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戦慄の魔術師と五帝獣  作者: 戸津 秋太
五章 戦慄の魔術師と五帝獣
180/199

百七十二話

「――――」


 意識が覚醒すると同時に、フェイの全身を猛烈な気怠さが襲った。

 と同時に、全身を柔らかく包む何かと、鼻孔をくすぐる甘い香りに意識が向かう。


 目を開けると、そこには豪奢な飾りが散りばめられた天井が広がる。

 そこでようやく、フェイは自分が柔らかいベッドで寝ているのだと気付いた。


「そうだ、僕は殿下の精神世界で……」


 意識を失う直前の出来事。つまりは、白帝竜であるルクスに対して【エレメンタルコントロール】を行使したことを思い出す。

 そして自分を襲うこの気怠さの正体にも合点がいった。


「ッ! 殿下は……!」


 自分がこうして生きているということは、ルクスを掌握することが叶ったはずだ。

 そしてそのこと自体はただの手段で、レティスが無事に目覚めたかどうかが肝心である。

 すぐさま彼女の姿を探そうと上体を起こそうとする。が――


「――っ、ぐぅ……!」


 全身に力を籠めるが、フェイの意思に反して体はピクリともしない。

 魔力を使い尽くしたことによる影響だろう。


 諦めて再びベッドに身を委ねたフェイの耳を、スー、スーといった調子の微かな寝息がくすぐる。

 辛うじて首を動かし、その寝息の正体を探して、フェイは安堵した。


 大人が三人寝れるほどの大きさのベッド。その隅にもたれかかるようにして――レティスが眠っていた。

 彼女の寝顔を見つめながら、フェイは思わず頬をゆるませた。


「女の子の寝顔を見るのはよくないですよー」

「ッ! いたんだ、シルフィア」


 突然横から声がかけられ、フェイはビクリと肩を震わせてから、その声の主を見て安堵する。


「このまま黙っていてもよかったんですけど、そうしたらフェイが何をやるかわからなくて危険でしたからねー」

「な、何もしないよ! というかできないよ!」


 体がまともに動かない自分が、もし仮にこの部屋にレティスと二人きりであったとしても何かできようはずがない。

 フェイの返答に、シルフィアは尚も「それは、体が動いていたら何かしたということですかー?」というからかいの声にはスルーする。

 フェイの素っ気ない対応にシルフィアは頬を膨らませた。


 少しの間をおき、フェイはシルフィアに問いを投げる。


「そういえば、フリールたちは?」

「フリールたちなら別室で監視してるわねー」

「監視? ……ああ」


 一瞬眉を寄せてから、すぐさま納得したように頷く。

 フェイが目覚め、レティスが無事で、そしてシルフィアを除く帝級精霊たちが監視するような存在といえば――


「どうやらうまくいったみたいだね。となると、僕も彼女と話をしないと」

「それはかまわないけど、気をつけた方がいいわよー」

「気をつける? 何に?」


 フェイの疑問に、シルフィアは意味深な笑みを浮かべるのみで答えはしない。

 その笑みに少しばかりの恐怖を抱きながら、フェイは目的を果たそうと身をよじる。

 魔力が枯渇した影響でもはや立つことすらままならないフェイは、シルフィアの風の力による補助を受けながら別室へと移動した。


 ◆ ◆


「――! フェイ!」


 別室の扉を開けると、フェイの姿を見てフリールが驚きの声をあげると同時に、その表情に安堵の色を宿した。

 見ると、部屋の中央に備え付けられている背の低いテーブルを挟んで両側に置かれている豪奢なソファに五人の人影があった。

 内四人はフェイの良く知る、四人の契約精霊。フリールとフレイヤが片方のソファに、そしてもう一方のソファにライティアとセレスが一人の女性を挟んで座っていた。


 フレイヤたちも、フリールたちに次いで視線をフェイに向ける。そして一様に、無事に目覚めたことに安堵していた。


 四人のその反応を受けてフェイは心配をかけてしまったなと反省するが、そのことに対する謝罪の言葉を口にするよりも先に目の前の問題に意識を向ける。

 すなわち、ライティアとセレスに挟まれてソファに座している女性――光の帝級精霊、ルクスにだ。


 フリールとフレイヤが立ち上がり、ソファをフェイに譲る。

 それに目で礼を言いながら空いたソファに腰掛けて、フェイは対面に座るルクスに視線を向けた。


「……途中でよもやとは思ったが、まさかこれほどまでに常識外の存在であったとは、さすがの妾でも見通せなかったぞ」


 ルクスは顔を上げてフェイを見つめ返しながら、呆れと僅かばかりの愉悦の入り混じった声色で呟いた。

 精神世界を埋め尽くすほどの魔力。それほどの力を持つ存在であれば帝級精霊と契約を交わし得るかもしれないとルクスは考えていたが、フェイはその予想を遥かに上回る存在であり、そのことに驚いた。


「彼女たちの力のお蔭で、殿下の精神世界に介入することができました」

「なるほど、それが不思議だったのだが、そういうことであったか」


 精神世界で対峙していた時と比べ、今のルクスには殺気がまるでない。

 ただ語られる事実だけを咀嚼し、納得していく。

 抱いていた疑問を解消し、ルクスは疲れたように言い捨てた。


「――それで、いつ妾を消すのだ」

「消す?」

「今更惚けなくてもよい。そなたに負けた以上、妾も覚悟はできている」


 ルクスの言葉にフェイは目を丸くして首を傾げる。

 彼女の言っていることがフェイには理解できなかったのだ。


 フェイのその態度に些か苛立ちながら、ルクスは言葉を続ける。


「何をふざけておる。レティスという少女と無理やり契約した妾を消すのではないのか。妾と同等の存在の契約者であるそなたには可能であろう」

「消す……そ、そんなことしませんよ! 僕はただ、あなたに殿下の精神世界から出て行っていただきたかっただけで……」


 フェイの言葉が嘘でもふざけてもいないことをその態度から感じ、今度はルクスが目を丸くする。


「そなたは、妾を消しにきたのではないのか……?」

「違いますよ。僕はあなたに殿下の中から出て行っていただきたかっただけです。消すだなんて、一言もいっていませんよ」


 言われて、ルクスは精神世界での会話を振り返る。

 確かに、フェイは「出て行っていただく」といってはいたが、「消す」とは一言も言っていない。

 思えば、彼が最初に自分の前に姿を現したときも、交戦の意思はないと主張していた。


 だが、ルクスにとってレティスという器を失うことはすなわち、また地下室にて新たな器を待ち続けるということだ。

 それは彼女にとっては耐え難いものだ。

 だからこそ、ルクスはレティスの中に居続けることに執着し、それを阻もうとするフェイを拒絶した。


「僕は、あなたが殿下と契約することを否定するつもりはありません。それこそ、遙か昔に結ばれた契約をなかったことにする資格なんて、僕にはありません。ただ、もう少しだけ待っていただきたかったんです。殿下と、そしてあなたのためにも」

「妾の……?」


 ルクスの反芻に、フェイは頷く。


「感じませんか? あなたの契約者である殿下以外のもう一人の繋がりを」

「ふむ? ……、――! この繋がりは……!」


 目を瞑り、契約者との繋がりに意識を向ける。

 直後、レティスとの繋がりに介入するように存在するもう一つの繋がりを見つけ、そしてルクスは驚きの声を上げた。

 もう一つの繋がり、それはフェイとのものだったのだ。


 つまり、今ルクスはレティスのみならず、フェイとも契約の関係にあるということになる。

 だが、精霊が二人と契約を交わすなど、そんなことはありえないことだ。


 ルクスの戸惑いに、フェイは困った風に眉を寄せながら、


「この話は、殿下が目覚めてからにしましょう。殿下にとっても大切で、必要な話ですから」


 と、そう提案した。


 レティスが目覚めたのは、その日の夜だった――。

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