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戦慄の魔術師と五帝獣  作者: 戸津 秋太
五章 戦慄の魔術師と五帝獣
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百五十三話

 侍女に案内されて、フェイは自分が先ほどまでいた部屋と同様の造りの一室――ボネット家の面々の控え場所に足を運んでいた。

 連れてきてくれた侍女が扉の外からフェイを連れてきた旨を告げると、中からは明らかに動揺の色が見え、そしてすぐ後にセシリアの「どうぞ」という招き入れる声に従ってフェイは室内に入った。


 そうして。

 広い部屋の中央に備え付けられたソファに腰掛ける。

 対面に座るのはセシリア、エリス、アディ、ブラムの四人。

 ただその中で二人、アディとブラムは明らかに覇気がない。敵意というものがない。

 残る二人はと言えば、突然のフェイの来訪のその意図を彼の口から語られることを身を固くして待っている。


「――――」


 半ば勢いできてしまったが、なにから話せばいいものだろうか。

 フェイは四人を見つめながら、そんなことを今更ながらに考えていた。


 もちろん、ここに来た理由はあるし、話そうと決めていることもある。

 けれど、その切り出し方がわからない。

 無理もない、彼女たちとの会話を避けてきたのは他でもないフェイ自身であるのだから。


 ひとまず、沈黙の罰の悪さと緊張を紛らわすため、目の前に置かれている紅茶の入ったカップに手を伸ばし、口元に運ぶ。

 そんなフェイの一挙手一投足を、セシリアたちはジッと見つめていた。


 のどを潤しながら、フェイはひとまず思考を整理する。


 自分が今この場に来た理由はなんなのか。

 それは、この間抱いた後悔をもう二度としないために。

 では、その後悔とはなにか。


 そう考えると、おのずと今やらなければならないことが見えてくる。

 憎み、恨み、そういった負の感情で誤魔化しながらも決して消えていなかった家族への愛情。

 そしてその感情がもたらすのは、姉と、妹と、弟と、母と……話したい、接したいという欲求。

 父であるアレックスの死に立ち会って、今更ながらに自覚した己の本心。

 アレックスに対してはもう遅かったけれど、それでも残ったものはある。


 あの時のような後悔を二度と抱かないと、そう決めてフェイはあの場を乗り切り、そして今この場に足を運んだのだ。


 もちろん、そういった感情や欲求がある一方で、負の感情のそのすべてが消え失せたわけではない。

 あのとき抱いた感情、苦痛。それらをなかったことにできるほど、フェイは優しくもない。できた人間でもない。


 けれど、それでも、もし今からやり直すことができるのならば――。


 振り返ると、少なくともエリスとセシリアは、自分に歩み寄ろうとしてくれていたはずだ。

 彼女たちにはおよそ敵意や憎しみ、そういった感情が自分に対して向けられることはなかった。

 むしろ、後悔の念ばかりを抱いていたと、フェイはようやくそのことに気付く。

 ならば、彼女たちが歩みよってくれているのなら、自分だって。


 ブラムは、自分に対して明確な敵意を持っていた。

 それでも、彼もまた弟であり、家族だ。

 これから先、何年、何十年という時間がある。

 その時間の中で、昔すれ違ってしまったなにかを取り除くことができたなら、もしかしたら。


(……なんてのは、僕の都合のいい解釈でしかなくて、現実はそううまくはいかないんだろうけど)


 それでも、今を生きるのであれば、後ろばかりを向くのではなく。悪い方に考えるのではなく、少なくとも未来に向かって前向きに過ごしていくべきだ。

 過去を振り返り、未来を恐れるのは死の間際だけでいい。

 そのことを、フェイはアレックスの死をもって痛感した。


 随分と回りくどい考え方をしたのは、きっとフェイが話しの切り出し方を迷っているからだ。

 だが、自分がなにをすべきか、なにをしたいかという行動理由だけはきちんと抱いている。

 それなら――。


「……ぁ、あの、フェイお兄様。それで話というのは……?」


 フェイがなにも話し出さないことにいい加減痺れを切らしたのか、エリスは俯き加減におどおどとしながら口を開いた。

 その声色は緊張で明らかに上擦っている。

 だが、微かな期待と大きな不安を垣間見ることができた。


 妹のその目には、自分の姿が映っている。

 不安に揺れながらも、しっかりと。


 少なからず、自分に関心を持ってくれている。

 そして彼女の態度は、やはり敵意の一切を感じない。


(決めた、ことだろう……)


 わずかに自嘲の笑みを浮かべ、それから理想の未来を思って深い笑みを刻み込む。

 口を開く前、最後に自分はつくづく甘くて愚かだなと、そんなことを思いながら。


「……父さんが、戦死したことでエリスたちも色々と思うことがあると思うんだ」


 切り出しは、揺らぎようのない事実を。

 アレックスのことを死んだ……ではなく戦死と表現したのは、無意識のうちにフェイ自身が己の父の死を無意味だったかのように言いたくなかったからかもしれない。


 エリスたちはフェイが口を開いたと同時にわずかに肩を震わし、そして彼がアレックスのことを父さんと呼んだことに驚きを露わにする。


 各々の反応を目で追いながら、フェイは言葉を続ける。


「僕も心境の変化が……というよりは、今まで胸に抱き続けていた想いに気付いたんだ。それで、みんなに僕の考えを聞いて欲しいんだ。それからどうするかはみんなに任せるし、僕もそのことにどうこういうつもりはない。ただ一つわかって欲しいのは――」


 そこまで言ってから区切る。

 そして息を呑んで、深く息を吐いて。

 十分な間をとってから、フェイは四人の顔を見ながら、


「――これから、ゆっくりでもいい。みんなと昔みたいに接していけたらと思うんだ」


 決して、忘れたわけではない。

 彼女たちが自分にした仕打ちを、決して。


 けれど、それらを理解したうえで、フェイは昔のように家族に戻れないかと。

 そう四人に対して問いを投げた。

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