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戦慄の魔術師と五帝獣  作者: 戸津 秋太
四章 消えない記憶
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百四十一話

「おい、フェイ」


 敵に備え、各々配置につこうと屋敷をでると、ゲイソンがフェイに声をかけてきた。


「なに? 悪いけど、手短に」


 長話をしている余裕などない。

 フェイは素っ気なく応じる。


「前から思ってたことがあるんだが、お前って――いや、やっぱりいいや。話すと長くなる」

「そう? じゃあ、全部片づいてから改めて」

「おう、また後でな。――死ぬなよ」

「ゲイソンこそ」


 拳を軽くこづきあい、しばしの別れを告げる。

 ゲイソンたちは最初に見つけたボネット家への進行上にある術式へ。

 フェイとフリールはその反対側へ向かう。


 すでにシェリルたちの助けのおかげで領民がちらほら屋敷へと入っていっている。

 全員戸惑っているが、彼らのことはトレントに任せる。


 フェイがすべきことは、驚異の排除。それだけだ。


「――行こう」


 傍らに付き従う己の契約精霊に向けて、フェイは改めて時が来たことを告げた。


 ◆ ◆


「間に合った……ッ」


 息を落ち着かせながら、フェイは目の前の光景を見て安堵を漏らす。

 だが、それも束の間。すぐさま気を引き締める。


 先ほどと比べて紫色の光はより明るく、より激しくあたりを妖しく染め上げている。

 ただここは平野。森と違ってそこまでの恐怖は抱かない。


 術式から放出される魔力はもはや周囲に影響を及ぼしている。

 土煙はまい、草木はざわめく。


 その様子をみるだけで、いよいよもって転移魔法が発動することを理解できる。


 少しして、魔法陣が徐々に回り始め、やがて目で追えない速度で回転しだした。

 光は一層強さを増す。


「きたよ、フリールッ!」

「わかってるわよ。――さぁ、やるわよっ!」


 魔法陣から溢れ出す魔力を吹き飛ばすかのように、フェイは魔力を放出する。

 術式を構築する黒い魔力とフェイの放出する白い魔力。

 それがぶつかり合ったと同時に、この場に招かれざる客が現れた。


 ◆ ◆


 ――時同じくして。


 森の奥深くでゲイソンたちはフェイと同様に妖しげな光を放つ魔法陣の前で待ち構えていた。

 そして、魔法陣が回転し出し、同様にこの場に複数の気配が現れた。


「きたか……ッ」


 自分を奮い立たせるためにあえて不敵な笑みを浮かべて、ゲイソンは目の前の敵を見る。

 光がおさまり、相手の姿が見えたところでゲイソンたちは愕然とした。


「――え?」


 その呟きは誰のものだったのか。

 たしかなのは三人の心情を表したものだということだ。


 ――そう。現れた敵はフェイが事前に言っていたような魔族とは到底思えないものだったのだ。


 すなわち――黒い精霊。

 フェイが海底遺跡にて遭遇した未知の敵。だが、ゲイソンたちは知らない。

 だから、フェイがたった一体を前に危うく命を落としかけたことも、当然知らない。

 いや、知らないほうがよかったのかもしれない。

 なぜなら、今この場に現れた黒い精霊は、十体いるのだから。


 黒い精霊はもちろん、魔族すら見たことがないゲイソンたちにとって、目の前のこの敵が魔族なのかという疑問も湧き上がるが、考えたところで意味はない。

 敵がなんであれ、敵である以上やることは一つだけ。


 ――戦うしかない。


「っ、【エンチャントボディ】!」


 ゲイソンが身体能力を強化するのが開戦の狼煙だった。

 続いてアイリスとメリアも身体強化を施す中、黒い精霊が動き出す。

 巨人のような外見をした黒い精霊は紅い目を光らせ、ゲイソンたちに向けて手をかざす。

 そこに、黒い精霊が纏う黒い靄が集中していき、そして丸い玉となって放たれる。


「うおっ!?」

「んのっ!」

「きゃっ!」


 各々がそれぞれ悲鳴に似た声を漏らしながらなんとか地を蹴り躱す。

 地面を無様に転がりながら、先程の攻撃が着弾したところを見る。

 そこには、初めからなにもなかったように地面がえぐり取られていた。


「おい! あれは当たったらまずいぞ!」

「わかってるわよ! 私たちだと到底勝てそうにないこともねっ。だから、フェイ君の指示通りに撤退しながら戦うわよっ!」


 ゲイソンの言葉にアイリスは声を荒げながら応える。


 フェイの指示――すなわち撤退戦。

 今回ゲイソンたちがすべきことは敵の討伐などではない。

 時間稼ぎだ。

 だからこそ、ヒットアンドアウェイで戦う。

 そうすれば、村に到達する程度まで撤退する頃にはフェイが駆けつけてくれるだろう。


 ――尤も、この作戦はフェイが目の前の敵を倒せるということが前提だ。

 だがもはや、この場にいる誰一人として疑うことはない。フェイならば倒せると信じている。


 次々と放たれる黒い玉を周りにそびえ立つ木々を盾にしながらなんとか躱す。

 三人もの標的を前に、黒い精霊たちも狙いを定め切れていないのか、先程から攻撃がやけに単調だ。


 このままならいける。そう油断したのがまずかった。

 避けることに徹していたのを一転、ゲイソンは魔力を放出し、攻撃魔法を放つ。


「【ファイアーボール】!」


 こぶし大のそれは、しかし魔力が凝縮されていて見た目よりも絶大な威力が込められている。

 相手の反応も鈍い。予想外に、ゲイソンの放った火の玉は目の前の黒い精霊に直撃し――霧散した。


「うそ、だろ……!?」


 なにも攻撃を受けていないかのように、黒い精霊は紅い光を放つ瞳をゲイソンへと向ける。


「ゲイソン、さがりなさいっ!!」


 アイリスがゲイソンの名を呼ぶ。

 名前で呼ばれるのはいつぶりだったか。もしかしたら初めてなんじゃないか。

 そんなことが一瞬ゲイソンの脳裏によぎったが、体は思考を置き去りにし後ろへと駆け出す。

 背中を向けて走る。

 後ろから木々が倒れていく音が次々と鼓膜を刺激する。


「――ぁ!」


 走るゲイソンの横から苦悶の声が聞こえた。

 見ると、足元に敵の攻撃が着弾したらしく、土がごっそりと消えた地面に脚をとられたのかアイリスが地面に転がっていた。


「おい!」

「大丈夫よ、このくらい!」


 アイリスは土で汚れながら瞬時に立ち上がる。そしてすぐさま駆け出す。

 あの巨体では森の中を動き回れないのか、速度はゲイソンたちが遥かに勝っている。

 やがて、森を抜けてキャルビスト村が遠目から見えるところまできて、振り返る。

 フェイの姿が見えない以上、これ以上の後退は許されない。


 全員、空中に火の玉を展開し、来たる敵に備える。

 ――次の瞬間


 ぞわりと、背筋に寒気がはしる。

 と同時に、宙に展開していた魔法のそのすべてが消え去っていた。

 気付けば、【エンチャントボディ】も解除されている。

 まだ魔力に余裕はあるはずだ。


 ゲイソンたちは訝しみながら、再び魔力を放出しようとして、その違和感に気付いた。

 このあたりの空間が、黒く染まっているのだ。

 そして魔力を放出しようとすると、なにかに吸収されるようにごっそりとただ奪われる。


「おいおい、そんなのありかよっ!」

「でも、これ以上さがるのは無理よっ。それだとここにきた意味が……!」

「フェイ様がくるまで、耐えましょう……ッ」


 一体どうやって耐えろというのか。

 魔法が碌に使えないこの状況で。


 対策を練ろうとしたその時、森の中から数十発の黒い玉が弾幕のように放たれた。


「がはっ!」

「きゃぁっ、っぅ……!」


 それは的確にアイリスとメリアを射抜く。

 瞬時に反応し、魔力を奪われながらもさらに放出し、かろうじて展開した火の壁も突破される。

 ただ、直撃を避けただけ幸いしたか。

 二人は数メートル後方へと吹っ飛ばされる。


「おい、大丈夫かッ!」


 後ろから迫る敵へ意識を割きながら、駆け寄る。

 二人の腹部からは血が滲み出していた。


「……あんたは、先に逃げなさい」


 よろめきながら、アイリスは起き上がる。

 魔力の放出がアイリスよりも苦手なメリアは、彼女よりもダメージを負ったのか。

 意識を失っている。


「いきなりなにいってんだっ。いつもの強気なお前はどうしたよっ!」

「あんただってわかってるでしょ、私はこれ以上戦えないし、動けない。メリアを連れて、はやく……!」

「ふざけんなっ! 俺にお前を見捨てろっていうのか!」


 ゲイソンは憤りながら、アイリスの胸倉をつかむ。

 言い争っている二人へ向けて、黒い精霊は無慈悲に攻撃を放った。


「――ッ! おい、あれをやるぞ!」

「――――」


 ゲイソンの声かけで、アイリスはすべてを察する。


「「【ファイアーウォール】!!」」


 アイリスを抱き起こしながら、二人は同じ場所に火の壁を生成する。

 しばしの拮抗の後、しかし突破され――直撃する。


「ぐぁっ!!」


 ゲイソンがアイリスをかばい、背中に攻撃を受ける。熱い。ひたすらに熱い。


「あんた、どうして……!」


 どうして見捨てないのだとアイリスは非難の声を上げる。

 それに、ゲイソンは歯を食いしばり、ふらつく足でなんとか立ち上がって黒い精霊を見ながら、地面にうずくまるアイリスに叫ぶ。


「お前がどれだけ嫌な女で揚げ足ばかり取って性格の悪い最低なやつでもな、こんな場所に女を置いていくほど、俺は男をやめてねえんだよっ!」


 そうして、ゲイソンはさらに一歩前に進む。

 メリアも、自分の後ろにかばうように。


「さぁ、くるならきやがれ! 言っとくが俺は夏休みを謳歌するために試験に向けてあんだけ厳しい訓練を耐えたんだっ! その夏休みをてめえらに潰させるかよっ!!」


 啖呵を切ったゲイソンの元に、黒い玉の雨が降り注いだ――。

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