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戦慄の魔術師と五帝獣  作者: 戸津 秋太
四章 消えない記憶

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百四十三話

「――――ッ」


 森の中を走る。

 ただあの場に向かう。他にはなにも考えない。

 そうしながら、フェイは己の行動の矛盾に気付いた。


 ――なぜ、自分はボネット家の屋敷に向かっているのか。


 決まっている。現れているであろう黒い精霊を倒し、彼らを助けるためだ。

 助ける?

 なぜ。

 きっと、彼らでは黒い精霊に勝てないだろうから。

 だからなぜ。


「――ッ!」


 歯をくいしばる。

 わかっている。自分が結論から逃げるように思考していることを。

 その結論を自分が自覚したそのとき、自分という人間を構成しているなにかが崩壊する予感。


「フェイ、助けに行くの?」


 いつの間にか横ではフリールが並走していた。

 ゲイソンたちと違い、彼女は主と契約を交わした精霊としてフェイを守る義務がある。

 例えフェイがどのような行動をしようとも、付き従うのみだ。


「…………うん」


 小さい声でそう答える。


 そう、助けに行く。

 誰よりも彼らを憎み、殺したいほど恨んでいる人間を助けに行く。

 これが矛盾。

 そして現状その矛盾の解をだすのだとすれば、それは――


(――僕に関係なく勝手に死なれることだけは、許せないだけだ)


 自分の人生を狂わせ、奪おうとした存在。

 いつかこの手で復讐せんと心の中で誓ったボネット家。

 そんな彼らが、自分に関係なく他者に殺されてなるものか。


 だから、助けに行くのだ。

 自分の手で彼らからすべてを奪うために。


「もうすぐか……」


 変わっていく森の景色を見ながらフェイは顔を上げる。わずかに木々の合間から見える空には、黒煙があがっていた。


 ◆ ◆


「こんなところにまで……!」


 もうすぐでボネット家の屋敷に辿り着くというところで、足止めを食らう。

 すなわち、黒い精霊が現れた。

 森の中、相手をせずに無視するというのも可能ではあるが、どのみちボネット家の屋敷まで追いかけられるだろう。

 ならば、倒すほかない。


「任せてッ! フェイは先に行ってなさい、ここは私がやるわ!」

「やるって……うん、わかった」


 先ほどまでの一戦で黒い精霊の倒し方に見当がついたらしい。

 フリールに一任し、フェイは先を急ぐ。

 走りながら、背後から森が凍る音を聞いて僅かに口角をあげる。


 どうやら、自分一人で仕留めきれなかったのが悔しかったらしい。


 もはやフリールの心配などせずに、ただ走る。

 ボネット家の屋敷に向かうにつれて、鼻孔を煙と――そして血の臭いがくすぐる。

 脳裏をよぎった嫌な予感を必死に抑え込みながら、フェイはようやくボネット家の屋敷まで辿り着いた。


「――ッ」


 そこには、地獄とも呼べる光景が広がっていた。


 でこぼこの地面。

 えぐり取られた屋敷の外壁。あれだけ豪奢だった屋敷はすでに半壊している。

 そして、その屋敷を取り囲む無数の黒い精霊。

 十や二十の話ではない。それ以上――。


 そしてなにより、四肢が消滅し、痛みの中朽ちていったであろうボネット家の人間。

 見知った顔がちらほらと見える。

 この侍女も、あそこで転がっている執事も、分家の人間も。

 今死んだ者も、知っている。


 だが――不思議となにも思わなかった。

 それよりも、フェイは目の前の光景を無視して人を探す。


(どこだ、どこにいる……!)


 このままやみくもに探しても意味がないと、周りで戦闘が起きている中フェイは周囲一帯に薄く魔力を放射する。

 すなわち、【系統外魔法 サーチサークル】。

 己の魔力にぶつかる、より強大な魔力を探して。


「……そこかッ!」


 目を開けて、フェイはすぐさま地を蹴る。

 周囲の喧騒を置き去りにし、森のさらに奥、目当ての者の元へと。


「――ッ」


 木々をかきわけて、索敵魔法によって捉えた者のところへ辿り着いたとき、フェイは愕然とする。

 木にもたれかかるようにして仰向けに倒れている一人の男。

 遠目からも腹部から血が溢れ出ているのがわかる。致命傷。

 そう結論付けるよりも先に、男へ向けて攻撃をしようとしていた黒い精霊を視界に捉え、フェイはその敵へ一気に詰め寄り、その勢いを活かしたまま氷帝剣を一閃。


 少しの抵抗を受けながら、両断する。


 そして、氷帝剣の剣先を地に向けながら、フェイは静かに男の元へ歩み寄る。


「――なにを、しているんですか」


 知らず漏れた呟きは、男の耳に届いたのか。

 焦点の定まらない虚ろな視線をフェイへと向ける。


 自分の肉親、ボネット家現当主たるアレックスのその姿を見て、フェイは思わず氷帝剣を握るために込めていた右手の力が抜ける。

 するりと穢れなき刀身を宿した一振りの剣は地に落ち、同時に霧散する。


 ふらりと近付き、致命傷であろう腹部の傷を見る。完全に抉れ、内臓が見える。

 例え回復魔法を使おうとも、その命を救えないことは素人目にもわかる。

 死ぬ。もうすぐ、死ぬ。

 自分を苦しめ、命まで奪おうとしたアレックスが、黒い精霊の手によって。

 それを確信すると同時に、フェイは表情を歪めながらアレックスの傍らで両ひざをつく。


「なん、で……!」


 言葉にできない感情が溢れ出す。

 体が焼けるように熱くなり、内側からなにかがせり上がってくる。

 気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い……ッ!


 目の前に横たわる男は敵のはずだ。今命を落とそうとしている彼は自分を裏切り、自分を殺そうとした人間だ。そして、自分の復讐すべき相手であるはずだ。


「死ぬな、死ぬなよッ!!」


 虚ろな瞳に果たして自分の姿は映っているのか。

 それを確かめる術はもはやない。アレックスの意識はもうこの世から消えかけている。

 だがそれでも、フェイはアレックスの体を抱き起こしながら叫ぶ。


「あんたは死んだらダメなはずだ! 一生僕に恨まれて生きて行かないといけないはずだっ! こんなところで、勝手に死ぬなんて許さない、この僕が絶対に許さない! あんたは僕に、僕の生きる理由であり続けるべきなんだっ! だから死ぬなッ!!」


 瞳からなにか熱いものが零れ落ちるのがわかる。

 赤子のように、ただフェイはアレックスの体から熱が奪われていくのを感じながら叫び続ける。


 死ぬな、死ぬな、死ぬな、死ぬなッ!


 いつの間にか、フェイは何度も、そう何度も【ハイヒール】を行使していた。

 無駄だと知りながら、それでも一縷の望みに縋るように。

 神へと懇願するように、掠れるような声で。何度も。


 お前は自分の敵として、自分が超えるべき相手として生涯を過ごさねばならないはずだ。

 こんな中途半端なところで、死んでいいわけがない。

 だから、自分は今アレックスを助けようとしているのだ。


 ――と、フェイは言い訳をしている。


 今、死にゆく男はなにを考えているのか。

 己がなんとしても守ろうとしたボネット家。そこで今まで歩んできた己の経歴を振り返っているのか。

 どうあれ、フェイの姿をもう捉えていないことだけはたしかだ。

 死の直前に見るという走馬灯。今彼は虚空にそれを見ている。


 溢れ出る涙で視界がぼやける中、フェイの脳裏に一つの記憶がよぎる。


『偉いぞ! お前は自慢の息子だ、フェイ!』

『聞いたぞフェイ。初級魔法を使えたそうじゃないかっ。よし、なにかご褒美をあげよう、なにがいい?』

『この家は俺が死んだあと、お前のものだ。当主になったらお前が家族を守るんだぞ』

『風邪をひいたんだって? どれ、父さんに任せろ。治してやる。【ハイヒール】!』


(……ぁ)


 なぜ今この記憶がよぎったのか。

 かつて、自分に父親として接してくれたアレックスの姿。

 自分を褒め、頭を撫で、優しくしてくれた今はもうない父の姿。


 もうわかっているんだ。

 自分がどうして彼を助けようとしているのか。

 今になって、こんな甘い記憶が思い出されたのか。


 でもそれを自覚したくなくて、フェイは必死に否定し続けた。

 敵として存在し続けてくれと、そう願っていると思い込んでいた。


 そんなわけがない。

 かつてどれだけ非道なことをされようとも、胸の本当に奥底には温かな記憶が封じ込められている。


 そう――、フェイはアレックスに敵として在り続けてもらうことよりも、きっと――


「死なないで、父さん……ッ!」


 裏切られ、殺されかけようとしてもまだ消えていない父親としてのアレックスの姿。

 幼少期、自分を愛してくれていたときに見せてくれた父の姿。その温かさ。

 敵である前に、復讐すべき対象である前に、自分の父親として――生き続けてほしい。


「父さん、父さん、父さん……ッ!」


 回復魔法をかけながら、フェイは彼の胸元に身を寄せる。

 そうしながら、フェイは今までの自分の行動の矛盾を苛立たしいまでに冷静に分析していた。


 恨んでいながらも、アレックスやブラム、セシリアやエリスとの関わりを完全には断ち切れなかったのは、きっと心のどこかでまだ家族として思っていたのだろう。

 再会したとき、殺そうと思わなかったのも。

 彼らと過ごしたあの数年は、彼の人生の半分を占める。

 消せるはずがない。消えるはずがない。

 どれだけ恨んでいると思おうとも、それでも消えない甘美なる記憶。


 家族として過ごしたあの時間は決して偽りなどではなかった。


 泣きじゃくりながら、フェイは乱暴に、ただそうするほかないからと【ハイヒール】をかけ続ける。

 だが、一向に傷口は閉じない。どころか開いていく。

 自分の体にアレックスの熱い血液が染みわたってくるのがわかる。


「――ッ!」


 アレックスの体から力が抜けていき、呼吸のために上下していた胸の動きも弱まっていき、フェイは思わずアレックスの顔を見る。

 すると、アレックスは柔らかく微笑みながら、小さくかすれた声を漏らす。


「フェイ……」


 自分の姿は見えていないはずだ。

 にも関わらず、アレックスは最期にそう呟いて――この世から永遠の別れを告げた。


「とうさぁぁぁああぁあぁぁあんっ!!!!!!」


 慟哭は虚しく、森を突き抜ける。嘆きの声はもはや目の前の男には届かない。


 悲しみが、嘆きが、怒りが、虚無感が――それらが最高に達した瞬間、フェイの純白の魔力が一気に黒く染まり上がる。


 瞬間、辺り一帯の木々が吹き飛んだ。

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