百八十八話
マレット家の夜会にレティスと共に参加することになり、詳細は後日書状で改めて送る旨を確認したフェイは教室に戻っていた。
放課後の静かな教室にはメリアが一人だけぽつりと席に座っている。
フェイの姿を認めると、パッと表情を明るくして立ち上がった。
「フェイ様っ、……ぁ」
彼の後ろからレティスがひょっこりと顔を覗かせると、メリアは僅かに顔を伏せる。
フェイは「待たせてごめんね」と謝りながら、教室内を見回した。
「ゲイソンとアイリスは?」
「ぁ、先に実技施設で待ってるとのことです」
「あの二人、なんだかんだで本当に仲が良いわよね」
レティスが言ったとおり、確かに二人は基本的にいつも行動を共にしているような気がする。
思わずフェイが苦笑いすると、メリアも薄く笑った。
その間にフェイとレティスはメリアの近くに歩み寄り、すぐ傍の席にそっと座る。
「それで、一体なんの話かな」
昼休み。食堂で何やらメリアが話そうとして、放課後に改めて聞くことになっていた。
ゲイソンたちも待たせていることだからとフェイが早速切り出すと、メリアは視線を彷徨わせる。
「あ、殿下の前だと話しづらいことだったかな?」
周りに人が多いからとわざわざ放課後に時間をずらしたことを思い出し、フェイが気まずそうにレティスに視線を送る。
レティスが口を開くよりも先に、メリアが慌てて「い、いえっ」と顔の前でパタパタと手を振った。
「その、大丈夫です……っ」
言葉の割には顔を真っ赤にしているのが気になるが、フェイはそれ以上は何も言わないことにした。
メリアは一度口を真一文字に引き結ぶと、やがて決心したようにフェイの目を真っ直ぐに見つめる。
その真剣な眼差しに、フェイも固唾を呑む。
緊迫した空気が教室内に流れる。
数瞬の間を置いて、メリアの口が開かれた。
「あのっ、今週末、お買い物に付き合っていただけませんかっ!」
「へ? う、うん。いいよ?」
目をぎゅっと瞑り、半ば頭を下げるような体勢になったメリアに、フェイは拍子抜けした声で応じる。
てっきりゲイソンたちには言えないような深刻な悩みの相談かと思っただけに呆気にとられる。
一方、フェイの返答を聞いたメリアもまたぽかんとした表情で見上げてきた。
「ほ、本当にいいんですか?」
「もちろん。今のところ大きな用事はなかったはずだしね。何か欲しい物でもあるの?」
「え、えっと、そんな感じです……」
しどろもどろになりながら、メリアはフェイから顔を逸らすと、見えないところで小さく「よしっ」と拳を握る。
緊迫した空気が一転、弛緩し始めると同時に、「こほん」と可愛らしい咳払いが響いた。
「私のことを忘れてないかしら」
「……あ」
少し怒った様子のレティスの言葉に、フェイは自分の立場を思い出す。
現在の彼は、国王陛下より王女殿下であるレティスの護衛を任ぜられている立場だ。
ゆえにこそ、今度開かれるマレット家の夜会にも彼女と共に参加することとなった。
そんな立場にある彼が、レティスの下を離れてメリアと買い物に行くわけにもいかない。
むっとした表情でこちらを見つめてくるレティスと、不安げに瞳を揺らすメリア。
二人の視線を受けて、フェイは腕を組んで考える。
そして、一つの妙案を思いついた。
「そうだ。じゃあ三人で行きましょうか」
「! 行くわっ」
「……ぇ」
飛びつくように即答したレティスと、困惑を露わにするメリア。
慌ててフェイは付け加える。
「ほら、人数が多い方が買い物も楽しいと思うし、ゲイソンたちと違って二人はまだそんなに話せてないからさ。折角の機会だし……、どうかな?」
建前半分、本音半分だ。
実際二人が積極的に会話をしているところは見たことがない。
王女殿下相手になんの遠慮もなしに話せているゲイソンたちが可笑しいと言えば可笑しいのだが、それはそれとして二人にも仲良くして欲しいというの正直なところだ。
フェイの言葉を受けて、メリアとレティスはお互いに視線を交わし、暫し見つめ合った後、メリアはすっと視線を外すと「わかりました」と小さく頷いた。
「よろしくね、メリア」
「は、はいっ、……よろしくお願いします」
挨拶を交わす二人を見届けてから、フェイは「それじゃあ実技施設に行こうか」と席を立った。