十五話
「それで、何の用なんですか?」
学園長室とほぼ同じ作りの生徒会室に入りソファに座ったところで、ここに連れてきた生徒会副会長、セシリア=ボネットに聞いた。
ちなみに生徒会室と学園長室との大きな差は、机の上に題名を見ただけで持ち主の悩みがわかるような本が置いていないことだろう。
「生徒会長にフェイ=ディルク君を連れてくるように言われただけですので、詳しい内容は生徒会長に聞いてください。もうすぐ来るそうですので」
お茶をフェイの前に置きながらセシリアが答える。
セシリアはそのままフェイの前のソファに座ると、フェイを見つめる。
「何ですか?」
セシリアの視線に居心地が悪くなったフェイは、そう聞いた。
「フェイに、聞きたいことがあるの」
先ほどまでの丁寧な口調とは違い、くだけた口調で言った。
その差にフェイは怪訝な顔をしながら言う。
「それは、生徒会副会長としての質問ですか?」
フェイの言わんとしていることを理解したセシリアが、毅然とした態度で答える。
「セシリア=ボネット、個人としての質問です」
「何も答えるつもりはありません。ここについてきたのは、生徒会副会長に呼ばれたからであって、他意はありません」
セシリアが言い終わる前にそう返したフェイの明らかな拒絶に、セシリアは悲しげな表情を浮かべながら俯く。
そして、小さな声で言った。
「……生徒会副会長として質問します」
先ほどセシリア個人としてしようとしていた質問をするのだと感じたフェイは、質問される前に言う。
「職権濫用では?」
「生徒のことを知るのも、副会長としての責務です」
暴論だ、フェイは内心毒づきながらセシリアの質問を待つ。
一応聞いてくれるのだと感じたセシリアは、フェイに向かって一つの質問をした。
「なぜ、フェイは精霊学校に入学したの?」
「なぜ……とは?」
「私たちに会うためなの?」
「なぜ僕があなたたちに会わなければいけないんですか?」
質問の意味が全く掴めず、フェイは困惑する。
「私たちに復讐をするためじゃないの?」
ああ、とフェイは納得した。
「別に復讐なんてするつもりはありませんよ。僕はただ、知り合いに精霊学校に行くよう言われただけですので」
「えっ……」
予想外の答えだったのか、セシリアは気の抜けた声を上げる。
「ボネット家は今の僕にとっては、一貴族と変わりありません」
「じゃあ、許してくれるの?」
俯いていた顔を上げ、晴れやかな表情を見せるセシリア。
そのセシリアを冷やかな目で、フェイは見た。
「……許してもらえると、本当に思っているんですか?」
「――っ!」
フェイの纏う雰囲気が殺伐としたものに変わったのを感じたセシリアは、ビクッと体を震わした。
「僕がボネット家に復讐しないのは、今の僕にとってボネット家はどうでもいいから、というだけですよ。あんな家にはもう関わりたくもありませんでした。と言っても、結局関わってしまいましたがね」
「……」
「もっとも、そちらからちょっかいを出してくるのなら、僕も黙ってはいませんよ」
冷たい目でそう言い切ったフェイを見て、セシリアは言った。
「フェイは、変わったわね」
「変わったのではありません、変えさせられたんですよ」
「どういう意味?」
フェイの言った言葉の差が理解できず、聞き返す。
「あの頃の僕は、純粋でした」
「……」
「ただ僕が強くなればなるほど、親は僕に愛情を注いでくれる。その愛情欲しさに僕は頑張っていた。それ故に、僕はどこまでも親に従順だった。それ故に、僕はどこまでも純粋だった。それ故に、僕は親の、人の持ちうる心の中に秘めるものを、知ろうとしなかった」
そこまで言って理解したのか、セシリアが悲痛そうな目で見てくる。
だが、それに構わずフェイは続ける。
「僕に注がれていた愛情は、僕自身にではなく、僕の持つ力にだけ注がれていたことに気が付かなかった……」
そう言い、フェイはセシリアをまっすぐ見つめる。
「セシリアさん、純粋とはすばらしいことだと思いますか?」
「……ええ、すばらしいことだと思うわ」
「なるほど、僕の考えは逆ですよ。純粋とは、無知で愚かな事です。人の心の奥底で考えていることを知ろうともせず、ただその人の表面上の取り繕った仮面を見ただけで判断する」
その答えを聞き、セシリアは膝の上に置いていた手をきつく握る。
「一応言っておきますが、僕はボネット家に感謝しているんですよ」
「感謝?」
「ええ、人とは醜く、醜悪で、常に自己を第一に考えその身の保身のために自分以外の何もかもを犠牲にする。……例え、家族であっても」
「そんな事は!」
「ええ、知っていますよ。そういう人だけではないことは。実際僕も、家族より家族らしいとても暖かい人に会えました」
「……」
「ですが、人を見かけで判断せず、慎重にその人は自分にとって利か、害か……それを見分けなければならない事を教えてくれたのは、他ならぬボネット家ですから、そのことにのみ感謝しているんですよ」
「私はそんなことは!」
「何が違うというんですか?先ほどだって、まず僕に謝ろうともせず、許してくれるのかを聞いてきたではないですか」
「――っ!」
「結局自分が一番大切なんですよ、大多数の人間は……僕も含めて」
フェイの冷酷な笑みを見て、セシリアは思った。
――私たちが、フェイを変えてしまったのだと……。