百八十五話
午前中の授業が終わり、フェイたちはいつものように食堂に向かった。
それぞれ思い思いのメニューを頼み、席に座る。
アイリスとゲイソンはすっかり慣れたようで、王女であるレティスに対して積極的に話しかけている。
会話が弾み、無邪気な笑顔を浮かべるレティスにフェイは密かに頬を緩めた。
「あ、あのっ、フェイ様……っ」
「ん?」
くるくるとパスタをフォークに巻いていると、対面に座るメリアが上擦った声で話しかけてきた。
視線を向けると、メリアは恥ずかしそうに「いえ、そのぅ……」と俯く。
フェイは急かすことなく黙したまま、メリアが次の言葉を口にするのを待つ。
すると、メリアは助けを求めるようにアイリスに視線を向けた。
「……っ」
メリアの視線の先では、アイリスがにまにまと楽しげに眺めている。
そんな彼女を見て、メリアは一層顔を赤くした。
これ以上待っていても埒があかないと思ったフェイは、躊躇いがちに口を開いた。
「ええと、人が多いところだと話しにくいのなら、放課後にでも話してくれたらいいからさ」
「は、はい……」
フェイの提案に、メリアは大人しく頷く。
一体なんだったんだろうと、巻き終えたパスタを口元に運びながら考える。
(そういえば、今朝アイリスたちと何か話していたような……)
それが関係しているのだろうかとアイリスを見るが、当のアイリスはわざとらしくそっぽを向きながらひゅーひゅひゅーと絶妙に下手な口笛を鳴らしていた。
(これは、アイリスが何か変なことを吹き込んだな……)
アイリスたちとの付き合いもそれなりに長くなってきて、ある程度彼女の性格も掴めてきた。
今の態度から察するに、メリアに何かやらせようとしているのは間違いない。
彼女は純粋だから、アイリスの悪ふざけに簡単に騙されていそうで怖い。
いずれにしてもメリアから直接話を聞かないことにはわからないと、フェイは嘆息した。
と、その時。
「お食事中の所、失礼します」
「っ、レイラさん」
「ご無沙汰しています、フェイ君」
現れたのは、赤みがかった長髪が特徴的な女性、生徒会長を務めるレイラ=マレットだった。
挨拶を返しながら一体何のようだろうと首を傾げてすぐに、フェイの脳裏に一つの可能性がよぎる。
「あ、もしかして補佐会のことで何か?」
「いえ、それとは別件です。最近生徒会も仕事があまりありませんから。……殿下、ご挨拶が遅れました」
一度フェイから視線を外し、レティスの方へ向き直ったレイラは優雅な所作で腰を折る。
既視感を感じるこのやり取りに、レティスは苦笑する。
「他の人にも言ったけれど、学園内で身分のことを持ち出すつもりはないわ」
「……ありがとうございます」
「それより、話があるんじゃないの? 私? それともフェイ?」
「フェイ君に少し話が」
レイラがそう言うと、レティスは「そう」と呟き、黙り込んだ。
レイラはもう一度レティスに向けて頭を下げてから、フェイの方を見る。
「フェイ君。突然で申し訳ないのですが、今日の放課後生徒会室まで来てくれませんか?」
「放課後、ですか」
つい数分前に、メリアと放課後に話を聞く約束をしたばかりのフェイは返答に詰まる。
「わ、私はいつでも大丈夫ですからっ」
「そう? ……わかりました、では放課後に」
メリアの気遣いに甘えてそう返すと、レイラは「ありがとう。じゃあ、待っていますね」と言い残して立ち去った。
◆ ◆
放課後。約束通り、フェイは生徒会室の前まで来ていた。
……なぜか、隣にはレティスもいる。
フェイは躊躇いがちに一度、二度、生徒会室の扉をノックした。
「どうぞ」
中からレイラの声が返ってくる。
「失礼します」と口にしながら、フェイは扉を開いた。
「わざわざご足労いただき、ありが――」
労いの言葉をかけようとしたレイラだったが、室内に入ってきたのがフェイのみならずレティスもいることに気付くと一瞬言葉を失った。
それから、「レティス様、何かご用でしょうか」と困惑気味に問いかける。
レティスは事も無げに首を横に振ると、「いいえ」と何故か嬉しそうに答えた。
ますます戸惑うレイラは、フェイを見て説明を促す。
フェイは乾いた笑みを零しながら口を開いた。
「どうしてか、頑なに一緒に行くと……」
ここに来るまでのやり取りを思い出す。
授業が終わったフェイは、早々に荷物を纏めて教室を出て行こうとした。
レイラとの約束のことは、その時ゲイソンたちも傍にいたため特に説明は不要だった。
話が終わり次第実技施設に向かうからと告げて教室を出たフェイの後ろを、レティスが無言でついてきたのだ。
少し歩いたところで振り返ったフェイは、レティスに「えっと、何かお話が?」と問うた。
するとレティスは、「レイラのところに行くんでしょ? 私もついていくわ」と答えたのだ。
理由を問うても「教えない」の一点張りで、どころか頬を膨らませてどこか怒った様子。
仕方なく、フェイは彼女を連れたまま生徒会室に訪れたのだ。
レイラは困った風に眉根を下げ、しかし厳として譲ろうとしないレティスの姿にやがて諦めたらしい。
ふっと表情を緩めた。
「わかりました。元より、誰かに聞かれて困るというほどの話でもありませんから」
「すみません……」
なんだか申し訳なくなったフェイは頭を下げる。
その後、下げた頭を上げる途中でチラッと隣に立つレティスを見ると、何故か勝ち誇った表情でふふんと鼻を鳴らしていた。