百六十三話
ゲイソンとの和解から一週間が過ぎた。
Eクラスの生徒たちはいまだにフェイに対して余所余所しい態度を示している。
だが、ゲイソンたちはすべてを知る前と同じ態度で接してくれている。
それは、放課後の今精霊学校近くの喫茶店でお茶を飲んでいる姿からも容易に見て取れる。
「そういえば、最近ゲイソンの成績いいよね」
「そうね。アーロン先生もこめかみを引くつかせることが少なくなったものね」
フェイの呟きにアイリスが同調する。
その言葉に当人であるゲイソンは不快そうに表情を歪めた。
「おいおい、なんだよその言い方は。それだとまるで俺が今まで成績が悪かったみたいに聞こえるじゃねえか」
「実際悪かったくせによく言うわね」
「――んだとぉ!」
涼しい顔で口元にティーカップを運びながら、アイリスは事実を述べる。
それに噛みつくゲイソンの姿。そしてその二人のやり取りを見て苦笑するフェイとメリアの二人。
そこにはいつもの、フェイが好んでいた空間があった。
「……でもまぁ、正直なところをいうと、フェイに負けてられねえって強く思うようになったんだよ」
「僕に?」
ゲイソンの独白にフェイは首を傾げる。
その仕草を見てゲイソンは小さく笑い、それから天井を見上げて独り言のように呟く。
「あぁ、これまでフェイを見てきて、フェイと関わってきて、俺との力の差に畏怖もしたし悔しくも思った。けどその前に俺は、お前が今までやってきた努力を上回る努力をしてきたのかって、そう思ったんだよ」
「――――」
「答えは簡単。していない、だ。ならさ、取りあえず俺は、俺にできることを精一杯やろうって思ったんだ。悔しく思ったりするのはそれからでも遅くないだろ?」
「……うん、そうだね」
ゲイソンの言葉にフェイは口角を上げながら頷く。
が、そこにアイリスが割り込む。
「なんか偉そうに言ってるけど、言っていることは至って普通のことよね。努力なんてして当たり前なんだから」
「うぐっ」
「で、でも、当たり前のことを当たり前にできる人ばかりではないですから……」
言葉を失うゲイソンに、メリアがフォローに回る。
その言葉に、フェイは「確かに」と重ねる。
「何かわからないことがあったら、答えられる範囲でならなんでも答えるから、いつでも聞いてよ」
「フェイに答えられない範囲なんてあるのかよ……」
「あるに決まってるよ。……そうだね、例えば帝級精霊が生まれた理由とか、経緯とか」
「へぇ……」
フェイの呟きにゲイソンは面白そうに口角を上げる。
きっと彼も、少なからず興味があるのだろう。
「――っと、もうこんな時間だ。そろそろ帰らないとトレントさんに怒られる」
「ふふっ、トレントさんならフェイ様に怒ったりしないと思いますよ?」
「……まあ、そうだろうけどね。それとこれとは話は別だ」
横に座るメリアが覗き込むようにしておどけて言ってくる。
その言葉は確かに尤もだ。
トレントならば、主を待つのも従者の勤め……などというに違いない。
だがやはり、領地から離れたこの精霊学校までわざわざ迎えに来てくれているのだから待たせすぎるのも悪いだろう。
それに何より……
(あんまり遅いと、フリールたちが暴れるしなぁ)
屋敷に置いてきた己の契約精霊の暴れる姿を脳裏で思い浮かべて、フェイはため息を吐く。
そのまま残っていた紅茶を飲み干すと、支払いを済ませて店をでる。
――――ロセ。
「……?」
「メリア、どうかした?」
店をでた直後、自分の胸を押さえて立ち止まったメリアにフェイは訝しみながら聞く。
首を傾げながら暫しそのまま停まったのち、メリアはフェイに笑顔を向けた。
「いえ、大丈夫ですっ」
「そう? メリアって時々強情な時があるけど、何かあったら言ってよ?」
「ご、強情な時なんてないですよ!」
心外だと頬を膨らませフェイの背中をポカポカと叩きだすメリア。
そんな彼女の態度にフェイは苦笑を零してそのままトレントの待つ場所へと歩き出した。
◆ ◆
――アルマンド王国、王都。
空には星々が燦燦と輝いている。
その美麗な夜空を見上げることができる王城の庭園に、レティスはいた。
先ほどまでは自室でベッドに入り横になっていたが、耐え切れなくなって外まででてきたのだ。
「…………」
夜空を見上げながらレティスは先日、フェイと共に空を飛んだ時のことを思い出す。
それから小さく笑みを浮かべた。
「って、違う違う! 今日はそんなことを考えるんじゃなくて……」
ブンブンと頭を振って邪念を断ち切る。
それから小さく息を吐いて、庭園のすぐ傍にそびえ立つ塔へ視線を送る。
この間はフェイと会ったため最後まで確認できなかった違和感。
以前から、何故かこの塔が気になって仕方がない。
塔の入口、古い木でできたドアを押し開けて中に入る。
妙に薄暗いがレティスは別段気にすることなく地下への階段を降りていく。
「――ここね」
階段は一つの地下室のドアで終わりを迎える。
そしてここまできて、レティスは違和感の、胸のざわめきの正体がここにあるのだと確信した。
そしてそのドアに手をかけようとしたところで、
「――ッ!」
バチッと、地下室全体を覆う光の膜のようなものに弾かれる。
「何、これ……」
突然可視化された光の膜を訝しむ。それから好戦的な笑みを浮かべた。
「この際は通さないってわけね……ふっふっふ、私を甘く見てもらっては困るわ。私だってフェイに魔法を教えてもらったんだから……!」
言いながら、魔力を放出していく。
そして魔法を行使しようとしたところで、
「え、……入れってこと?」
レティスを招き入れるかのように光の膜が消え去る。
戸惑いながら放出した魔力を抑え込み、地下室のドアを開けた瞬間、夜だというのに膨大な光がレティスを包み込む。
「――ッ、白い、りゅ――!?」
直後、レティスの意識は白く塗りつぶされた――。