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戦慄の魔術師と五帝獣  作者: 戸津 秋太
四章 消えない記憶

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百四十八話

「……っぅ」


 闇から光へ。

 意識は奥底から浮上する。

 初めに全身を包む温もりを感じて、フェイは瞼を開けた。


 仰向けの状態で眠っていたフェイは、自分の体の上に重みを感じて首を起こして目を向ける。

 すると、そこにはすやすやと可愛らしい寝息を立てて、子供らしい寝顔を見せるセレスとライティアがいた。

 やれやれと思いながらも、フェイは思わず頬を緩める。

 次いで、両脇に温もりを感じてそちらへ目を向ける。

 右にはフリールが、左にはフレイヤが。寄り添うようにして眠っていた。


「起きたのね、フェイ」


 ベッドの脇から涼やかで透明感のある声が聞こえてきて、見る。

 そこには、シルフィアが優雅に小さな椅子に腰かけていた。


「――うん」


 頷き、それからフェイは困った風に頬を掻こうとして――腕を動かせないことに気付く。


「起こす?」


 そんなフェイの様子を見てシルフィアは問うが、フェイは首を横に振る。


「いいよ、久しぶりなんだ。もう少しだけ、このままで……」


 それから数十分、フェイは彼女たちの寝顔を懐かしむように見つめる。

 そして、フリールがもぞもぞと動き始めたのを皮きりに、続々と目覚め始めた。


「おはよう、フェイ」

「おっはよー」


 フリールの挨拶に、フレイヤが続く。


「んむぅ、もう少しだけ、寝る……」


 起き上がってから、セレスがもう一度ぽてっとフェイの胸に倒れこむ。

 そんな彼女を起こすのが――


「だめだよぅ、お兄ちゃんが困ってる!」


 彼女と特に親しい、ライティアだ。


「はいはい、みんなベッドから出るのよー」


 まとめ役であるシルフィアの声に、各々はベッドからでて、そしてフェイへと振り返る。


 自分を見つめる五人の顔をそれぞれ見てから、フェイは彼女たちの主らしく口を開いた。


「みんな、今までありがとう。僕は今日からまた新しい道を歩くよ。どんな道程になるかまったく見当もつかないけど、それでもみんなは――」


 ついてきてくれるか。そう言おうとしてフェイは愚問だと気付いた。

 だから、それを呑み込む。呑み込んでから、再度口を開く。

 清々しい、とびきりの笑顔で。


「――これからもよろしく」

「ええ!」「もっちろん!」「任せて!」「うん」「はい!」


 フェイの言葉に、言葉こそ違えどみな頷く。今更言うまでもなかろうと。


 それを見てフェイは頷く。

 それから、ここはどこか――と聞こうとして、必要ないと思う。

 何故ならそこはフェイの第二の家――ラナの家だったからだ。


「フェイが倒れた後、ラナがきたのよ」


 フェイの考えていることがわかったのか、フリールが説明する。


「ラナさんが? ……あ、そっか。あれだけ激しく戦えばラナさんもくるか」


 ボネット家の屋敷の近くの森――つまりここにラナの家があるのだ。

 あれだけの戦闘が行われれば様子を見るに決まっている。


「……他のみんなは?」


 みんな、というのはメリアやゲイソンにアイリス、そしてエリスやセシリアたちのことを指す。


「ボネット家の人間は別邸にて状況の整理や処理、フェイ君の友達はみんなそれぞれ家に帰したわ」

「ラナさん」


 まるで計ったようにタイミングよく扉を開けて、ラナが入って来た。


「久しぶり、フェイ君! ……っと、この光景ももう何年ぶりなのね。月日の流れを感じるなぁ……」


 懐かしむようにラナはフェイたちを見てそう漏らした。


「まぁ、なんにせよとりあえずご飯にしましょっ! お腹空いてるでしょっ! どれ、久しぶりに私の手料理を食べるといいわ!」

「……そうですね」


 変わらない彼女のテンションの高さにため息を漏らしながら、しかし口角をあげる。

 食堂に移動し、料理が運ばれてきてもその懐かしさを想わずにはいられない。

 席がすべて埋まった、賑やかな食卓。


「あー! こら、それ私のよ!」

「盗られる方が悪いのよ、盗られる方がっ!」

「もうっ! 起きて早々それなんて、ずっと寝てたらよかったんじゃないのっ、アホイヤ!」

「誰がアホイヤよ、バカール!」

「こらぁ! 騒がないのっ!」


 おかずを取り合い喧嘩をするフリールとフレイヤ。それを諌めるシルフィア。


「だ、だめだよ。ご飯中に眠っちゃったら!」

「わか、ってる……」


 眠りかけるセレスを起こすライティア。

 この騒がしい食卓が、本当に懐かしい。


 ふと視線をラナに移すと、彼女はなにやらにっこりと笑っていた。


「……なんですか?」

「なーんにも! ささ、フェイも食べなさい!」

「いただきます……」


 目の前のスープを掬って口に含む。

 優しい味が口いっぱいに広がる。


「さ、これもこれも!」


 食べだしたフェイに、ラナは次から次へと料理を進める。

 それはまるでなにかを隠したそうな……


「……あ、そういえば、ラナさんが七公家だったことについてなにも説明されてないんですが」

「…………」


 顔を逸らし、口笛を鳴らしだすラナ。


(やっぱり確信犯か!)


 誤魔化しだしたラナにフェイは詰め寄る。


「誤魔化しても無駄ですよっ! 時間はたくさんあるんですから、きちんと説明してもらいますっ!」

「しょ、食事中だから……ね?」

「じゃあ、食べ終えてからで」


 ラナのウインクを呆れながら見つめて、そして再び料理に戻る。

 久しぶりのラナの手料理に舌鼓を打っていると、彼女が声をかけてきた。


「なんにせよ、よかったじゃない。色々とすっきりとしたみたいだし」

「すっきり、ですか。ええ、たしかにそうですね」


 フェイは頷きながら目を瞑る。脳裏に、一人の少女の姿がよぎる。


「友達の――いえ、とても大切な幼馴染のお蔭です。彼女に救われました」


 胸に手を当てて、フェイはゆっくりとそう呟いた。

 ラナはそれを微笑ましげに見つめて、そして自らも料理を口にする。


 これから、フェイの人生が荒れ狂う濁流の中に突っ込んでいくということを思いながら。


 七人は、かつての日と同じように一つのテーブルを囲んで楽しげに話し合う。

 これまで話せなかったことを含めて。

 そこから生じる笑い声はラナの家を漏れ出し、近くの森――木々の中まで木霊した。


 ◆ ◆


 男は豪奢な椅子に深く座ったまま、目の前の光景に終わりが訪れても呆然としたかのように黙していた。

 なんの反応も見せない男に、傍らで控えていた執事が声を掛けようとして、彼が口角を上げているのに気付き、それをやめる。

 もう少しの時間を経て、男はまるでこれまで堪えていたかのように大きな笑いを広い部屋に木霊させる。それは喜悦を含んだ笑みであり――醜悪な笑みであった。


「まさか、堕ちたにも関わらず戻ってくるとはな……あげく、ついには解放までなすとは」

「どうされますか? 送り込んだアルマンも、ご存知の通りすでに……」


 執事の呟きに不遜に笑いながら、男は目の前の虚空に映し出された惨状――死に絶えたアルマンとすでに原型を留めていないボネット家本邸――を見て、それから顔つきを真剣なものへと変える。


「…………」


 執事の質問に答えず、男は目を瞑り、目の前の惨状を引き起こした黒髪の少年――フェイと出会った時のことを思い返していた。


 あれは何年前の話だったか。かつての大戦において魔族を苦しめた忌まわしき存在――五帝獣とそれを使役する五英傑。

 そして、彼らと共に戦った一人の女性。大戦が終わり、アルマンド王国において七公家の地位についたその者の子孫が無防備にも森で一人暮らしているという情報を聞きつけて、転移魔法によって男はその森に供を一人連れて向かった。

 ひっそりと、小さな森に過ごしていたその女の命を奪おうとしたとき、己と同等の力を持った存在に巡り合った。

 

 それが、五体の精霊――五帝獣。そんな彼女たちと共に少年が一人、守られるようにしてそこにいた。何者なのか。そんなものは聞くまでもなかった。同時に、驚き、そして喜んだ。


 五体もの帝級精霊と契約できる器の存在に驚き、そしてそれほどまでに恐ろしい存在がまだ未熟で、そして辺境の森にあまりにも無防備にいたのだから。

 いずれ脅威になり得るであろう存在を容易く葬れることへの喜び。だが、その喜びは彼に慢心を生んだ。すなわち――ただ殺すのではなく、五帝獣の力を奪おうという欲がでた。

 彼女たちの契約者たる少年、フェイを殺さずに痛めつけることで、魔族にとって最大な脅威ともいえる帝級精霊たちをこちらのものとする。

 そういう風に戦いは進み、子孫である女性、ラナを拘束し、あとはフェイの胸中を絶望と後悔で染めるべく、男は扇動した。そして、フェイが誤って、自らの精霊魔法をラナへと放った。ここまでは、男の思惑通り。――だが、ここで一つ誤算が生じた。

 

 フェイが――暴走したのだ。

 

 魔力は黒く染まり、力は破壊の限りを尽くす。さしもの男もその状態の彼に、彼らに押される。

 と同時に、悦びを覚えた。これほどの負の感情を宿す者だ、いずれ我々の元へと堕ちるだろうと。

 一緒に連れてきた供が満身創痍だったことも考慮し、さらにはこの状態の五帝獣を使役できないと判断し、男は撤退した。

 だから、正気に戻ったフェイが肉親同然の存在であるラナを己の力で傷つけてしまったことを悔い、また同時に自らの力を恐れ、封印までしたことを知ったのは少し後だ。


「……思い通り、であったはずなのだがな」


 男は過去を振り返り、どこか残念そうに呟く。


「あのまま、奴が暴走し続けてくれたのならばいずれ奴の体は崩壊し、五帝獣は再び契約者のいない状態になる。そうなれば、余がその力を使ってやったものを……」


 ここでようやく、魔王――アスモディ・ベル・アンビルは立ち上がる。倦怠感を覚えながら。

 そして、脇に控える自らの執事であり、そしてかつて供として連れて行ったゼルバ・ルル・カイゼルを見る。


「陛下、どうされますか……」

「アルマンは、しっかりとその役目を果たしたのであろうな?」

「はい。ご息女は、アルマンが死の間際、きちんとあの場にいた者に」

「ならばよいのだ。余の命を守ったのだからな。……長きに渡り占有させた駒がこんなにも中途半端なところで死んだのは痛いが、五体の帝級精霊を前に生きろと命じる方が酷な話よ」


 なにが可笑しいのか。アスモディは嗤う。なにかを歓迎するように、高々と。


「……それで、あいつはあの場にいた者の中でどこにいる?」

「――――――――」


 ゼルバの回答に、アスモディは僅かに目を見開いて、そして運命を皮肉るように、誰かを嘲笑するような笑い声を漏らす。


「そうか、そうか……、アルマンはよくやってくれたな。これはもしかすると、あやつがまた堕ちる……なんてこともあるかもしれないぞ?」


 そこで一息ついてから、ふらりと豪奢な扉へと向かう。そのまま、振り返ることなく後ろに佇むゼルバに向けて、


「余はもう疲れた。しばし休む。……目覚めたら、動くぞ。あやつを放置してはおけん。余の全力を持って叩かねばなるまい。あいつにはその前哨戦を担ってもらうとしよう」

「仰せのままに」


 アスモディの命令にゼルバは恭しく頭を下げる。それを背中で感じながら、アスモディは一度振り返り、虚空に映し出される一人の黒髪の少女を見て、


「せいぜい、楽しませてくれよ?」


 ――と、愉悦に満ちた厭らしい笑みを残して部屋を去った。

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