百三十七話
「うぉ、でけぇ!」
フェイの屋敷までの数時間の道程を今までの休暇にしていたことなどの話題で盛り上がりながら過ごした。
そしてようやく目的地――ディルク家本邸にたどりつくと同時に、ゲイソンは車窓からフェイの屋敷を見てそんな感想を叫んだ。
貴族の世界ではむしろ狭いに分類されるフェイの屋敷だが、それでも平民であるゲイソンやアイリスからすれば圧巻と形容できるほどの大きさだ。
見れば、ゲイソンの言葉にアイリスも興奮気味に激しく頷いている。
「フェイ君って本当に貴族なのね……」
「それ、どういう意味だよアイリス」
アイリスの呟きに、フェイはため息混じりに反応する。
そんなフェイに、アイリスは目をぱちくりさせてその問い自体が意外だと言わんばかりの表情で答える。
「だって、フェイ君まったく貴族らしくないんだもん」
「……、この間それを改めて自覚した所なんだよね。傷口が広がる」
胸を押さえて苦しむ仕草を見せるフェイに、ゲイソンはにかっと笑って正面から彼の肩を掴む。
「いいじゃねぇか! 貴族らしくないってのは褒め言葉だぜ、褒め言葉」
「そうそう! 逆にフェイ君が貴族らしい人だったら私たち絶対こうして友達になれてないもの!」
「友達……か」
対面に座るゲイソンとアイリスの言葉を噛みしめるように反芻する。
その言葉の響きは、案外悪くないものだった。
◆ ◆
「お荷物はわたくしにお渡しください」
屋敷の門をくぐり、玄関の前に馬車を止め、トレントは扉を開けて中にいるゲイソンたちへそう声をかけた。
が、当人たちは「滅相もございません」と焦った風に返し、いそいそと馬車を降りる。
もっとも、メリアは例外で、トレントに荷物を預けることを断りはしたものの、別段焦ってはいなかった。
このあたりは分家であるとはいえ最高峰の貴族の家に生まれた賜物であろう。
賜物というのは、彼女からすれば皮肉かもしれないが。
ともかく、やっとのことで屋敷に着き、フェイの後を珍しいものを見るかのようにきょろきょろと視線を彷徨わせるゲイソンとアイリスが続く。
玄関の扉の前でフェイは立ち止まり、トレントが開ける。
「「「「おかえりなさいませっ!」」」」
玄関ホールで頭を下げる三人のメイドと一人の執事。
言わずもがな、アンナ、フリール、シェリル、ロビンだ。
使用人の人数も増えたせいか、貴族の屋敷らしさがここにきてさらに強調されてゲイソンたちを緊張が襲う。
が、よくよく使用人たちを見ると一つの共通点に気付く。
そう、偶然にもトレント以外の使用人は全員がフェイと同じかそれよりも幼い者なのだ。
「フェイ、お前まさか……」
「うん。なにを考えてるのかわからないけど取りあえず違うとだけは言っておくね」
ゲイソンが愕然とした面持ちで声を震わすが、フェイは即座に否定する。
「とりあえず屋敷の中を案内するけど……、アンナさん、任せていいですか? ついでにそれぞれの部屋に連れて行っておいて欲しいんですけど」
「は、はい! お任せくだしゃいっ!」
「…………」
最近おさまってきていたアンナの噛み癖。が、客人の来訪に緊張したらしく、語尾をわずかに噛んだ。
赤面しながら、アンナはゲイソンたちを二階の空き室に連れて行く。
数日、ゲイソンたちには空いている部屋に泊まってもらう。
「さて……」
全員が二階に行ったのを確認してから、フェイは手を宙に掲げる。
そして――魔力を放出した。
薄く、淡く。存在を認識するのが難しいほどに。純白の魔力は屋敷の隅々にいきわたる。
「これでよし、と」
傍らから自分を見つめてくるフリールに、フェイは視線を移す。
「くれぐれも、暴れないでね」
「フェイは私をなんだと思っているのよっ!」
心外だとフリールは睨みつける。
「とにかく、馬車の中での話だと今日から三日間泊まってもらうから。くれぐれもバレないように気は配ってね。……といっても、僕がときどき屋敷に魔力を撒いておくからフリールの体から溢れる魔力には気付かないと思うけど」
「最近は庭で馬鹿みたいに魔力を放出していたもの、その残り香で十分誤魔化せるわよ」
「まぁ、念には念をね」
ふと、なぜ自分はゲイソンたちに対してこうも必死にフリールの正体を隠蔽しようとしているのか疑問を抱いた。
ラナに隠しておくように言われたから?
アルフレドが隠すように画策してくれているから?
違う。瞬時に否定する。
耳障りのいい言い訳を並べているだけだ。
「フェイ……?」
急に黙り込んだフェイに、フリールが眉を寄せて怪訝な視線を送る。
――友達だから、知ってほしくない?
友達、友、友人、知友、同朋、朋友。
いつの間にか自分は彼らを友達と思っていたらしい。
では、友とは。隠蔽に隠蔽を重ね、隠し事を貫き通す仲を友と呼べるのか。
(……いや、友であればこそ、か)
意味のない葛藤も、意味のない罪悪感も。
今は忘れ去ればいい。
すべてが片付いてから思い出そう。
もうすぐ、すべてが終わる。
彼の直感は絶えずそうフェイに告げていた。