度でも自分の弱みを見せれば、その後も言うことを聞かざる負えなくなる。
そして何より……。
「僕に対する、魔術師に対するメリットが少なすぎます」
「メリット?」
「ええ、僕が入ったところでたいして変わりませんし、逆に要らぬ嫉妬を買うだけです」
「そうですか」
そう言って再び考え込むレイラ。
だが、その仕草にはどこか演技くささがあった。
「でしたら、あなたが入ってくれるのならあなたの推薦で、二名までなら生徒会補佐会に入れても構いませんよ」
「それにどのようなメリットが?」
「生徒会補佐会は基本的に生徒会長の指名によって役員は決められ、最大で六名までです」
そんな独裁的な感じでいいのかな?
「あ、副会長や他の役員、学園長とも相談して指名するのでご心配なく」
「そうですか」
冷静さを装いながらも内心ではなぜ考えてることがわかったのか、焦っていた。
「六名と言うことは、あなたを含め三名が入れば精霊術師との人数は同じになります。と言うことは生徒会で何か決めるとき、発言力が同じだけあると言う事になります」
「……なるほど、そうして魔術師に不利な判断などをされにくくなると」
「ええ」
確かに、こうすれば先ほどよりも格段に魔術師の発言力が上がる。
「一ついいですか?」
「何ですか?」
「こう言っては何ですが、生徒会は能力などを優先させます。魔術師がそんなに入っていては問題があるのでは?」
「そういう事でしたら問題はありません。生徒会補佐会の内、三名を魔術師専用枠にした……と言う事にしますので」
「選ぶ人材はだれでもいいんですか?」
「そうですね、書類仕事が出来て魔術師の中でも実力が高い人でしたら……」
魔術師専用枠、と言う事にすれば、多少の反発はあれど少なくとも自分たちが実力で魔術師に劣っている、という意識を持つことは無くなり嫉妬も減る。
「分かりました、生徒会補佐会に入ります」
「そうですか、良かったです。では、明日の放課後までにあなたの推薦する生徒を決め、一緒に生徒会室に来てください」
「では、僕は授業に戻ります。そろそろ五時間目の授業も終わるでしょうし、さすがに六時間目には出席しておきたいので」
「ええ。あ、最後に一つだけ」
「何ですか?」
「セシリアさんともう一度話をしてみてください」
「……」
僕は何も言わずに生徒会室を出ようとする。
そして、レイラに背を向けたまま言った。
「レイラさん、一つ忠告しておきます」
「忠告、ですか?」
「ええ」
「あまり他人の、周りの事に要らぬ気遣いをしていると足元がおろそかになりますよ」
そう言って、生徒会室を後にした。