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戦慄の魔術師と五帝獣  作者: 戸津 秋太
五章 戦慄の魔術師と五帝獣

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百五十話

 フェイが意識を取り戻して数日。

 先日の一件が夢のように思えてくるほど穏やかな時間を彼はラナの家で過ごしていた。


 鳥の囀りで目を覚まし、食事をとってから彼女たちと談笑する。

 そして森を軽く散策したりして、気付けば昼になって――。


 精霊学校に通い始める前の、あの穏やかな……そして、ひどく停滞した時間を過ごしていた。


「フェイ、ちょっと聞いてよっ! このアホイヤがッ!!!!」

「ちょっと、あんたが先にやったんでしょうがっ!」


 フリールとフレイヤが言い争うのを聞きながら、フェイは今手に持っている本のページをめくる。

 部屋の隅では丸まるようにして穏やかに眠っているセレスとライティアの姿もある。


「ん……?」


 ふと、文字を追っていた視線を上げて窓の外へと向ける。

 そしてフェイはわずかに顔を顰めた。


「フェイ、どうかしたの?」


 傍らに控えていたシルフィアが、突然表情を変えたフェイに覗き込むようにして訊ねる。


「あぁ、いや……ほら、家の入口に五人くらいの人がいるよね?」

「いますねー。でもラナが反応しなかったところを見ると敵ではないわよ」


 それはそうだとフェイは頷いて、視線を本へと戻す。


 数分経ち、部屋の扉が開かれ――


「フェイ君、王城から勅命を記した書状が届いたわよ」


 ラナが右手に一通の封筒を持ちながら室内へと入ってきた。


「書状、勅命、王城……あぁ、やっぱりですか」

「そんなに嫌そうな顔をしないのっ。大体、暫くここでのんびりしたんだから大丈夫でしょ?」

「別に嫌ではありませんよ。もう僕は逃げないって決めましたから」

「――――」


 フェイの返しに、虚を突かれたようにラナは目を丸くした。

 そして、どこか優し気な笑みを浮かべて、「そう……」と静かに返した。


「それで、書状にはなんて書いてあるんですか?」

「えーっと……フェイ=ディルク男爵並びにラナール=ディルセルク公爵は急ぎ登城せよ……要するに早く王城にこいってことね。って、私も一緒かぁ……」

「ラナさんも同伴するのは当然だと思いますよ。――それにしても、なにで行きましょうか。ラナさんって馬車とか持っていなかったですよね?」


 王城に行くこと自体にもはや抵抗はないフェイは、ラナに王都に行くまでの足の相談をする。

 と、ラナはふっふーんっとしたり顔で胸を張り、


「フェイ君は、この私がその程度の事態になり得ることを想定できないとでも思っていたのかしら。だったら心外よっ! 足の用意はとっくにしてあるのよっ!」

「ほ、本当ですか……!」


 驚くフェイを見てラナはさらに上機嫌になり、扉の方を全身を使って示しながら、


「さぁ、入ってきなさい! 私の足よっ!!」


 その声に従い、扉がゆっくりと開かれる。

 入って来たのは――


「フェ、フェイ様……ご無事でなによりです」


 フェイの従者、トレントだった。


「いやラナさん、いや……」

「どうよ、私のこの洞察力! 慧眼と称してくれてもいいわよっ!」

「あの、トレントさんは僕の従者なんですけど。ラナさんの足では決してないんですけど」


 フェイの非難の視線を浴びて、ラナは口笛を吹く。

 その飄々とした態度に呆れながらも、これこそがラナかと諦める。


 フェイはひとまず己の従者に向き直り、


「お久しぶりです、トレントさん。その後、領内の方は?」

「フェイ様のご無事はラナール様より聞き及んでおりましたので問題はありませんが、領主が領地にお戻りになられないのはいかがなものかと思います」

「……トレントさん、もしかして怒ってます?」


 眼鏡をくいっと上げて、今度はフェイに非難の視線を浴びせるトレント。

 そんな彼を見て、フェイは思わず顔を引きつらせる。


「別に怒ってなどおりません。主がどうしようとも、わたくしはそれに従うのみです。ですから、あの後混乱する領民の方々に事情を説明したりすることをわたくしたちが全部任されたことに関しても、些かの不満も抱いておりません」

「……す、すいませんでした。以後気をつけます」


 トレントの言葉を聞いて、自分がラナの家に引きこもっていたことに対して猛烈に申し訳なさが芽生えてきて、頭を下げる。

 殊勝な彼の態度に、トレントは固かった表情を和らげると、


「わかってくだされたのならいいのです。領主は領内にいてこそその意味が生まれます。領民の方たちもまた、領主がいればこそ安心します。そのことをゆめゆめお忘れなきように」

「わかりました、肝に銘じておきます」


 肩をすくめて、フェイはトレントの言葉に頷き、心に刻む。


 たしかにその通りだ。

 領主は領地にいなければ意味がない。

 フェイが遠く離れた精霊学校に領地から通っているのだって、それが理由なのだから。


「――――」


 領主。

 その単語を脳内で反芻したとき、一人の男の死に際の姿が脳裏をよぎった。


 ボネット公爵家を統べる当主、アレックス=ボネット。


 彼が亡き今、ボネット家は果たしてどうなるのだろうか。


(……エリス、姉さん、ブラム、母さん)


 残された家族の名を心の中で呟いて、フェイは僅かに笑みを浮かべた。

 あの時メリアに気付かせてもらった大切なそれらのことを想って。


 次に会う時があれば、アレックスとはできなかったことを――歩み寄るということをしよう。

 そして彼女たちがもし自分のことを、自分がアレックスに対して抱いていた想いの一欠けらでも抱いてくれているのなら。


「――行こうか、王城に」


 ラナに、トレントに。そして自らの契約精霊たちに。

 毅然とフェイは告げて、彼は決意の歩みを始めた。

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