百四十七話
――瞬間、すでに半壊しているボネット家の屋敷から爆音が響いた。
アルマンが一瞬にして屋敷の壁に叩きつけられたのだ。
なにが、と理解するよりも先に新たな攻撃が続く。
屋敷が爆ぜる。爆炎が包む。
と同時に、その上空。
大きな黒雲が現れ、大気を振動させながら一本の大きな稲妻が正確に屋敷を穿つ。
これで終わりかと思いきや、まだ続く。
屋敷のあった場所の周囲の地面が盛り上がり、そして全面を覆い尽くし――土の雪崩のように屋敷を呑み尽くした。
少しの間静寂が訪れ、すぐさま変化が現れた。
屋敷が地に埋められたその地中から、闇が溢れ出したのだ。
初めは滲み出すように、しかしそれは大きな力となって地表を破壊した。
「うわぁ、あれをくらってもまだ動けるんだ……」
おっかなびっくりといった感じで、フリールと同じぐらいの長さの赤髪の少女――フレイヤが目を見開いて、わざとらしく手を口元に添えて言った。
「私たちと同じ次元の力ですからねー」
少しのんびりとした口調で太もも近くまであるウェーブがかった緑髪の女性――シルフィアがフレイヤの言葉に応える。
「どうでも、いいよ……」
目を眠そうにこすりながら、ツインテールの茶髪を揺らす幼い女の子――セレス。
「そんなことないよっ。お兄ちゃんを助けないとっ!」
そんなセレスを起こすのが、少し癖のある黄髪が特徴的なセレスと同い年ぐらいの女の子――ライティア。
今この場に、炎、風、地、雷――そして氷の帝級精霊、五帝獣の全員が顕現した。
「久しぶり、っていうのは少しおかしいかな?」
自分たちの前に立つ懐かしい背中を見ながら、フェイはどこか気恥ずかしそうにポリポリと頬を掻く。
「おのれ……ッ、精霊風情が我が主の覇道を阻むとはァッ!!」
激昂しながら、アルマンは黒帝剣を地に突き刺す。
すなわち空間の支配。
空間が黒く染まり……無数の黒き手が伸びる――
が、そんなものは知っている。以前に見たことがある。
というよりも、そんなことは関係ない。
彼女たちがすべて覚醒めたからにはフェイはただ立っているだけでいい。
フェイを押しつぶさんと迫ってきていた無数の手が一瞬にして消滅した。
なにが起きたのか、それを理解するよりも先にアルマンは視界の隅でこちらに放たれた攻撃を捉え、防御にうつろうとする――が、それすらも許せない。
「ぐはぁっ!!」
地面が鋭利な槍となって盛り上がり、アルマンを貫く。
と同時に、彼を捉えた攻撃――無数の氷の槍が彼をさらに貫く。
すでにボロボロだったアルマンの体からは血が流れ落ちる。
ただ、それでは終わらせない。
再度、轟いたのは稲妻の咆哮。
加えて、竜巻がアルマンの体に襲い掛かる。
これを防ぐ術は、もはや神ですら不可能だ。
五体の帝級精霊の力を前に、アルマンはついに横たわった。
そんな彼の近くに、フェイは歩み寄る。
「――あなたには何を聞いても答えてくれそうにないですね」
フェイの言葉にアルマンはにやりと嗤うばかり。
「この命が尽きるときこそ、俺が主のためにすべてを尽くした証! あぁ、これが死ぬという感覚……!」
先ほどまでの怒りはどこへやら。今度は死に対して酔いしれている。
「私は死の間際にさえも、すべきことがある。丁度いい、生贄がすぐそこにぃ……!」
狂ったのか、アルマンは可笑しなことを叫びながら嗤う。
フェイはそれを一瞥する。
直接人を――アルマンが人であるかは不明だが――殺すのは今まで一度もしたことがない。
だが、フェイは氷帝剣を握り、その剣先をアルマンへと向けて――振り下ろした。
鮮血はあたりを彩るが、フェイには決してかからない。
それを、周りに立つ彼女たちが阻んだからだ。
そのせいかわからないが、少し離れたところにいるメリアのところにまで血が飛び散った。
呆気のない最期。ただそれも無理はない。
五体の帝級精霊の力を前に、むしろこれまで死を遅らせたことこそ褒められるべきものだ。
彼女たちに対峙して刹那の時間を耐えきること自体は至難の業なのだ。
息絶えた敵から目を逸らし、フェイは振り返る。
彼女たち――五帝獣と語らおうとして。そしてさらにその奥にいるエリスたちに視線を映し、彼の瞳は空を映した。
フェイが地面に仰向けに倒れたのだ。
いつの間にか空はオレンジ色に染まっている。
「……ごめん、ちょっと疲れたみたい」
暴走した際に消費した魔力が思いのほか多かったらしい。
フェイは特に悪びれずに謝る。
彼女たちの言葉を聞かないまま、フェイは目を閉じた。
意識が沈む直前、誰かの「しかたないわね……」という呟きが聞こえた気がした。