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戦慄の魔術師と五帝獣  作者: 戸津 秋太
五章 戦慄の魔術師と五帝獣
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百五十二話

「公爵位、ですか? いやしかし……」


 アルフレドの言葉を聞き、フェイは戸惑いの声を上げる。

 が、彼の胸中には戸惑いは一切ない。

 むしろやはりかと、まるで他人事のような感慨が抱かれていた。


 アレックスの国葬とフェイが公爵位につくこと。

 言葉にせずとも、この二つを同時に行うことが示すことはこの場にいる誰もが理解している。

 つまり、ボネット家が公爵位を失うということ。

 七公家の入れ替わり。


 しかし、誰もこれに異を唱える者は現れないだろう。


 決闘でアレックスを倒し、彼が対峙し命を落とした外敵――魔族を倒し領地に平穏をもたらし、さらには伝説の帝級精霊たる五帝獣の五柱すべてと契約を交わしているフェイ。

 一体どこに不満が生まれるだろうか。

 そしてボネット家の失墜もまたしかたのないことだろう。

 跡継ぎが未熟なままに当主が死に、ボネット家を継ぐのはこのままだとブラム。

 あるいはアディかセシリアになりうるかもしれないが。


 だが、どうあれ国防の力をより持っているのはフェイであり、これは揺るがぬ事実だ。


 フェイの見かけだけの戸惑いの声に、アルフレドは眼下に向けていた視線をあげて遠くを見る。


「力には、責任ともうひとつ、なにがいるかわかるか?」

「……いえ、なんでしょう?」


 唐突に問われて、フェイは眉間に皺をよせてから首を振りながら問い返した。

 上げていた視線を下げて再びフェイを見ると、アルフレドはゆっくりと厳かに口を開いた。


「――理由だ。力には理由がいる。それはそなたのように目に見える力であれ、わしのように目に見えない権力という名の力であれ、必ずだ。理由がなければ力というものはひとたび暴力と化してしまう。強大な暴力はやがて周囲を巻き込み、自滅の道を辿ることになるだろう」

「――――」


 理由。

 その言葉が耳をくすぐると共に、フェイは心の中で反芻した。

 力は振るう理由があって初めてその意義が生まれる。

 あるいは、持つ意味が生まれる。求める必要が生まれる。


 そしてそれを失った時、力は所有者の意思の及ばぬことをもたらすし、所有者があらぬ方向へと進もうとする。


 アルフレドは、今のフェイのような状況に置かれたことがあるのだ。

 すなわち、王位継承。

 父から子へ。この国の最高権力者としての地位につくとき、彼は己に理由を問うた。

 この権力をどう使うかを。そして責任はどう課すべきかを。

 そういった経験があるからこそ、今彼はフェイに対してそんなことを口にしたのだろう。


「そなたが力を持つ理由はなんだ」

「力を持つ理由……」


 言われて、フェイは俯いて考える。

 そんな彼を、この王の間に来るまでの道程でふざけていたフリールたち五柱の帝級精霊に、ラナや、そしてボネット家の面々、果てはこの国の重鎮に至るまでもが見つめる。


 力を持つ理由、あるいは求めた理由。

 思えば、この数年で目まぐるしく変わっている気がする。


 最初は、家族の期待に応えたかったから。

 自分にはそれしかなかったから。

 見返したかったから。

 彼女たちに必要とされたから。

 助けたいと思ったから。

 出会ってしまったから。

 失ってしまったから。

 失いたくないから。


 ――――。

 思考は今までの人生で抱いてきた理由を辿る。

 けれど、そんなことに意味などないことに、フェイは途中で気付いた。

 大切なのは今、必要なのは今。

 フェイが今この瞬間に彼女たちを必要としている理由とはなんなのか。

 答えはもうでている。


「大切な者を、守るために」


 口にしてから、なんて陳腐な言葉だろうと苦笑した。

 けれど、これこそが偽りなき理由。

 フェイがこれからも生きていくための意義そのものなのだ。


 アルフレドの問いに答えてから、フェイは跪く。


「公爵位の件、謹んでお受けいたします」


 運命の濁流に決して流されぬように。

 けれど、流れには逆らわず。


 フェイはその身に宿りし力とは別の、新たな力を手にすることを決意した。


 ◆ ◆


 国葬然り、七公家の入れ替わり然り。

 いずれにせよ準備などに時間がかかるため追って詳細を伝えるとアルフレドに言われ、謁見はひとまず終わりを迎えた。

 まだ陽は沈んでいないが、王城に泊まっていくことになり部屋が用意されている間フェイたちは応接室としての用途がある一室で待機していた。


 そのことを伝えられたフェイの従者であるトレントは、馬車を預け、部屋の傍らで控えている。


「ラナさんは、こうなるってわかっていたんですか?」


 セレスの重みを膝に感じ、両脇に座るフリールとフレイヤの窮屈さを抱きながら、フェイは馬車の時と同様に対面に座るラナに問いを投げた。


 あの日、自分を半ば無理矢理に精霊学校に送り込むときから、こうなることを予測していたのではないか。

 あるいは、こうなるために送り込んだのではないか。

 ふと、そんな意味のない疑問が沸き上がった。


「さあね?」


 ラナは妖艶に微笑みながら、弾むような声色でそれをはぐらかす。

 いまいちつかみきれない彼女の思考にフェイが辟易していると、ラナは笑みを艶やかなものから一転、どこか寂しげなものへと変え、今度は彼女の方から話題をふってきた。


「……それよりも、フェイ君は他にやるべきことがあるんじゃないの?」

「やるべきこと……?」

「あの日、決めたことがあるんでしょ?」

「……!」


 笑みは次第に薄れ、真顔で目を細めながらラナが見つめてくる。

 彼女の瞳に映るフェイは目を見開いていて、そして意を決したような表情に変わる。


「みんなは、ここで待ってて」


 膝に乗っているセレスを抱きかかえ、自由を得た足で立ち上がり、彼女をおろしながらフェイは己の契約精霊たちに言う。

 主の言葉に彼女たちは静かに頷く。

 それに微笑みをもって応じると、フェイは扉の傍に控えている王城に仕える侍女に近付きながら、


「すいません、ボネット家の方々のいるところまで案内してくださいませんか?」


 と、少し緊張の入り混じった声色で頼んだ。

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