百六十九話
「……!」
白帝竜から放たれた光の奔流。
それを認識すると同時に、フェイはすぐさま身体強化を施し身を捩るようにして転がりながらその攻撃を避ける。
「ま、待ってください! 僕にはあなたとやり合うつもりはありません!」
起き上がりざまにすぐさまフェイは弁解する。
その声が届いたのか、白髪の女性はフェイにかざしていた右手をおろしながら小難しそうな顔で「ふむ?」と小首を傾げた。
「そなたは妾の敵ではないと? しかしそなたは妾の領域に立ち入ったではないか。妾に害を及ぼす気がないというのであれば、一体何用でこのような場所に現れた」
ひとまず、話を聞いてくれるらしいことに、フェイは密かに胸をなで下ろす。
それから先ほどの攻撃を回避する際に荒くなった息を整え、乱れた服を正しながらここに来た目的を説明する。
「僕がここに来た理由は、一人の少女の命を救うためです。あなたが光の帝級精霊――白帝竜だということは、やはりあなたはレティス=アルマンドという少女の中に入られたんですね」
「レティス……そうか、この肉体の持ち主はレティスというのか。ふむ、よいことを聞いた」
フェイの言葉に、白帝竜は頷く。
それからフェイに向かって鋭い視線を向けた。
「そなた、妾を白帝竜などと呼ぶのはやめい。妾にはルクスという名がある」
「……わかりました。では、ルクス……さん」
フェイがルクスをさん付けで呼んだことに、彼女は目を丸くしてから面白そうに笑った。
彼女の先ほどの記憶を見るに、フェイは目の前の女性が自分よりも遙かに高次元にある存在だと理解している。
だからこそ敬語を使っているのだが、彼女を様付けで呼ぶことにはどうしても抵抗があった。
あるいはこれが、五帝獣を統べる者の傲慢さか。
「して、そなたは妾が宿るこの者を救うと言ったが、妾という存在を理解している以上、契約についても知っておるはず。つまり、そなたは招かれざる客ということになる」
ルクスの言葉には、どこかフェイを咎めるような棘がある。
――契約。それは、アルフレドの先祖が白帝竜と結んだものだ。
光の帝級精霊を生み出し、なおかつさらなる力を求めそれを与える代わりに、アルマンド王国……もっと言えばアルマンド王国の王族が白帝竜の拠り所となること。
その契約がある以上、ルクスの行動はフェイなどがとめていいものではない。
そしてそのことは、レティスの精神世界に入る前にアルフレドの口からフェイは聞いていた。聞いた上で、この場に来た。
「――無論、知っています。その上で彼女を帰していただきたい」
フェイにとって優先すべきは過去の契約などではなく、一人の少女だ。
その前に立ちはだかるのであれば、例えそれが何者であろうとも関係ない。
だがそれは、フェイの都合でしかない。
ルクスからしてみれば彼の提案など受け入れる必要など皆無だ。
「それはできぬ相談だ。永きに渡り、妾はこの時を待ち望んでいた。暫く妾に耐えられる者が現れぬなか、ようやく妾を受け入れるに値する体を得ることができたのだから。妾はもうかような薄暗い場所で独りいるのはお断りだ」
段々と鋭くなっていく彼女の視線と強まる語気に気圧されながら、フェイはふと自らの契約精霊たちのことを思い出す。
彼女たちも自分と出会うまで森の中でひっそりと暮らしていた。
精霊にとって、契約者の存在は魔力の供給以上の意味を持つらしい。
いつ消えるかもわからない精霊の契約者はそのまま精霊にとっての拠り所となる。
そのことで生じる安堵は人には決して理解できない。
目の前の白帝竜もまた、永い間孤独の時を過ごしてきたのだろう。
そしてようやく、自らの器として耐えうるレティスという王族と巡り会った。
確かにレティスの術師としての資質は相当なものだ。いずれは帝級精霊と契約するに至るほどに。
だがそれはいずれであって、今ではない。
フェイに魔法を教わり始めてから間もないレティスは、まだ卵の殻を割ったばかりの術師の雛に過ぎない。
今すぐに帝級精霊を従えられる域に達していないのだ。
その証左として、資質は十分であるが故に白帝竜を受け入れることはできているが、その絶大な力に耐えきることができずに昏睡状態に陥ってしまっている。
「まだ彼女はあなたを受け入れる準備ができていないんです。もしこのままあなたが居座れば、彼女が――」
「くどい!」
「……!」
殺気を含んだ瞳でルクスがフェイを射抜く。
「先ほどから、そなたは妾がかつて交わした契約の邪魔をしようとしているではないか。口では敵ではないと言っておりながら、その行動は妾に対する敵対行動と同じであるぞ」
「ち、違います! 僕は……」
「もうよい。そなたに耳を貸した妾が愚かであった。妾とて鬼ではない。すぐさまここを立ち去るというのであれば見逃してやろう。だが、あくまで妾の邪魔をするのであれば、容赦はせぬ」
「――――」
ルクスの言葉に、フェイは悔しそうに唇を噛む。
(どうしてわかってくれないんだ。彼女にとっても、殿下を失うことはいいことではないはずだ。せめて後一年殿下を育てることができれば……)
フェイの苛立ちは尤もなのかもしれないが、それ以上に彼は一つの事柄を失念していた。
ルクスという精霊がどれだけの時間孤独で居続けたのかを。
それ故に、ルクスが拠り所をどれだけ渇望していたかを見落としていた。
「どうしても、僕の話を聞いてくれないんですね」
ため息を吐くように、フェイは呟く。
その呟きを受けてルクスは目を細める。
「くどいぞ。妾の気が変わらぬうちに早く立ち去れい」
ルクスの返答に、フェイは大きく息を吐きながら目を閉じる。
そして、目を開くと同時に彼女を鋭く見つめる。
「――なら、あなたには無理矢理にでも出て行っていただきます。あなたの行動を否定するわけではないですし、その行動が間違っているとも思わない。ですが、僕はこのまま殿下を死なせるわけにはいかないッ」
白帝竜に向かってそう啖呵を切りながら、フェイは魔力を放出した。