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戦慄の魔術師と五帝獣  作者: 戸津 秋太
五章 戦慄の魔術師と五帝獣
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百五十五話

「フェ、フェイ!? もう、びっくりしたじゃない!」

「すみません……」


 地に降り立つと早々に非難の声を浴びせられ、フェイは苦笑しながら謝罪の言葉を口にする。

 ただ、本当に驚いただけで別段怒っていないのか、レティスの興味は他のものに移る。

 青い瞳を細め、彼女はフェイの傍らに佇むシルフィアを見る。

 そしてすぐに、今フェイが行ったことに感嘆の声を漏らした。


「それにしても、空から降ってくるなんて……それも魔法なの?」

「えぇ。先ほどまでこの塔の先端で夜風にあたっていましたので」

「空を飛べる魔法……素敵ね。あれ、でも私、宮廷術師が空を飛んでいるのを見たことがないわよ? もしかして結構難しい魔法なの?」

「いえ、簡単な風魔法の応用ですので行使自体はそれほど難しくありません。ただ、維持には相当集中力を要しますし、なにより魔力の消費量が莫大ですからね。好んで使う方はいませんから、殿下が目にするのが初めてでも不思議ではありませんよ」

「そうなの……」


 フェイの説明を聞いて、レティスはしなやかな右手の指を顎にそっと当てる。

 きっと、自分は使えないだろうかと考えているのだろう。

 その考えを察し、フェイは優しく呟く。


「殿下は魔力量も相当なものですから、ある程度の練習をつめば使いこなせると思いますよ。……ただ、失敗すると最悪死ぬことになるので、勝手に使ってみようなんてことはしないでくださいよ」

「わ、わかってるわよ!」


 赤面しながら、レティスは俯く。

 忠告しておいてよかったとフェイは心底思いながらため息を吐き、「ところで」と言葉を続ける。


「殿下はこんな夜遅くにどうして中庭に? もしかして寝付けなかったとか」

「そうねぇ……寝付けなかったと言えば寝付けなかったのだけど……」


 フェイの問いに、レティスはその端麗な顔をわずかに顰めると、歯切れの悪い言葉を紡ぐ。

 そんな彼女の態度をそれこそフェイもまた訝しみながら、しかし急かすことなく続く言葉を待つ。


「んー……寝付けないというか、なんだか落ち着かなかったのよね。ソワソワして。気付いたらここにきてたの」

「気付いたらここに、ですか……」


 レティスの返答を反芻しながら、フェイは目を細めながら塔を見やる。

 脳裏に突拍子もない考えが浮かぶが、「まさかな……」と僅かに口角をあげてその考えを一蹴する。


「それよりも! 空を飛ぶってどういう感覚なの?」


 胸の前に自らの両手を抱き寄せ、前のめりになりながらレティスはフェイに詰め寄った。

 ここにくるまでの違和感も、空を飛ぶという魔法に対する興味で吹き飛んだらしい。

 苦笑しながらフェイは応じる。


「どういう感覚と言われましても……よろしければ、今度お教えしましょうか?」

「本当!? お、お願い! あー、でもうまく飛べるようになるまでに時間がかかるのよね?」

「えぇ、まぁ難易度は高くありませんが、危険度は高いですからね」


 少し残念そうに膨れっ面になるレティス。

 困ったように髪をがしがしと掻き、小さく息を吐いてフェイは夜空を見上げた。

 空からの景色。空を飛ぶという感覚。

 上空を吹く風が全身を撫で、あらゆるものが眼下に広がるという事実。

 それは常人には味わうことのできないものであり、ラナの家で暮らし始めてから使えるようになったとき、フェイは少しばかりの感動を抱いたものだ。


 もっとも、あの頃空を飛んだところで、見えた景色は一面に広がる木々だけであったが。


「ん……?」


 つんつんと背中をつつかれて、フェイは眉を寄せながら振り返る。

 すると、シルフィアがなにやら妙案を思いついたときのような笑みを浮かべていた。

 シルフィアは振り返ったフェイの耳元に唇を寄せると、囁いた。


「フェイが今彼女を飛ばせてあげたらいいと思いますよー」

「……あぁ、そうか。ひとまず今はそれで満足してくれるかもね。じゃあ、シルフィアにお願いしていいかな」


 風を司る帝級精霊であるシルフィアがいるときは、フェイ自身が飛行魔法を行使することはない。

 落ちないように、あるいは意図したところに動くように集中するのは疲れるのだ。

 極力シルフィアに一任してある。

 それは、今塔の先端から降りてきたときも同様だ。

 だからこそ、レティスを空に飛ばすのもシルフィアがやってくれないかと頼んだ。


「いやよ」

「え……いやでも、僕自身と殿下、二人に飛行魔法を使うのは万が一ということが……」

「何言ってるの? フェイは自分自身に飛行魔法を使うだけでいいのよー」

「……?」


 二人分の魔力消費と集中力を要するとなるともしものことが起きるかもしれない。

 だからこそフェイはシルフィアに頼ったのだが。

 予想だにしていなかった反応を受けてうろたえるフェイに、シルフィアはまたしても深い笑みを浮かべて、一つの提案を彼に授けた。


 ◆ ◆


「じゃあ、今度時間ができたときに教えてね?」


 シルフィアとフェイの密談が終わると同時に、レティスが体を王城の方に向けながらひとまず飛行魔法を教えるというフェイの提案に念を押す。


「もちろんですよ。ですが殿下。今すぐ空からの景色を見たいとおっしゃるのであれば、一つご提案が」

「提案?」

「ええ。殿下のご気分を害するかもしれないので、そのときは殴っていただいてかまいませんが……」


 肩をすくめながら、フェイは王城へと一足先に戻っていくシルフィアの背中に視線を送る。

 背中で揺れる緑髪を目で追いながら、フェイは先程彼女の口からもたらされた提案を、レティスに対して口にした。


「よろしければ、僕が殿下を支えながら空を飛びましょうか?」

「え、支える……? ――!」


 レティスは一瞬フェイの言葉の意味が理解できず、難しそうに顔をしかめたが、直後その言葉の意味を理解し、頬を紅潮させる。

 その反応を見てフェイはすぐさま釈明する。


「あ、いえ……忘れてください。申し訳ありません、変なことを口走りました」

「……って」

「へ?」

「やって! 今すぐ空からの景色を見たいのっ!」

「わ、わかりました。そこまで仰られるのでしたら……」


 前のめりになって詰め寄られては、提案をしたフェイに断ることはできない。

 レティスはそんなにも空を飛んでみたかったのかとフェイは不思議に思いながら、魔力を放出していく。

 そして、


「では、少し失礼します」

「ひゃっ、きゃぁっ……!」


 左手をレティスの膝の下に通し、右手で上体を支える。

 そして、足元に魔力を集中させ、吹き荒れる風を放出して一気に上空へ飛翔した。


 簡素でそれほど装飾のない薄手のドレスから伝わる彼女の体温を感じながら、フェイは魔法の維持に集中する。

 一方で、いきなり所謂お姫様だっこをされ、さらにはあっという間に上空へと移動したレティスは状況が理解しきれないのか、ただ赤面して口をパクパクと動かしていた。


 やがて一直線に飛翔したフェイたちも徐々に速度を落とし、そして宙に停まる。

 上空を吹く風がフェイとレティスの髪を揺らす。


 知らず両目を瞑り身を固くして縮こまっているレティスにフェイは問いかけた。


「いかがですか、殿下」

「……ぇ」


 その問いかけにレティスはか細い声を漏らしながら恐る恐る目をあける。

 そしてそれはすぐに見開かれた。


「すごい……」


 この場で奏でられる音は互いが放つ息遣いや心臓の鼓動、そして風。ただそれだけで構築されていた。

 眼下に広がるのは王都一帯の景色。

 地平線が少し丸くなって見える。


 瞳をキラキラと輝かせながら、レティスは上体を起こすようにしてそれらの景色を焼き付ける。


「これが、世界……」

「大袈裟ですよ、殿下」


 レティスが零した呟きに、フェイは苦笑をもって応じる。


「大袈裟じゃないわよ! フェイはずるいわね、こんな景色をいつでも見れるなんて!」


 興奮しながら、レティスは唇を尖らせる。

 それに困ったようにしながら、フェイは言葉を返す。


「今度、お教えいたしますから……」


 フェイとしてはレティスの機嫌をなおすための言葉だったが、彼女はなにを思ったかフェイの胸元に体を寄せる。


「んー……飛行魔法は、まだしばらく覚えなくてもいいかもしれないわ」

「え……」

「だって、私が使えるようになったら……」


 そこで言葉を区切り、わずかに微笑みながら彼女は首を横に振った。


「なんでもないわ。また、私を空に連れてきてね!」


 顔を上げてフェイを見つめるレティス。

 その満面の笑顔に見惚れながら、フェイもまた微笑み、


「ええ、僕なんかでよろしければいつでも」


 そう返して、フェイはさらに上空を見上げる。


「……そういえば、こんな夜遅くに殿下を無断で連れ出して、怒られたりしませんよね?」

「大丈夫よ、王城を出てはいないもの。……上空だけど、たぶん」


 レティスの頼りない返事にフェイは肩を落としながら、しかし彼女が喜んでくれたのだから別に怒られても構わないかと開き直った。

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