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戦慄の魔術師と五帝獣  作者: 戸津 秋太
五章 戦慄の魔術師と五帝獣
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百六十話

「失礼しました」


 ジェシカとの話を終えたフェイは、一礼して学園長室を後にする。

 教室へと続く廊下を進みながら、大きなため息を吐いた。


「帝級精霊が生まれた理由について聞く、か。聞けば答えてくれるんだろうけど、なんだかなぁ……」


 ジェシカとの話。

 この学園を守れというお願いに関してはまったく文句はない。

 むしろ貴族であるフェイの仕事でもあるのだ。


 ただ、フリールたちにどう生まれたのか、何故生まれたのかを聞いて欲しいということについては、気が重くなる。

 それを聞いたことで、彼女たちが気分を害するのを危惧しているという訳ではない。

 単純に答えを知るのが嫌なのだ。


 ジェシカは自分という存在が生まれたのは運命だと例えた。

 もし仮に、帝級精霊が生まれた理由までもが運命かそれに準ずるものだとすれば、フェイ=ディルクという人間が歩んできた生の中で生まれたそのすべてが運命ということになってしまう。

 それだけは、それを認めることだけは嫌だ。


 ただ、だというのに彼女の頼みを請け負ったのは、心のどこかで自分の半生の意味を知りたいと願っていたからなのかもしれない。


 悶々とする気分のまま、フェイはメリアたちが待つ教室へと向かった。


 ◆ ◆


「待たせたね。ごめん、遅くなった」


 教室のドアを開けると同時に中にいる人影に向かって頭を下げる。

 こんな時間まで教室にいるのは、言わずもがな学園長室に呼び出されたフェイを待っていたメリアとアイリスと――


「あれ? ゲイソンは?」


 彼女たちと同じくフェイを待っているはずのゲイソンの姿が見えず、フェイは顔を上げると同時に首を傾げた。


「そ、それが……」


 フェイの問いにメリアは答えにくそうに口ごもる。そして彼女が答えるよりも先にアイリスが口を開いた。


「あいつなら帰ったわよ」

「そ、そう……」


 唇を尖らせて不機嫌そうにそう言ったアイリスの雰囲気に気圧されて、フェイはただ小さく頷くしかなかった。


「まあ仕方ないよ。結構遅くなっちゃったしね。ゲイソンには後日改めて話をするよ」


 彼女の怒りがゲイソンに向けられていることを理解したフェイは、すぐさま彼のフォローに回る。

 だがアイリスはそれに対して「フェイ君は悪くないわよ」と小さく返し、それから、


「私もその時でいいわよ。ゲイソンと私、二人に同じことを話すと二度手間でしょ? それに多分、これは一緒にいるときに話すべきだと思うもの」

「それは……うん、そうだね、その通りだ。待たせたのに本当にごめんね」


 一瞬躊躇ってから頷き、アイリスの提案を受け入れる。フェイの返事を受けてアイリスは「気にしないで」と手を振った。


「それじゃあ私は帰るわね。また明日」


 荷物を持ち、フェイとメリアに笑顔で手を振りながら教室を後にするアイリス。

 その背中をフェイたちは同じように笑いながら手を振り返した。


「ゲイソン、怒ってないといいけどねー」


 アイリスが教室を出た後、フェイはメリアに向かい合い、笑いながら頬を掻いた。

 それをメリアは無言で見つめ、そして俯きながら声を発した。


「……フェイ様、無理しないでください」

「無理? 無理なんてしてないよ」

「してます。だって今のフェイ様、なんだか無理をして笑っているように見えます」

「――――」


 メリアが顔を上げ、フェイの目を見つめて真っ直ぐに言い放つ。

 そのハッキリとした意思を持った眼差しを受けてフェイは目を見開き、それから今度は誰の目から見ても弱々しく見える笑みを浮かべた。


「こうはならないだろうと信じていたんだけどね。……いや違うね。僕が一方的に甘えていたんだよ。例え誰に疎まれようとも誰から距離を取られようとも、親しくしている人たちが一緒にいてくれるなら大丈夫だと思っていたし、そうなるだろうってね。でも普通に考えればわかることだよ。むしろアイリスやメリアの方が、言い方は悪いけどおかしい。誰でも友人が自分に隠して強大な力を持っていたなんて知ったら、それを恐れて距離をとるに決まっているのにね」

「フェイ様……」

「僕はゲイソンを責めることができない。僕だって彼と同じ立場ならどうしたかもわからないしね。……でもやっぱり、理解はできても中々辛いものだね。ゲイソンのことをその他大勢と一緒にできる程度の時間を彼とは過ごさなかったらしい」


 内心を吐露してからフェイは天井を見上げて大きくため息を吐いた。

 吐かれた息には悲しみと諦めがあった。


 そんな様子のフェイにメリアはどう返していいのかわからず、黙る。

 やがてフェイはフッと自嘲の笑みを刻むと視線をメリアへと移し、ばつが悪そうに頭を掻いた。


「まいったな……今日はメリアにお礼をしようと思っていたのに、まさか弱音を吐くことになるなんてね。もしかしたら僕はメリアには一生敵わないのかもしれない」

「いいんですよ。フェイ様がかつて私を救ってくれたように、私もフェイ様の助けになれることが嬉しいんです。それに、弱音ぐらい吐かないとそのうち壊れてしまいます」

「……メリアは? メリアは僕のことを避けようとか思わないの? この間は君を傷つけてしまったのに」


 か細い声でそう聞かれて、メリアは表情を固まらせる。

 そしてすぐに優しく微笑み、いつかの時のようにフェイの魂を揺さぶる。


「あの程度のことは、私がフェイ様のことを避けようと思う理由にはなりません。それに、フェイ様がとてつもなく強大な力を持っていたことにしても、そんなことはいまさらじゃないですか」

「いまさら……?」

「だって私の目の前でフェイ様はずっと、強く在られたじゃないですか」

「――――」


 今更何を言っているのだと、どこか可笑しそうに彼女は笑う。

 その笑みは無邪気なもので、その無邪気さが今のフェイには眩しかった。

 彼女の眩しさがあったからこそ、自分はあの時正気に戻ることができたのだ。


「――っ」


 そこまで考えて、フェイは自分の顔が熱くなるのを覚えた。

 あの時彼女が発した言葉、それらを思い出したのだ。

 フェイが突然赤面したその意味を理解できてしまったメリアもまた同様に頬を染める。


 暴走したフェイを鎮める際、メリアは告白同然の言葉を彼に投げかけた。

 それを聞いてフェイは未来を見据えることができたし、その未来に希望を抱けた。


 であるならば、彼女の言葉に向き合い、また彼女に対してきちんとした答えを告げることは自分に課せられた義務であると思う。


 そう思ったからこそフェイはあれ以来自問した。自分にとって彼女はどういう存在なのかを。

 そしてその答えが彼女が望んでいないものだということも理解している。

 それでも自分の言葉を告げずに逃げることはもうしないと決めたから――。


「……メリア、あの時僕に投げかけてくれた君の気持ちへの返事なんだけどっ」


 拳をギュッと握り、口にするのを一瞬躊躇う。

 だがすぐに言葉を発しようとして、口が開かれるよりも先にメリアが詰め寄ってフェイの唇に自分の指をそっと当てる。


「――!?」


 彼女の行動が理解できず、たじろぎながら体を硬直させる。

 そんなフェイを見てメリアは小さく笑みを浮かべる。


「フェイ様……今はまだ大丈夫です。だって私があの時あんなことを言ってしまったのは、答えを求めてのことじゃないですから」


 だから……と、メリアは続ける。


「その答えは、私がそれを求めて同じことを言った時に取っておいてください。それまでに私も頑張りますからっ」

「メリア……」


 言い終えて、メリアは弾かれたようにフェイから距離を取る。

 そして真っ赤になった顔を隠すように背中を見せてカバンを手に取る。


「そ、それでは先に失礼します……ッ」

「あ、ちょ……っ、メリア!?」


 フェイを置き去りにしてメリアは逃げるように教室を出ていく。

 呆然とメリアが出て行ったドアに向けて右腕を伸ばしていたフェイは暫くしてだらりと力を抜き、それから自分の唇に手を当てる。


「……つまり、僕は気遣われたということになるのかな」


 力なく笑い、それから大きくため息を吐く。


 自分の後ろを何故か付いてきてくれる少女。それがメリアに対するフェイの認識であった。

 けれど、どうやらいつの間にか彼女はフェイの横にいたらしい。


「これは僕も負けていられないな」


 脳裏にメリアを、それからゲイソンのことを思い浮かべてフェイは呟く。

 相手が距離を置くのであれば、そしてそれを本当に失いたくないのであれば自分から距離を詰めればいい。

 そんな簡単な道理に気付かされたフェイは「今更過ぎるよな」と小さく笑う。


 そうしてからフェイもまたゆっくりと教室を後にした。

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