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戦慄の魔術師と五帝獣  作者: 戸津 秋太
四章 消えない記憶
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百四十六話

「メリア、本当にごめんね……」


 フェイは振り返り、背後のメリアに【ハイヒール】をかけ、自らの失態が生んだ彼女の傷を塞ぐ。

 塞ぎ切った白い肌を指で撫でながら、ただひたすらに謝る。


 そんなフェイの態度を受けて、メリアは黙したまま優しい笑みを浮かべて首を横に振る。


 フェイは「ありがとう」と一言零し、再度振り返る。

 彼女に対する謝罪は、また改めてきちんとしよう。

 だが今は、先にすべきことがある。


 見た者を闇へと誘いそうなまでに黒いオーラを纏った男、ボネット家の分家を束ねるアルマン=ボスウェル。

 彼を忌々しげに見つめながら、フェイは呟く。


「……この間ここにきたとき、嫌な感覚はしていましたが。まさか、あなたが裏切るとは」


 フェイの呟きを、どこか可笑しそうにアルマンは嗤う。


「裏切るとは心外な。私は……俺は、最初から裏切ってなどいませんよ。すべては偉大なる主のためにッ」


 彼が言う偉大なる主が誰を指すのか、いまさら聞くまでもない。

 それに、一つの謎も解けた。

 長距離の転移魔法を行う際、転移先に必要な印。その役目をアルマンが担っていたのだろう。

 であれば今回の騒動の元凶は――黒幕を除けば――彼にある。

 敵だというのなら、もはやかける情けなどない。


「フリール」

「人に心配をかけておいて、なんなのその態度は」

「君と契約を交わしたとき、僕に傲慢であれといったのは君だったはずだけど」


 かつての言葉を口に出されて、フリールは懐かしく微笑みながら「そうだったわね……」と返す。

 フェイと契約を交わすとき、帝級精霊と契約を交わす以上、なににも遠慮してはいけない。自分の力が欲しいのならばいつでも貸す。

 そう言ったのを思い出した。


「じゃあ、終わらせよう。僕にはまだ、することがあるんだから」


 視界の隅に、フリールの結界に覆われたゲイソンとアイリスを捉えながら、フェイは言う。


「終わらせる? 終わらせる、ですか。ふふっ、ふははっ! あなたは今この場で死ぬのですっ、俺の手によって! それこそが我が主の命!」

「それはないよ」


 フェイがそう声を発すると同時に、フリールがアルマンに向けて手をかざす。

 瞬間、アルマンの体が足の先から徐々に凍り始めた。


「おやおや、なんの予兆もなしにこのような芸当をして見せるとは。さすがは世界に愛されし帝級精霊。――でも、無駄だッ!」


 叫びながらアルマンの体から一層強いオーラが放出され、パキンッと下半身に纏わりついていた氷がはじけ飛ぶ。

 そのまま、彼の目の前の空間が裂け、アルマンはそこに手を突っ込む。


 その空間から腕を抜き出したとき、彼が手に持っていたのは漆黒の剣――黒帝剣だった。


「……あなた、もしかして王都で僕と会いませんでしたか?」


 その様子を見て、フェイは訝しみながら問いを投げる。

 だがアルマンは目を細め、首を大袈裟に傾げる。


「俺がこの屋敷を離れるわけがないでしょう。それが主の命なのだからッ!」


 その回答に、一層眉間に皺を寄せる。

 ただ少なくとも、フリールの力を凌駕できるということは、つまりはアルマンの力が同等であるという証。

 この世にフリールと同等の力を持つ者がいるとすれば――


「――闇の帝級精霊か」


 実在するかどうかもわからないが、解放されたフリールの力までもが圧倒されてはもはや信じるほかあるまい。

 その呟きを拾ったアルマンがにやりと嗤った。


「あぁ、なるほど。この力に畏怖しているのですね? 無理もない、素晴らしい、素晴らしいでしょう? 我が主の力はッ!」

(我が主?)


 疑問は募るばかりだが、内包する魔力を鑑みてフェイは速攻で終わらせにいく。


「フリール、援護!」

「言われなくても……ッ」


 身を低くし、獣のように筋肉をしならせ一気に地を蹴り、間合いをつめる。

 それをよしとするほどアルマンは甘くない。

 彼がいる地面から闇が伸び、フェイに向かって襲い掛かる。

 それを後ろにいるフリールが凍て付かせる。


 闇の氷という奇妙なオブジェクトが周囲にできあがるのを視界の隅に捉えながら、フェイはアルマンと肉薄する。


「ぐっ……」

「無駄無駄無駄ムダむだむだぁっ!!」


 分家筆頭、アルマン=ボスウェルとして過ごしていたときの平静さはどこへやら。まるで狂人のように、狂いながらアルマンは黒帝剣を振る。

 同じ帝級精霊の力。二振りの剣が重なると同時に、拮抗は必然。

 アルマンの持つ黒帝剣から溢れ出る黒い魔力とフェイの持つ氷帝剣から放出される純白の魔力。

 相反する二つが衝突し、反発し、その余波として地にひびが入る。


 応酬は大気を震わせる。

 ――と、その二者に割って入るものがあった。


 いまだに生き残っていた黒い精霊だ。

 突如現れたそれはフェイの背中めがけて――とはならなかった。


「私が許すわけないでしょっ!」


 氷の槍が黒い精霊を貫く。

 一本ではない。空中に黒い精霊を囲むように展開された数十本のそれらはもはや貫くところがないと思わせるまでに全身をめった刺しにする。

 貫かれた体にある、今だ刺さった氷の槍の近く――体の中から凍て付いていく。

 それを防ぐ術などない。


 一瞬にして黒い精霊は消滅した。


 フェイはアルマンと鍔迫り合いをしながら、こっそりと【サーチサークル】を行使する。

 敵はいないか。黒い精霊はもういないか。

 そんなことを知る為ではない。

 彼がまだやり残したことをするために、なくてはならない存在がまだたしかにいるかどうかを知るために。


 薄く放射した魔力がこちらに向かってくる魔力を四つ捉える。


「フェイお兄様……ッ!」


 エリスの――フェイの妹の驚きの声が耳に届いてきて、それに口角を僅かに上げてフェイは再びアルマンに意識を集中させる。

 エリスとセシリアとブラムとアディ。四人は常人の域を脱した戦いを遠目から固唾を飲んで見守るほかなかった。


「フリール、きりがない」


 一旦、鍔迫り合いの状態を解いて、フェイは大きく後ろに跳躍する。

 直後、アルマンの頭上に巨大な氷塊が現れ、フリールが手を振り下ろすと同時にそれは彼を押しつぶさんと地面に落下した。


 衝撃は大地を震わす。――が、その氷塊の中で笑い声が木霊する。

 と同時に、突然氷塊が真っ二つに割れた。

 そこから現れたのは、言わずもがなアルマンだ。


「同じ神の力といっても、俺の力は闇。その本質は破壊にある! 五帝獣の上をいく力を前に、その力の一柱だけで勝てるわけがないだろう!」


 先ほどから口調がごちゃ混ぜなのは、きっと彼自身が自分を理解できていないのだろう。

 長きに渡りボネット家分家筆頭として生きてきたのだから。


「……知ってるよ、そんなことは。前、言われたからね。だから、僕が今あなたを圧倒するためになにをすべきかわかっていますよ」


 胸に手を当てて、柔らかな笑みを浮かべる。


「さっき彼女たちの力を好き勝手に放出したせいで……いや、したお蔭で最後の段階までいけたみたいでね。あなたと相対するのが一か月前でなくて本当によかった」


 右手で氷帝剣を握ったまま、左手で胸を触ったまま魔力を放出する。

 放出された魔力は、何倍にも膨れ上がる。

 たまらず、アルマンは後ろにさがった――というより、あまりも膨大な魔力に体が流されている。


「く……っ」


 アルマンは冷や汗をかきながら、闇の剣を空に展開し、振り下ろす。

 フェイの秘めたる力を知っているが故の焦りだった。なぜなら、その力を使うのにもう少しかかると思っていた。そして使われる前に潰す予定だったのだ。


 だが、フリールが魔力の放出に集中するフェイを守るため、空を見上げ、手をかざす。

 地面に近いところに同数の氷の剣が現れ――ちょうど真ん中で互いに相殺しあった。

 と同時に、これ以上なにもしないようにフリールはアルマンの妨害にはかる。

 今度はこちらから、アルマンの周りを覆い尽くすように氷の剣を展開。

 と同時に、彼の周囲を凍らせる。


「邪魔な……!」


 黒帝剣を振り回し、すべての攻撃をはじく――というより、喰らう。

 そのまま攻勢に出ようとして、アルマンの目は見ひらかれた。


「――――きて」


 一言。フェイは彼女たちを呼ぶ。

 中で鎖が砕け散るのを感じながら、フェイの内包する魔力はさらに増す。

 常識を逸脱した魔力量を持つフェイ。その傍らに、新たに四つの人影が顕れた。


 彼女たちが顕れた瞬間に、アルマンの命運は定まった。

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