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戦慄の魔術師と五帝獣  作者: 戸津 秋太
四章 消えない記憶
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百三十五話

 シェリルとロビンが働き始めてから二週間が経った。

 元々要領がよかったシェリルは初日からそつなく仕事をこなしていた。

 ロビンは根の真面目さが幸いしたか、最初こそ色々なヘマをしでかしていたが、ここ数日はしっかりと仕事に取り組めているらしい。

 お蔭で屋敷の管理を任せることができて助かると、トレントがフェイに二人の評価を口にしていた。


 屋敷の管理に時間を割かなくなったトレントは、以前にも増してフェイにべったりしている。

 屋敷にいる間、フェイの指示がなければいつも彼の傍で控えているし、フェイが少しのどが渇いた素振りを見せれば飲み物をもってくる。


 そんなトレントの振る舞いにフェイはさすがに苦笑していた。


「トレントさん、時間ができたからといって僕の世話ばかりをする必要はないんですよ?」

「何をおっしゃいますか。わたくしはフェイ様の従者、主の身の回りのお世話をいついかなる時でもすることこそがわたくしの存在理由です」

「そんな、大袈裟な……」


 後輩ができたせいか。

 トレントの中でも対抗意識が芽生えたらしい。

 より執事として振る舞おうと躍起になっているのか。


 ため息を吐いて、フェイはこれ以上言うのを諦める。


「それよりよろしいのですか? あまり話せていないと思いますが」


 この二週間、フェイの方からシェリルたちに話しかけることがあまりないことを懸念して、トレントが問い掛ける。


「いいんですよ。無理に話そうとしたらかえって相手を警戒させるだけですからね。というより、向こうから話しかけてくることが多いですから。とくにシェリルは」


 もう一つの変化として、フェイはシェリルとロビンに対して呼び捨てで名を呼ぶようになった。加えて、敬語も幾分か砕けてきている。


 というのも、フェイはシェリルたちと全員で一緒に食事をとるようにしている。

 その際にそれなりに話すし、何より食事を共にするだけで互いの警戒心は和らぐものだ。


 結果として、それなりに打ち解けてきている……と、少なくともフェイはそう思う。


 ◆ ◆


 陽が落ちると夕食をとり、その後後片付けをしてからシェリルたちは屋敷を後にし、それぞれの家庭へと帰る。

 今もシェリルとロビンは共に家へと帰っているところだ。


「今日も疲れたね~」


 シェリルが歩を止めることなく伸びをし、傍らのロビンに話しかける。


「お前はすごいよな。領主様にあんなに遠慮なく話しかけれてさ」

「フェイ様はいい人だからっ。ロビンももっと話しかけたらいいのに」

「バカいうなよっ! そんなに馴れ馴れしくできるわけがないだろ!」


 シェリルの無邪気な笑顔と共に発せられた提案に、ロビンは顔を引き攣らせ、ブンブンと首を横に振る。


「え~、もったいないのに……。折角フェイ様のところで働いてるんだから、話しかけないと損だよ」

「別に、俺は領主様と親しくなりたいから使用人になったわけじゃねえから……」


 ロビンの呟きに、シェリルは首を傾げる。


「じゃぁなんで?」

「……ッ、べ、別にいいだろ、どうだって!!」


 シェリルの問いにロビンは顔を真っ赤にしてはぐらかす。

 疑問の解消しないシェリルだが、家の目の前についたのでしかたなしに話を切り上げる。


「また明日!」

「おう……」


 手をぶんぶんとふって別れを告げるシェリルに、ロビンは口を尖らせながら応じる。

 ロビンの姿が見えなくなると、ようやくシェリルは手をふるのをやめて、扉を開けて家の中へと入る。


「ただいま~!」

「お帰り、無事だったか!」


 家の中に入ると同時に、ベルークが出迎える。

 彼が口にした言葉に、シェリルは頬を膨らませる。


「もう! 一々無事だったかなんて確認しなくていいのに!」

「お、おう。すまん……」


 跳びはねるようにして中に入っていくシェリルの背中を見ながら、ベルークは声をかける。


「最近どうだ?」

「楽しいよっ」


 声を弾ませて迷いなくそう答えた愛娘の姿に、ベルークは思わず表情を綻ばせる。


「お父さんだって、フェイ様に会ってわかったでしょ? フェイ様は悪い人じゃないよっ」

「…………」


 それはわかっていると、ベルークは頷く。

 その頷きにさらに嬉しそうに笑うシェリル。


 たしかに、あの日以来ベルークの中での評価は変わった。

 少なくともフェイは悪人ではない。自分たちに害をもたらす存在ではないと。

 だから、愛娘があの領主の元にいることを許した。


 けれど、あのとき覗いた彼の闇。

 その闇が、少なくとも彼が万人を尊び平等に扱うような聖人ではないことを物語っていた。


 ◆ ◆


「――――以上が、アルマンド王国内の報告になります」

「…………」


 執事が歌うように語った報告に、男は鷹揚に頷く。


「そろそろ頃合いだな。あまり野放しにしておくと、いずれ余たちの脅威になり得る」

「報告によると、先日他の帝級精霊の力を放出することに成功したらしく、彼の者の鎖が解き放たれるのも時間の問題かと」

「ふん、ならば仕方あるまい」


 男は己の後ろを見て、にやりと喜色の悪い笑みを浮かべる。

 その笑みに呼応して、紅い光が蠢く。


「聞くところによると、あやつは堕ちかけているそうではないか」

「当人はそれほど問題視していないようです」

「愚かな……」


 言葉の意味とは反して、男は嬉しそうに嗤う。

 それから、体を今座している豪奢な椅子へと預ける。


「こやつも、そろそろ頃合いか……」


 空中に映し出される一人の少年を見て、男はそう結論付けた。


「ときに、あいつの調整はそろそろ済んだか?」

「はっ。憑依段階まで進んでおります。ご息女に置かれましては……」

「よい。余にとってあやつもただの道具よ。――世界を我が手中に収めるための、な」


 男が立ち上がると同時に、ばさりとマントが翻る。


「ことは急を要する。完全に覚醒(めざ)める前に叩かねばな。……そうだ、あわよくば、こやつも利用しよう……」


 嗤いながら、男は空中に映し出された少年を己の右手で握りつぶす。


「では、そのように……」


 執事は男の言動をすべて理解し、恭しく頭を下げる。

 その後、室内に男の高笑いが響き渡った。

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