百七十九話
「ほらお前ら、席に着け」
ゲイソンたちと談笑していると、Eクラスの担任であるアーロンが現れ、教壇につきながら生徒たちに命じる。
その指示に従って、これもまたいつものことであるがフェイたちはそれぞれ自分たちの席へと着いた。
教室内が静まったことを教壇から確認したアーロンは、ふと視線を一点に留める。
「……?」
アーロンの視線が自分に止まったことに気付いたフェイは、その眼差しの意味が理解できずに眉を寄せた。
アーロンはフェイを見つめて何かを言いたげな表情を浮かべてから、すぐに視線をそらした。
そして、言いづらそうに口を開いた。
「あー、突然だが今日からこのクラスに編入生がやってくる」
アーロンの言葉に、静かになった教室内が一瞬にしてざわめきたつ。
精霊学校は魔法や精霊魔法を学ぶという特性上、たとえば他国からの留学生という特殊な事情がなければ基本的に編入ということは難しい。
入学が遅れれば、その分術師としての育成が遅れているのだから。
そんな中での編入というのは、よほどの事情があるか……あるいは、その遅れを補って余りある天賦の才があるか。
ともあれ、天賦の才を持った、あるいはよほどの事情がある存在が身近にいるEクラスの生徒たちにとっては、そのようなことは些細なことであった。
すぐさまその編入生がどのような人物なのか、浮き足だった話へと変わる。
「な、編入生って女子だと思うか?」
ゲイソンが振り返ってフェイへと声をかける。
にやけた顔でそう話すゲイソンに、フェイは曖昧な笑顔を返す。
そんなフェイに代わって、いつものようにアイリスが割り込んできた。
「あー、やだやだ。男はすぐこれだから……」
「んだよ、別にいいだろ! ただでさえこのクラスには華が少ねえんだからよ」
「ちょっと、それって私に華がないっていいたいわけ!?」
「お、よくわかったな。自覚でもあったのか」
「いい度胸ね、今すぐ冥土に送ってあげるわ!」
ガタッと席をたち、ゲイソンに詰め寄るアイリス。
対してゲイソンもファイティングポーズをとる。
それを制するのがフェイのいつもの役回りではあるのだが、今日に限ってはその必要がなかった。
「おい、お前ら。いいから静かにしろ」
ざわめきたつ生徒たちを、アーロンが一喝する。
いつにも増して彼の雰囲気がピリついている理由を、フェイだけは理解できた。
アーロンの異様な雰囲気を感じ取った生徒たちは一斉に黙り込む。
妙な緊張感の中、アーロンは扉の方を向いた。
「お入りください」
何故敬語を、という疑問は直後のアーロンの説明で消え失せる。
アーロンの声に従って、廊下からひょっこりと顔を出した金髪青目の少女。
「うえっ!?」
瞬間、以前行われた合宿にて彼女と面識のあったゲイソン、アイリス、メリア、そして一部の生徒たちが愕然とする。
レティスは室内にいるフェイの姿を認めて彼におどけた表情で視線を送ると、教壇のすぐ傍まで歩み寄る。
そして、
「あー、この方はアルマンド王国第一王女、レティス=アルマンド殿下だ。この度、殿下が膨大な魔力を宿していることが判明したため、短期間ではあるが魔法を学ぶために編入されることが決まった」
「よろしくね」
アーロンの紹介の後、レティスは優雅にワンピースの裾を掴み王族然とした笑みと共に小さく礼をした。
◆ ◆
混乱が冷めやらないままに、続いてアーロンの口から席替えの話が飛び出て、一時間目が始まるまでの間にくじ引きが行われることとなった。
そして、その結果フェイの席は真ん中二列の左側の一番後ろとなった。
これだけであれば何ら不思議ではないのだが、フェイの右側の席がレティス、前の席がゲイソン、左隣がメリア、そしてレティスの前がアイリスということになったのだ。
発表された席に着きながら、フェイは教壇に立つアーロンを半眼で睨む。
明らかに出来過ぎている。
恐らく、というよりも確実にくじが仕組まれている。
「フェイの隣の席になれるなんて、凄い偶然ね!」
満面の笑みと共に嬉しそうにそう声をかけてくるレティスの純粋さにフェイは頬を緩める。
「そうですね。授業中に何かあれば遠慮なく声をかけてください」
「わかったわ!」
レティスにそう声をかけてから、フェイは教壇に立つアーロンへ再度視線を向ける。
そして、「これでいいんですか?」と視線で問いかける。
アーロンはフェイの視線に気付き、そして気まずそうに咳き込むと、「フェイ、少し来い」と声をかけた。
その呼びかけに応じてフェイは席をたつと、アーロンの元へと向かう。
そしてそのまま教室を出た。
「一体どうしたんですか、わざわざ廊下に出てまで」
「お前が俺を非難するような視線を送ってくるからだ」
「別に非難なんてするつもりはありませんよ。殿下のことを考えると最良の行動だと思いますから」
確かに生徒を騙すようなやり方ではあるが、現状王族である彼女とまともに話せる者がフェイしかいない以上、多少強引であってもこのような処置をとるのは正しい。
しかし、一つだけ納得できないことがある。
「でもそれなら、わざわざこんな回りくどいやり方をしなくてもよかったと思いますけど。一言、殿下の席は僕の隣であると指示をすればそれで」
アーロンの反応を窺うようにそこで一息吐き、それからまた疑問を投げかける。
「……どうして、ゲイソンやアイリス、メリアたちを僕を囲うような配置にしたんですか?」
レティスのことを考えて席を仕組むことまでは理解できるが、ゲイソンたちまでもを八百長に巻き込む必要はないはずだ。
その問いにアーロンは少し瞑目し、やがて諦めたように大きく息を吐き出した。
「お前のことを思ってだよ」
「僕のことを?」
「今、お前がクラスの中でどう思われているかは、お前自身がよくわかっているだろう」
「…………」
魔術師でありながら精霊術師にひけをとらないフェイの存在は、Eクラスにとって希望の星であった。
ところが先日、フェイが精霊術師であることが発覚し、彼らがフェイに向けてきた憧憬が一転、嫌悪へと変わった。
それは仕方のないことだと思っている。
事情があったにせよ、、彼らを騙していたことには違いがないのだから。
「だから、お前の周りをお前に親しい奴らで囲ったんだよ。その方がいいだろう。お前にとっても、他の奴らにとっても」
「……そう、ですね」
アーロンの言っていることはもっともだ。
しかし、それならば、
「僕の席が教壇から一番離れた後ろの席であることは、この話と関係がありますか?」
「……いいや、考えすぎだろう」
アーロンの返答を、フェイは無表情で受け止める。
そうして二人の間にいやに重たい空気が流れた。
「フェーイ! 何を話してるの?」
「で、殿下!?」
と、そこに突如レティスが入り込んできた。
背後からフェイの顔を覗き込むようにして見上げてくるレティスに、フェイは思わず後ずさる。
驚いたのはアーロンも同じだったようで、言葉を失っている。
「と、特に何も……」
とまず、フェイはそう取り繕った。
その返答にレティスは「そう?」と不思議そうに首を傾げると、すぐさまアーロンの姿を認めて彼に声をかける。
「アーロン先生」
「っ、な、なんでしょうか」
然声をかけられて、アーロンは上擦った声を発する。
そんなアーロンの対応に、レティスは不満そうに頬を膨らませた。
「今の私は一生徒よ? そんなに恭しく振る舞わなくてもいいわ」
「殿下、それはできません。俺とあなたでは身分が違いすぎます」
「それを言うならフェイだって貴族よ? フェイには普通に接して私だけ特別扱いするなんて、不公平じゃない?」
「僕を引き合いに出さないでくださいよ……」
を摘ままれてアーロンとの論争の矢面に立たされたフェイはうなだれる。
アーロンはしかし、毅然とした態度で首を振った。
「確かに身分の差を言えば殿下のおっしゃるとおりでしょう。しかし、あくまで臣下の一人であるフェイと王族であられるあなたとでは比べられるものではありませんよ。どうか、ご理解いただきたい」
ティスとしてはフェイに無茶ぶりをするような感覚で言ってみたのだが、大の大人が頭を下げてきてはもはや返す言葉がなかった。
「わかったわ。ごめんなさい、無理なことを言ってしまって」
ティスはそう言葉をかけると、今度はフェイに向き直る。
「さ、フェイ。教室に戻りましょう!」
底嬉しそうに上目遣いでそう言ってきたレティスに、フェイは「はい」と頷いた。