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戦慄の魔術師と五帝獣  作者: 戸津 秋太
五章 戦慄の魔術師と五帝獣
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百八十九話

「戻りました」


 屋敷へと戻ったフェイは、レティスとトレントを伴って玄関をくぐると、出迎えに来たアンナたちに声をかける。

 いつものように元気の良い声が返ってくると、アンナがおもむろに近付いてきた。


「あ、あのっ、フェイ様! こちらを……っ」


 おずおずと遠慮がちに一通の封筒を差し出してきた。

 メイドであるアンナたちには、屋敷に届く書状などを受け取る役目がある。


 フェイはそれを受け取ると、封筒に書かれた差出人を見て顔を顰めた。


「どうかなさいましたか?」


 脇に控えていたトレントがその変化に気付き声を掛けてくる。

 フェイはすぐに微苦笑を浮かべて肩をすくめた。


「いえ。ただ手のひらで踊らされている感が否めなくて」


 封筒の差出人はセロルマ=マレット。

 七公家の一角を担うマレット家の現当主だ。


 タイミングからして夜会に関することだろうが、フェイはその話を今日レイラの口から聞いたばかりである。

 つまり、レイラに対してフェイがどのように答えようとも書状は送られていた。


 してやられたな、と思う反面、まさか向こうもレティスが同行するとは予想していなかったはずだ。

 後日改めて彼女に対する招待状が届くであろうことを思えば、いくらか気持ちが楽になった。


 玄関ホールから私室へ向かいながらそんな風に気持ちの整理をしていると、不意にある違和感に気付いた。


「なんだか静かだね。皆は?」


 いつもならフリールたちの慌ただしい喧噪が聞こえてきそうなものだが、今日は何も聞こえてこない。

 フェイの問いに、アンナは気まずそうに目を逸らした。


「そ、その……、皆さん、フェイ様のお部屋に、いらっしゃいますっ」


 言い淀むアンナをよそに、自室の前に辿り着いたフェイはそっと扉を開いた。


「せやぁっ!!!!」

「そんな攻撃が当たるわけないでしょ!」

「――へ?」


 開け放たれた扉の先には、慣れ親しんだ自室の内装――ではなく、真っ白な空間が広がっていた。

 そしてその中で、フリールとフレイヤがいつものように炎と氷の応酬を繰り広げている。


 突然のことに、フェイたちはその場で立ち尽くす。

 そんな彼らの頭上から威厳のある声が響いた。


「むっ、帰ったか。契約者たちよ」

「……ルクスさん。これは一体?」


 頭上から声と共に舞い降りてきた白髪の女性――光の帝級精霊ルクスに問う。

 ルクスはすっとレティスの頭を軽く撫でながら答えた。


「そこの者らが騒がしいのでな。妾の力で戦う場を与えたまでよ」


 呆れたように顎でくいとフリールたちを示しながら口にしたルクスの言葉に、フェイはああと得心がいく。


 この純白の光に満ちた空間は、彼女と初めて対峙した場所と酷似している。

 しかし、あれは精神世界固有のものであると思っていただけに、現実でもこのような幻術めいた空間を生み出す力があることに戦慄する。


 氷の帝級精霊であるフリールが、世界全てを凍てつかせることができるように、光の帝級精霊であるルクスは、世界全てを光で覆い隠すことができるということなのか。


「っ、な、なんですか!」


 フェイが分析するような目で周囲を見渡していると、不意にルクスの手が頬に伸びてきた。

 思わず仰け反るが、ルクスの表情がふざけているようにも見えず、戸惑う。


 すると、ルクスは独り言のようにポツリと呟く。


「……妾がこれだけ力を使っても、疲労さえ感じないのだな」


 ルクスの呟きは、レティスの慌て声にかき消された。


     ◆


「はぁ……」


 夕食を摂り終え、自室に戻ろうとしたフェイはそこがまたしてもルクスの力によって戦場となっていることをシルフィアから訊き、庭先に避難していた。


 屋敷に被害が出ないことを喜べば良いのか、この先フリールたちが気兼ねなく暴れる空間が生まれてしまったことを嘆けばいいのか悩んでいると、溜め息が零れてしまった。

 いや、溜め息の理由はそれだけではない。


 懐に忍ばせておいた封筒を取り出す。

 予想通り、内容はマレット家の夜会への招待状だった。


 夜会。貴族たちの社交の場。

 ボネット家にいた頃は、嫌と言うほど出席していた。


 神童と持て囃されていたフェイの周りには、貴族諸侯が将来のコネのために集い、その張り付いた笑顔の相手をするだけで魔法を使う時には感じない疲労感が背中にのし掛かった。


 そんな場にまた出ることになろうとは、思いもよらなかった。

 作法をきちんと覚えられているか不安だ。


「どうしようかな……」

「何が?」

「! で、殿下……っ」


 突如現れたレティスにビクリと肩を震わせる。

 屋敷内に人が増えたためか、最近こういうことが増えた気がする。


 気を抜きすぎかな、などと思っている内に、レティスはそっとフェイの隣に屈むように腰を下ろした。

 慌てて居住まいを正しながら照れ笑いを浮かべる。


「その、夜会で何か粗相をしないか不安で」

「大丈夫よ、フェイなら。それに、フェイが粗相をしたところで何か言ってくる人なんていないわよ」


 この辺りは王族らしい考えだなと、フェイは苦笑いした。


 実際、レティスも王族らしい振る舞いをするよう王城では教育されているだろうし、そのように求められているはずだ。

 しかし、彼女が夜会の席で何か失態を演じたとしても、それを見て見ぬ振りをするのが貴族の振るまいというものだ。


 とはいえ、フェイはまだ男爵位。

 あるいは公爵位であれば彼女の言うとおりなのかもしれないが、今の彼は貴族の末端に過ぎない。

 何か粗相をすれば貴族の間で下に見られることに繋がりかねないのだ。


 ――ボネット家次期当主に相応しい厳然たる振る舞いを身につけるのだ。


 いつの日か。父だった人が何度も言い聞かせるように口にした言葉が脳裏を過ぎった。

 それを振り払うように頭を横に振ると、レティスは何を思ったのか唇に指を添えて何やら考え込むように「んー」と唸る。


 そして、すぐに顔にパッと笑顔を咲かせて身を乗り出してきた。


「だったらフェイ、私がフェイに夜会の場の立ち居振る舞いを教えてあげるわよ」

「殿下が、ですか?」

「そうよっ。私もフェイにいつも魔法を教えて貰っているもの。私だって、少しぐらいフェイの役に立ちたいわ」


 レティスの思いもよらぬ提案に、フェイは押し黙る。


 ……確かに、王族として教育を受けているレティスならば、立場による振る舞いの差異はあれど、幼き日の記憶を呼び覚ますことができるだろう。


 フェイは安心したような笑みを浮かべると、レティスに「ご指導、お願いします」と頭を下げる。

 すると、レティスは「うむ、任された!」とおどけた口調で胸を張った。

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