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戦慄の魔術師と五帝獣  作者: 戸津 秋太
一章 戦慄の魔術師の帰還
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閑話 純粋なガラス玉 後編

 今は昼休み。そして私は食堂でフェイを探している。

 奥の方でフェイが数名の男女と一緒に食事しているのを見つけ、そちらに向かう。

 写真で見ていたとはいえ、一目でフェイだと分かった。



 近くに行くと丁度フェイが席を立ち、一人の女子生徒に服の袖をつかまれているところだった。


「ちょっといいですか?」


 早くフェイと話したい、という気持ちが私を急き立てる。

 学友たちとの会話に割って入ってしまったことに対する申し訳なさを感じながら、そう声をかけた。


「ゲイソン、呼ばれてるぞ」


 私を一瞥したフェイが、そばにいた男子生徒に言った。


「私は、フェイ=ディルク君に用があります」


 勘違いしているようなので、そう言う。


「何の用ですか?」

「生徒会室に来てくれますか?フェイ=ディルク君」


 その時、フェイが何かに絶望したような表情を見せた。


「良かったわねー、用事が出来て」


 フェイが、その声の主である女子生徒に恨めしげな表情を見せながら、私についてきた。





 生徒会室へ向かう道のりが長く感じた。

 お互い、一言も話していないのにフェイが横にいるということだけで、とても幸せに思う。

 五年ぶりにあったフェイは、私と同じくらいまで背が伸びていた。

 フェイは、私を見ることなくまっすぐと前を見ながら歩いているのに少しさびしさを覚えた。





「それで、何の用なんですか?」


 私がフェイを生徒会室のソファに座らせるなり、フェイがそう聞いてきた。


「生徒会長にフェイ=ディルク君を連れてくるように言われただけですので、詳しい内容は生徒会長に聞いてください」


 私はフェイの前にお茶を置きながら、そう答える。

 ……実際は、生徒会長が本当にフェイに用があるという所から、すでに怪しいのだけど……。


 私はフェイの前のソファに座ると、フェイを見つめる。

 五年ぶりに見たフェイは身長だけでなく、顔つきも大人びており、昔よりずっと、かっこよくなっていた……。


「何ですか?」


 若干迷惑そうな気持ちがこもったフェイの声を聞き、我に返る。


「フェイに聞きたいことがあるの」


 先ほどまでとは違い、姉として接する。

 その変化に気付いたのか、フェイが聞いてくる。


「それは、生徒会副会長としての質問ですか?」

「セシリア=ボネット個人としての質問です」

「何も答えるつもりはありません。ここについてきたのは、生徒会副会長に呼ばれたからであって、他意はありません」


――っ、言い終わる前にそう言ってきた。

 私個人を嫌っている、といった思いが込められている、そう取れるフェイの明らかな拒絶に、私は悲しみを押さえながら思った。

 ならばこそ、これだけは聞かなければ……と。


「……生徒会副会長として質問します」

「職権濫用では?」

「生徒のことを知るのも、副会長としての責務です」


 卑怯なやり方だと、自分でもわかっている。でも、これだけは聞いておきたい。

 フェイを見ると、好きにしてくれ、と言う顔をしていた。


「なぜ、フェイは精霊学校に入学したの?」

「なぜ……とは?」

「私たちに会うためなの?」

「なぜ、僕があなたたちに会わなければいけないんですか?」

「私たちに復讐するためじゃないの?」


 あの日、家を追い出し、あまつさえ殺そうとしたボネット家を……。

 できれば「違う」と答えてほしいと思いながら、私は聞いた。


「別に復讐するつもりはありませんよ。僕はただ、知り合いに精霊学校に行くよう言われただけですので」

「えっ……」


 予想外の、だけど願っていた答えが返ってきた。


「ボネット家は今の僕にとっては、一貴族と変わりありません」


……会長の言うとおりだった。

 フェイは、あの頃と変わらず純粋なままだった。


「じゃあ、許してくれるの?」


 許して、そしてまた昔のように……。


「……許してもらえると、本当に思っているんですか?」

「――っ!」


 声が出ない、胸が締め付けられる。

 フェイから殺気のようなものが出て、そして冷たくなった目で、私を見てくる。


「僕がボネット家に復讐しないのは、今の僕にとってボネット家はどうでもいいから、というだけですよ。あんな家にはもう関わりたくもありませんでした。と言っても、結局関わってしまいましたがね」

「……」

「もっとも、そちらからちょっかいを出してくるのなら、僕も黙ってはいませんよ」


……ああ、フェイは変わっていた。

 少なくとも昔のフェイは、こんなにも冷たい目で私を見なかった。



「フェイは、変わったわね」

「変わったのではありません、変えさせられたんですよ」

「どういう意味?」

「あの頃の僕は、純粋でした」

「……」


 そう、あの頃のフェイは純粋で、きれいで……。


「ただ僕が強くなればなるほど、親は僕に愛情を注いでくれる。その愛情欲しさに僕は頑張っていた。それ故に、僕はどこまでも親に従順だった。それ故に、僕はどこまでも純粋だった。それ故に、僕は親の、人の持ちうる心の中に秘めるものを、知ろうとしなかった」


 この言葉を聞いた瞬間、私は理解した。

 フェイは、自分を変えたのはボネット家だと言いたいのだと。


「僕に注がれていた愛情は、僕自身にではなく、僕の持つ力にだけ注がれていたことに気が付かなかった……」


 聞きたくない、フェイから目をそらしたくなる、耳をふさぎたくなる。

 だけど、フェイの目はそれを許さないとばかりに、冷たく私を射抜く。


「セシリアさん、純粋とはすばらしいことだと思いますか?」


 ふと、フェイが聞いてきた。

 私は一瞬考えた。どう答えればいいのか、フェイは私がどうこたえることを望んでいるのか。


「……ええ、すばらしいことだと思うわ」


 私はガラス細工屋でのことを思い出しながら、そう答える。

 フェイも肯定してくれるだろうと期待して……。

 だけど、


「なるほど、僕の考えは逆ですよ。純粋とは、無知で愚かな事です。人の心の奥底で考えていることを知ろうともせず、ただその人の表面上の取り繕った仮面を見ただけで判断する」


 絶句した。

 違う、フェイがこんなことを言うはずがない。

 私は自分の爪が手に食い込んでいるのを感じたが、痛みはなかった。


「一応言っておきますが、僕はボネット家に感謝しているんですよ」

「感謝?」

「ええ、人とは醜く、醜悪で、常に自己を第一に考えその身の保身のために自分以外の何もかもを犠牲にする。……例え、家族であっても」

「そんな事は!」

「ええ、知っていますよ。そういう人だけではないことは。実際僕も、家族より家族らしいとても暖かい人に会えました」

「……」

「ですが、人を見かけで判断せず、慎重にその人は自分にとって利か、害か……それを見分けなければならない事を教えてくれたのは、他ならぬボネット家ですから、そのことにのみ感謝しているんですよ」

「私はそんなことは!」

「何が違うというんですか?先ほどだって、まず僕に謝ろうともせず、許してくれるのかを聞いてきたではないですか」

「――っ!」


 そうだ、私は確かに、フェイの気持ちを考えずに自分が許されることだけを考えていた。

 そのために、自分に都合のいい理想のフェイを押し付けながら……。


「結局自分が一番大切なんですよ、大多数の人間は……僕も含めて」



『純粋とは、無知で愚かな事です』


『純粋は、つまりは澄んだ心の事だと思う。澄んだ心ってきれいで素敵だと思うでしょ?』


 同一人物の、しかし同じ人の言葉とは思えない、相反する二つの言葉が私の頭をよぎる。

 そして、私は思う。私たちが、フェイを変えてしまったのだと……。





 あの日、私がガラス玉に込めた願いは、ほかでもない私によって砕け、フェイの心を黒く濁らしていったのだと……。




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