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戦慄の魔術師と五帝獣  作者: 戸津 秋太
五章 戦慄の魔術師と五帝獣
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百八十一話

「んーっ、やっと終わったわね」


 今日最後の授業が終わり、レティスは伸びをしながら隣に座るフェイへ疲れた様子で話しかける。

 早々に荷物を仕舞いはじめていたフェイは、一旦その手をとめてレティスの方を向き、「そうですね」と頷いた。


 王族であるレティスは、王城での生活でも国が雇った教師などによって様々なことを学習する日々を送っていた。

 だから、フェイたち精霊学校の生徒たちよりも学習という意味合いでは厳しい環境で育ってきている。


 しかし、そうはいっても環境が変われば疲れも増す。

 特にレティスは自分と同年代の者と同じ空間で学ぶなんて経験をしたことがない。

 彼女が疲れるのは至極当然だ。


 そんなことを考えて、フェイは改めてレティスに「お疲れ様でした」と労いの言葉をかけた。


「なぁ、フェイ。この後予定があったりするか?」


 そうこうしていると、前の席のゲイソンが椅子に座ったまま振り返り、声をかけてきた。


「予定? いや、特にないけど……、どうかした?」


 強いて言えば、時間があればレティスと共に魔法の練習をしようかと考えていたところだ。


 レティスを一人前の魔術師――いや、精霊術師に育て、光の帝級精霊である白帝竜を一人で御すことができるようにする。

 幸いにして、彼女にはその素質が十二分にある。


 最上級魔法を扱えるレベルに到達するには時間がかかるだろうが、ひとまず、自身の魔力を十全に操れるほどになれば大丈夫だろう。

 ちらりとレティスを見ながらそんなことを考えていると、フェイの問いにゲイソンが答える。


「いや、別に大したことじゃないんだけどよ。最近魔法の鍛錬、やってなかっただろ? それで久しぶりにどうかと思ってな」


「そういえば、そうだね……」


 ここ暫くの間はフェイがそもそも学校に来ていなかったり、来ていても何かと忙しかったりでろくに鍛錬の時間を設けられずにいた。

 ついこの間なんて、ゲイソンと決闘をする始末だ。


 だが、この提案はフェイにとってありがたい。

 いつの間にか荷物を片付け、鞄を手にしてフェイの机によってきていたアイリスやメリアたちにも視線を送りながら、フェイは頷いた。


「うん、いいよ」


 ◆ ◆


 フェイを含む五人は実技施設に場所を移すと、各々魔法の練習を開始した。

 ゲイソンたちが放つ魔法を少しの間眺めてから、フェイはレティスの方へ向き直った。


「では、始めましょうか」


「そうねっ!」


 ワクワクが隠しきれないといった様子で、レティスは胸の前で両手を握った。

 フェイから直接魔法を教わるのはレティスも久しぶりのことで、かなり気合いが入っている様子だ。



 その様子に微笑しながら、フェイは指示を送る。

「とりあえず、復習からしましょうか。【エンチャントボディ】を行使してみてください」

「わかったわ」


 言われるやいなや、すぐさま目を瞑って自身の内にを巡る魔力へと意識を向ける。


「――【エンチャントボディ】ッ」


 カッと目が開かれると同時に、レティスの全身を白い魔力が覆う。

 それは、以前に見たときよりもより洗練されていて、無駄のない魔力操作だった。


 短期間でのあまりの成長ぶりに驚くフェイだったが、【エンチャントボディ】を行使したままこちらを見つめてくるレティスの視線に気付き、慌てて言葉を発した。


「殿下には、まだ初級魔法しかお教えしていませんでしたよね」


「ええ。合宿に同行したときに初級魔法までは教えてもらったけど、中級魔法はまだ早いってフェイが断ったんじゃない」


「そうでしたね……」


 確かに、あの時はまだ魔力の練りが甘かったために中級魔法を教えはしなかった。

 だが、この分なら教えても問題ないかもしれない。


(万が一魔力が暴走したら事だから、もう少し様子はみるけど……)


 レティスは王族であり、フェイは彼女のことをアルフレドから預かっている身だ。

 自分を信頼して託してくれた以上、慎重を期さなければならない。


 フェイは振り返ってレティスに背を向けると、正面に向かって手を突き出す。


「【クレイシールド】」


 淀みのない魔力操作で即時に前方に創り出された土の壁。

 それを見てレティスは【エンチャントボディ】を解除しながらフェイに問いかける。


「合宿の時みたいに、あの土の壁に【ファイアーボール】を放てばいいのよね?」


「はい。数は一つでいいので、魔力を集中させることに意識を向けてください」


「初級魔法を極める、ね。わかったわ」


 合宿でフェイが言ったことを反芻しながら、レティスは土の壁へと体を向けた。


 ◆ ◆


「すげぇな、殿下」


 遠目からフェイたちの修行の様子を眺めていたゲイソンは、アイリスとメリアに向けてそんな感想を零していた。


 先ほどからフェイが創り出した土の壁へ放たれる【ファイアーボール】の威力は、とても最近魔法を学び始めたもののそれとは思えない。

 魔法の展開速度や一度に展開できる魔法の総量などではまだゲイソンたちに分があるが、威力自体は比較しても遜色ないレベルにまでなっている。


「そうね……」


 ゲイソンの言葉に、アイリスもまた感嘆と驚きの声を、メリアは黙したままフェイたちを見つめている。

 短期間で、自分たちの実力に着々と追いついてくるレティスの姿を見て、しかし不思議なことにゲイソンたちの胸の内に劣等感は湧き上がらなかった。


 身近に、もっと凄い奴がいるから。


 自分たちでは決して到達できない高みを知っているから、そんなくだらない感情など抱きようがない。

 ……だが、それでも男として自分と同年代の異性に負けるのは釈然としない。


「――うしっ! 俺も本気を出すとするかぁ!」


「本気って、あんた急に何言い出してんのよ……」


 威勢良く大声を上げたゲイソンに、アイリスは呆れた様子で問う。

 その声に、離れた場所で鍛錬をしていたフェイたちもその手を休めてゲイソンたちの方を向いた。


 レティスたちに見られて、俄然やる気が上がる。

 ゲイソンは体内に巡る魔力を振り絞る勢いで集約する。


「え、ちょっと……」


 その魔力量に嫌な予感がしたアイリスは、戸惑う。

 そうしている内に、ゲイソンが魔法を放った。


「【ファイアーボール】ッ!!」


 ゲイソンの周囲に、十数個の火の玉が現れる。

 普段一桁程度しか展開できないゲイソンからすれば、それは驚異的な数だ。


 が、しかし――。


「……っ、このぉ……!」


 展開された火の玉からバチバチと魔力が暴走する予兆が現れる。

 それを必死に制御しようとするゲイソンだが、無理矢理に展開したそれらを完全に抑え込むことができず――。


「ゲイソン! 早く魔力の放出をやめて!」


 フェイがそう叫び終わるよりも先に、暴走した魔力によって火の玉が四方八方へ放たれる。

 メリアとアイリスは咄嗟に回避行動をとりなんとか躱すが、うち数個がフェイたちの方へと飛ぶ。


 突然のことにその場で立ちすくむレティス。

 慌ててフェイは彼女を抱き寄せた。


「【ウォーターウォール】!」


 暴走した火の玉はフェイが展開した水の壁に衝突すると同時にその場で霧散した。

 飛び散った火の玉全てが消失したことを確認してからフェイは【ウォーターウォール】を解除すると、魔力を使い果たし、その場に跪いているゲイソンを睨み付けた。


「ちょっと、ゲイソン! 急に何をしてるんだ!」


「……ぁ、えっと」


 いつになく鋭い語調のフェイに気圧されて、ゲイソンはしどろもどろになる。


「今の魔法がもし殿下に当たっていたら、大問題だよ! 魔術師は自分の力量を正確に把握し、無茶な魔法行使はしない。授業でもアーロン先生がいつも言っていることじゃないか!」


「……すみませんでした!!」


 顔面を蒼白させてその場で綺麗に土下座を行うゲイソン。

 そんな彼の背を罵声を浴びせながら踏みつけるアイリスを見て心を落ち着かせたフェイは、レティスに向けて言葉をかける。


「お怪我はありませんか? すみません、ゲイソンは悪い奴じゃないんですが、時々変に暴走してしまうんです」


「……ぁ、そ、それはいいんだけど……」


「? ――あっ、すみません!」


 顔を真っ赤にしてモジモジとするレティスの態度を不思議に思ったフェイだが、直後に彼女を抱き寄せていることを思い出して慌てて手を離す。

 どこか名残惜しそうにするレティスに構わず、フェイは今のゲイソンの暴走を例に挙げて魔力制御の重要性を再度説明し始めた。


 結局、この日の鍛錬はゲイソンが魔力を使い果たしてしまったことでお開きとなった。

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