百三十六話
はやいもので時間はあっという間に過ぎ、夏休みも残すところあと一週間となった。
夏休み、といってもフェイの場合は領内に関する処理を行っていたり、己の力の解放――すなわち残りのすべての五帝獣の解放に向けて毎日庭でフリールとともに膨大な魔力を消費していたわけで。
つまるところ、とても休みといえるものではなかった。
それでもこの最後の週ぐらいは休めるだろう――と思っていたが……
「完全に忘れてたんだもんなぁ……」
疲れたように呟きながら、フェイは馬車内でうなだれていた。
「いいではないですか。ご学友と休みにお泊まり会を開く。実に学生らしい休日の過ごしかたですよ」
「まあ、そのとおりなんですけどね……」
ぐぅの音もでない正論にフェイはふてくされたように目を瞑る。
要するに、今フェイは精霊学校にゲイソンたちを迎えにいっているのであった。
◆ ◆
「まだ早かったみたいですね……」
夏休み中のため誰もいない精霊学校の正門前に馬車を停めると、フェイは一人で精霊学校の中へと足を進める。
私服で学校を歩くということに奇妙な感覚を抱きながらも、校舎へと通ずるレンガづくりの大きな道を突き進む。
入学当初にはピンク色の花を満開に咲かしていた道ばたの木々も、今は青々とした葉を宿している。
「まだ、半年も経っていないんだよね……」
精霊学校に入学してからあまりにも濃い毎日を過ごしたため、何年も経っているような錯覚を抱いていたが、実際はどうだ。
やっと一つの季節が終わったところだ。
その事実を認識し、軽く驚きを抱きながらフェイは道ばたのベンチへと腰を下ろした。
「フェイ様……ッ」
ボーッと青空を見上げていると、校舎の方からよく知った声が聞こえてきて、視線をそちらに向ける。
「メリアっ」
思わず上体を起こして彼女をよく見る。
当然ながら彼女も私服だった。
純白の、ひざ上までのワンピース。肩は外気にさらされて、彼女にしては露出が多いというのが最初に抱いた感想だ。
そして頭にちょこんとのせられた唾の広い白い帽子。彼女らしく、なにも凝った装飾のないシンプルなそれはよく似合っている。
ここまで白で統一された中で、風に乗せられてなびく彼女の黒髪がやけに美しく見える。
「……? どうかしましたか?」
「! いや、なんでもないよ……」
フェイの近くにきたメリアが顔をのぞき込むように近づけてきて、フェイは思わず目をそらした。
「それにしても、メリアはどうして校舎の方から?」
「はやく来てしまったので、ぶらぶらと歩いていたんです」
「そうか、僕と一緒だね」
フェイの言葉に、メリアは嬉しそうに「はい!」と満面の笑顔を咲かせる。
そうしながら、メリアはフェイの前に立ち、
「いきましょうっ!」
と、弾む声で言いながら手を差し出した。
ほぼ無意識でフェイはそれをとる。
気恥ずかしさ以上に、驚きがフェイの中で生まれていた。
彼女は自分からこんなことをしてくるような人だったかと。
言葉にすれば、そう、なにか積極的になったような……。
フェイの中で芽生えた小さな疑問は、メリアの笑顔を見ると弾け飛ぶ。
手を掴んだまま、フェイもまた優しくほほえむ。
「そうだね、行こう」
そう言って、フェイはメリアの手を引いてトレントの待つ正門へと歩き出した。
◆ ◆
「お?」
「あっ」
正門に着くと同時に、二つの声がフェイたちを出迎えた。
言わずもがな、ゲイソンとアイリスたちだ。
「いくら夏だからって、あつすぎるだろ……」
「久しぶりに会ったって言うのに、言い出すないようがそれか。まぁ変わりないようでよかった」
ゲイソンの茶化しで急に恥ずかしくなったのか、メリアは顔を真っ赤にして一瞬でフェイから手を離した。
そんなメリアの反応のあと、フェイは苦笑混じりにゲイソンと言葉を交わした。
フェイはふと、二人を見る。
ゲイソンはフェイと同じくシャツに半ズボンといういたって普通の服装だ。
一方アイリスはというとメリアとは対極に位置する服装のチョイスだ。
太ももの真ん中までしかないショートパンツに淡い青色のシャツ。
性格は服装に現れるとはよく言うが、まさにそれだ。
「? どうかした?」
「いや、アイリスはやっぱりアイリスだなぁって。その服、君らしくてよく似合っているよ」
「ちょっと、久しぶりだからっていきなり口説きに来ないでよっ」
フェイの呟きに、口調こそ照れてはいるがどこかおどけてアイリスは返す。
――と、メリアが一歩前に出て、
「は、早く行きましょうっ」
怒鳴るようにそう言って、馬車のドアを開けて乗り込もうとする。
「あちゃ~、ふざけすぎたかなぁ……」
そんなメリアを見てアイリスは頬をかく。
ともかく、ようやっとのこと一同は馬車に乗り込んだ。
目的地はディルク家領キャルビスト村。
残りの夏休みの大半をフェイの屋敷で過ごすことになる。
(それにしても、何日も僕の屋敷ですることなんてないと思うけどなぁ……)
最低限のもてなしの用意はしているが、それ以外はなにもない。
折角の休みを自分で言うのもあれだが、フェイの屋敷で過ごしていいのかと。フェイはそんなことを思う。
どうあれ、少なくとも楽しい時間を過ごせると。
この四人はそれを信じて疑わず、動き始めた馬車のその振動に身を預けながら談笑を始めた。