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戦慄の魔術師と五帝獣  作者: 戸津 秋太
四章 消えない記憶
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百四十四話

 フリールがその場に到着したとき、辺りは焦土と化していた。

 荒れ狂う炎は地面をも焼き尽くし、辺りを吹き荒れる風は草木が存在することを許さない。

 空からとめどなく落とされる稲妻はその場にいる黒い精霊たちを穿ち、そこかしこで地割れが起きている。


 その膨大なエネルギーの元に、黒き魔力に包まれたフェイがいた。


「――フェイッ!」


 彼の顔には、およそ表情というものがなかった。

 呆然と、無表情のまま抱き起こしている亡骸となったアレックスを見つめていた。

 そして彼の意思とは関係なく――今の彼に意思があるのかすら不明だが――魔力は荒ぶり、その影響か内に眠っていた帝級精霊の力までもが暴走を始めている。――否、暴走している。


 幸いなことにフリールはこの世界にすでに顕現していたため、力の制御権は彼女が有してはいるが、フェイの膨大な魔力と四体の帝級精霊の力を前にしてできることは限られてくる。


「――素晴らしいッ! 素晴らしいですよッ! これほどの力だとは……すべては我が主の御心のままにッ!」


 この地獄の中でありながら喜悦を含んだ高笑いを浮かべる存在に、フリールは目を向けた。

 それは、この場にたどり着く前から感じていた一際強い力を持った個体。

 フリールはその正体を見て、表情を歪める。


「――あんたッ」


 少し離れたところでありながら、何者であるかは理解できた。

 ボネット家の屋敷から帰る最中の廊下ですれ違った男。


 ボネット家分家筆頭――アルマン=ボスウェル。


 なぜ彼が嗤っているのか。

 そんなことは理解できないし、今はそれどころではない。


 意識を再度フェイへ向ける。

 自我を失っているというよりは、忘れている様子。

 フェイの力の暴走が及ぼす範囲は徐々に広がっている。

 帝級精霊が一体いるだけでその気になれば一国を滅ぼしうる。

 そんな帝級精霊四体の力が暴走している現状、その先に待ち受けるものを想像するだけで恐ろしい。


 フリールは天に右手を掲げ、世界を支配する。

 突然冷気が辺りを覆い、次第にそれはフェイに向かって凝縮されていく。

 冷気によってフェイの力を抑え込もうという算段だ。


 だが――


「くっ」


 短く苦悶の声を漏らす。

 それもしかたのないことだ。

 いくらフリールのように完全に覚醒していないとはいえ、四対一では分が悪い。

 彼女にできるのはせいぜい被害がこれ以上増えないように力を抑え込むことだけ。

 それも、かなり厳しい。


 このままこの状態を放置すれば最悪フェイの肉体が壊れる可能性がある。

 それだけは、防がねば――


 気持ちが焦るだけで、具体的な対処法が思いつかない。

 一人で苦しみながら悩む彼女の元に、突然声が聞こえてきた。


「これは……ッ」


 振り返ると、そこには息を荒げて肩を上下させるメリアとその後ろを追ってくるアイリスとゲイソンの姿があった。

 どうやら、あのあと追いかけてきたらしい。


 フェイの状態を見て、メリアはふらりと彼の近くに歩み寄ろうとして、フリールはそれをとめる。


「ちょっと、なにしてるのっ!」


 フリールが怒鳴りつけるが、それに恐れることなくメリアは悲痛な面持ちでフェイを見る。

 そして泣きそうな声で呟いた。


「だって、フェイ様が……」


 泣きたいのはこっちだと、フリールは内心毒づいた。

 永い時間自分と契約できるに足る者と巡り合えず、ようやく巡り合えたと思えば封印され、そして覚醒(めざ)めれば途端にこうして危機的状況にある。

 彼の暴走を抑える方法が思いつかない。


 すでに、フリールは無駄だろうと思っていた。

 それはなにもフェイを見捨てるという訳ではない。

 ただ単純に、彼の魔力が黒く染まっているのを見たからそう思ったのだ。


 なぜ彼の魔力が黒く染まったのか。

 それは、彼の心情にある負の感情が反映されたから。

 純度が下がっていないにも関わらず魔力が黒くなるのは術師の心境の変化を表す。

 魔力が黒くなるほど負の感情を宿す者など数十年に一人いるかどうかなので、この事実を知る者はほぼいない。

 付け加えるならば、俗に魔族と呼ばれる者たちの血には、そういった負の感情を増幅させる働きがある。

 だからこそフェイがキャルビスト村で過ごしてからは魔力が着々と黒く染まっていったし、人類が獣人を非道に扱うのだ。



 永き時を生きているフリールはそういう風に自滅していったものを知っている。


 一度ああなってしまったら最後、元には戻れないということも。


「――ッ」


 それでもなにか手立てはないのかと。

 いっそのこと、気絶させてしまえばあるいはとも考えたが、自分だけの力で今の彼をそうできる自信がなかった。


「フェイ様、泣いてる……」

「……?」


 傍らでメリアが零した呟きにフリールは首を傾げた。

 自分から見えるフェイは涙など流していないからだ。


「私を、フェイ様のところに連れて行ってくださいッ!」


 フェイを見つめ、やがて意を決したように覚悟を宿した表情でメリアはフリールに頼む。

 あまりにも唐突で、そして理解できない彼女の頼みにフリールは困惑するしかなかった。


「ちょっと、なにを言って……」

「フェイ様を助けないと……!」

「――――」


 なにも助ける方法などないはずなのに、なぜかメリアの瞳にはどうにかしてみせるという意思が感じられた。

 メリア自身、どうこうできるとは思っていない。

 こうしている今でも周りに存在するものは圧倒的な暴力の前に消されていく。

 それを見せつけられても、メリアにはフェイを元に戻せるようなそんなよくわからない感覚があった。


 それで、フリールは決意する。

 このままなにもしないよりは、彼女に賭けてみるのも悪くないと。

 仮にその過程で彼女が命を落としたとしても、フェイと比べればその程度些末なことだ。


「――まぁ、あんたにもしものことがあるとフェイが悲しむわよね」

「え……?」

「なんでもないわよ。わかったわ、あんたのことは絶対に私が守ってあげる。だから――フェイのことを頼んだわよ」

「はいっ!」


 フリールは改めて自分の力を放出する。

 そんな彼女の後ろにメリアは続く。


「お、おい……!」

「ちょっと、メリア?」


 アイリスとゲイソンが無謀ともとれるメリアの行動に対して声を上げるが彼女の耳には届かない。

 ただフェイだけを見つめて。

 この地獄の中で一歩前に踏み出した。

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