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戦慄の魔術師と五帝獣  作者: 戸津 秋太
四章 消えない記憶
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百三十九話

「……っ、フリール、まずいってなにがッ?」


 自分を襲う頭痛。それがいままでであればすぐに治まっていたにもかかわらず、今は断続的な痛みが続いている。

 その痛みを堪えながら、フェイはフリールに聞き返した。

 周りにいるゲイソンたちがフェイに心配そうに声をかけてくるが、フェイの耳には入らない。


 フリールはひとまず、苦しみ喘ぐフェイに近付く。

 そしてフェイに手をかざし、己の魔力を放出。彼の体を薄く覆う。


「――ぁ、痛みが……」


 先ほどまでの激痛が嘘のようにすっと消える。

 額に滲み出た汗を拭いながら、フェイは再びフリールを見る。


「近くに、大規模な魔法が展開されているわ。たぶん、転移魔法」

「……ッ!」

「しかも、この魔法に込められた魔力はフェイも感じている通り私たちの天敵たる存在よ。そもそも転移魔法を行えるだけの魔力をもつ存在は、フェイを除けば――魔王、ぐらいね」

「魔王――ッ」


 周りの者には聞こえない声量で二人はやり取りをする。


 魔王。

 かつて、ラナと森で暮らしていたときに現れた異形の存在。

 ラナを殺そうとし、それを助けようとしたフェイをも殺そうとした存在。

 フェイを罠にかけ、深い傷跡を残した天敵。

 そして、人類の敵である魔族を統べる王。


「そんなやつが、転移魔法で送ってくるようなものといえば……」


 最悪の可能性が脳裏をよぎる。

 転移魔法はかつての大戦において軍団の移送に使われた大魔法。

 時空を歪め、空間を点と点で結ぶ人が使える最高位たる帝級魔法。

 だがこれを発動するにはいくつかの条件がいる。

 まず大前提として、使用者が膨大な魔力を持つ必要がある。それこそ、空間を歪められるほどの膨大な魔力が。


 現代の世においてこの条件をなしえる者は、フェイとそして魔王ぐらいだろう。

 他にも使える者がいるかもしれないが、きっと使うと同時に魔力を絞り尽くし、死に絶える。


「トレントさん。みんなを連れて一旦屋敷に戻っておいていただけますか。もちろん、シェリルたちも連れて行ってください」

「かしこまりました。――しかし、フェイ様は?」

「少しすることができました。すぐに戻ります」

「お、おい、フェイッ!」

「ちょっとフェイ君!?」

「ごめん、先に帰ってて! 異論は悪いけど認めないッ!」


 フリールの手を引っ張り、駆け出すフェイ。

 その唐突すぎる行動に、ゲイソンたちはその背中を唖然と見つめるしかなかった。


 ◆ ◆


「向こうだよね?」


 身体能力を【エンチャントボディ】で強化しながら、フェイは手を引くフリールに聞く。

 走りながらだが、フリールはたしかに頷く。


「この先に気持ちの悪い魔力の淀みがあるわ。恐らく、まだ術式が展開されている状況ね」

「――ッ、あれか」


 紫色の光が地面から妖しげに溢れ出している。

 森の中のため、周りの緑までもが紫色に染まっていく錯覚を覚える。


 位置的には、ちょうどフェイの領地であるキャルビスト村からボネット家本邸への進路上か。


 目を細めて、フェイは地面に浮かび上がる魔方陣を視る。


「これ、破壊は無理そう?」

「無理ね。もう発動されているもの。……それにしても妙ね」

「妙って、なにが?」


 フリールが厳しい視線を送る。


「フェイもまだ使ったことがないからわからないと思うけど、転移魔法っていうのは一人じゃ到底成しえない魔法なの。短距離、術師がすぐ近くに転移するのであれば可能だけど、今回の場合は超長距離の転移。その場合は、転移先に印となるものが必要なのよ」

「印?」

「空間を点と点で繋ぐのが転移魔法。一つの点は術師自身。そしてその対となるもう一つの点のことよ。具体的にいうと、術師によってあらかじめ術式が埋め込まれたなにかが必要なの」

「……、いずれにせよ、近いうちにここに魔王が――」

「それはないわ」


 フェイの仮説をフリールは即座に一蹴する。


「どうして?」

「術師のみが転移するのならこれほど大きな魔法陣は必要ないもの。これほどの規模となると恐らく、配下の魔族たちがくるでしょうね。そしてそれほどの数の対象を転移させれば術師たる魔王はこの場にきても魔力が殆ど残っていないでしょうからくるだけ無駄ね」

「魔族、か。まぁ、相手が誰であろうとフリールがいる以上……」

「ええ。私がいる以上はフェイはなんら心配する必要はないわ。私が、私たちが守ってあげる」


 フリールは微笑みながらたしかな事実を述べる。

 決して誇張ではない。彼女がいる以上フェイが負けることなどあり得ない。


「まだ術式が完成するまで時間はありそうだし、ゲイソンたちに屋敷で待機しているように言っておこう。それから僕たちで現れた敵を排除。いいね」

「聞くまでもないわ。――ッ」

「フリール?」


 突然、フリールが今来た道の向こう側、ちょうどこの場所と屋敷を挟んだ反対側を睨む。


「フェイ、もう一か所……」

「え?」

「もう一か所、術式が発動しているわ。ちょうどここと正反対のところに……」

「――――」


 衝撃の事実を突きつけられて、フェイは言葉を失う。

 一か所だけであるならば、フェイとフリールの力で辛うじて、対応できる。

 だが、二か所――それも正反対のところとなると。


「あの、男……!」


 遠き地に座して、ほくそ笑んでいるであろう男を思い、フェイは歯ぎしりをたてる。

 と同時に、すぐさまフリールに告げる。


「はやく戻ろう!」


 ゲイソンたちや領民、あの場にいる者全員に逃げてもらわなければ。

 焦る気持ちをなんとか抑え込みながら、フェイとフリールは再び駆けだした。

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