百五十一話
「狭い……」
「七人ともなると、やはり厳しいですね……」
森をでて、王城に向かう道すがら。
フェイが車内で呟いた苦悶の声に、車外で馬を操るトレントが応じる。
ボネット家の馬車はつめれば六人程度はかろうじて乗ることができるが、フェイが所有している馬車はそれほど広くはない。
つめて四人ほど。本来は二人がゆったりと座ることを想定されている。
そんな馬車内に七人も乗れば必然的につめつめ以上になるわけで。
「まぁ、このことを想定していなかった僕のミスではあるんですが……誰か僕の中に戻ってくれないかなぁ」
膝の上にライティアを、そしてさらにその上にセレスを乗せながらフェイはごちる。
重さ自体はそれほどなので問題はないが、一番上に載るセレスが落ちないように抱きしめるフェイ。
そんな彼を、両脇にいるフリールとフレイヤが羨ましげに見るが。
対面に座るのはラナとシルフィア。
二人は穏やかに笑っている。
と、フェイの呟きを拾ったフリールが不満気に返す。
「いやよ、狭いもの」
「だ、だよねぇ……」
精霊である彼女たちは、フェイの中に半ば魔力と化した精神体となり入ることができる。
だが、人型精霊は総じてそれを好まない。
理由は総じて、窮屈だから。
「その感覚がよくわからないんだよね。実際どういう感じなの?」
「そうね……布団に丸まってる感じが一番近いかもしれないわ」
「んー、わかるようでわからない。字面的に言えば極楽そうだけど……」
「まぁ、人が精霊のことをわかりきることはできないわよ」
「そりゃあそうだけど……」
ぐうの音も出ない絶対的な結論を言われて、フェイは押し黙る。
棲む世界も、過ごす時間も違う者同士が理解しあえることは少ない。
以降、取り留めもない会話が車内で応酬した。
◆ ◆
「着きましたよ、フェイ様」
緩やかな振動が止まるとともに、トレントが馬車の扉を開けながら声をかけた。
フェイを始め、七人はそれぞれ馬車をおりる。
微妙に痺れた両ひざにわずかに顔を顰めながら、フェイは目の前に広がる荘厳な王城を見た。
「……ん?」
なにか、違和感のようなものを感じ、フェイはそちらを見る。
王城ではない。
城門近くにいるフェイから見ることはできないが、王城を隔てた向こう側。
中庭のある方だ。
あそこには、別館の大きな建物と、そして塔があったはずだ。
「フェイ君、どうかしたの?」
足を止めたフェイを見て、ラナは訝しむような視線を向ける。
彼女の覗き込むように心配してくる表情を見て、フェイは息を吐いてから笑みを浮かべた。
頭にわずかに響く痛み。それを忘れるように。
ラナやフリールを始め、およそ美貌といえる女性や少女六人を侍らせるようにして王城の中を進むフェイは、城内に勤めるあらゆる人の目に晒された。
ただ、侍らしていることに対する嫌悪感は抱かれていない。
フロックコートを翻しながら歩くフェイの雰囲気は、どこか威圧感があって。
他者を寄せ付けない感じはしながらも、誰でも受け入れるような器の広さはあって。
その矛盾ともいえる印象が、なぜかフェイから放たれていた。
その後ろを付き従う六人は、そのどれもが圧倒的なオーラを放っていた。
だからだろう。
その前を行くフェイに対し畏怖を抱かざるを得なかったのは。
必然的に、すれ違う誰もがフェイに頭を下げる。
その光景をフェイは心の中で首を傾げながら、フリールを始めとした彼の契約精霊たちはさも当然といった顔で見る。
そのまま、王の前へと案内される。
変わらず、屈強な衛兵が不審者を通さんと直立していた。
トレントはもはや王城に勤めていないので、ひとまず馬車の中で待機している。
フェイの前に立ち、いつもの口上を述べるのはれっきとした王城に仕える執事。
「フェイ=ディルク様、ラナール=ディルセルク様、はじめ他五名。ご到着されました」
直後、王の間の扉が開かれいつもの光景……と、ボネット家の面々が、跪いた状態でいた。
アレックスがいないその光景に、フェイは目を細め、そして思い出したようにその場に跪く。
が、この場で跪いたのはフェイだけで、ラナもフリールもフレイヤもシルフィアもライティアもセレスも。誰もが直立したままだ。
「フェイ=ボネット、アルフレド=アルマンド国王陛下にお呼び預かり、登城いたしました」
そうやって口上を述べたのもまたフェイだけで、正しいことをしているだけなのにまるで彼が間違ったことをしているような、そんな錯覚さえ抱かせるから不思議だ。
さらに不思議なことに、誰もそのことを言及したりはしない。
「入れ」
どこか疲れ切ったように、アルフレドはそう告げた。
玉座に座るアルフレドの姿には、ありありと疲労の色が見える。
その理由の一端……というより、ほぼすべてが自分にあることを知っているフェイは心の中で謝りながら立ち上がる。
そして、紅い絨毯の道を歩き、玉座の近くへと至ると同時に再び跪こうとして――
「いや、よい。そなただけが跪くという状況もどうにも落ち着かぬ。そなたたちも立つといい」
セシリアたちにも告げる。
フェイたちはしばしの逡巡の後、直立していくことにした。
「事態はすでに聞き及んでいる。……まさか、氷帝獣に留まらなかったとはな。おかげで人類同盟の招集をしておきながら、取りやめ……いや、すまぬ。愚痴になったな」
「いえ、私のせいですので……」
「そなただけのせいではあるまい。とはいえ、これでもはや隠すことはできなくなった。そなたの力はもはや一部では噂になっておる。今後はボネット領の周辺にとどまらず、国内に広がっていくことだろう。……なにより、報告によれば魔族まで現れたと聞いておる」
魔族。
言われて、フェイは一人の男を思い出す。
長年ボネット家に仕えてきた分家筆頭、アルマン=ボスウェル。
フェイは魔族という存在について詳しくは知らないが、たしかに彼はまさしく魔族だったのかもしれない。
「ボネット家の当主であったアレックス公爵を喪い、さすがに我々はこのことを公表せざるを得ない。領内に現れた魔族。その凶刃に命を落とした我が王国の護り手たる公爵家の当主。この事実だけを聞けば、国民は不安と恐怖に陥るだろう」
公爵家を束ねる当主は、国内で最強の精霊術師たち。
そうあるからこそ公爵位を授かっているのだ。
そんな彼が死んだとあらば、国民は当然魔族の脅威に怯えることになる。
「ならば、我々は国民に対して希望を提示せねばならない。そしてその希望とはなにか。――そなたのことだ。伝説の帝級精霊、そのすべてを従え、かつては戦慄の魔術師と謳われた神童。そなたと、そなたの力の公表は間違いなく希望になり得る」
アルフレドの言葉を、この場にいる誰もが黙って聞く。
「――近いうち、アレックス卿の国葬を行う。そこでそなたには……」
真っ直ぐにフェイを見つめて、アルフレドは己の決断を口にする。
「五帝獣を束ねる精霊術師として、我が国の希望として――公爵位についてもらう」