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戦慄の魔術師と五帝獣  作者: 戸津 秋太
四章 消えない記憶
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百三十四話

 ボネット家の面会を終え、夏休みに入った今日。

 朝食を摂り終えたフェイは早速、屋敷に訪れたシェリルたちを出迎えていた。

 今日からシェリルとロビンは屋敷で使用人として働くことになる。

 現在、それぞれ執事服とメイド服に着替え中だ。


 住み込みではないが、何もしないときの待機場所として一階の空き部屋の一室が二人にあてがわれた。

 ゲイソンたちが夏休み中に泊まりにくるが、それでもまだ部屋には余裕がある。

 一階には少し小さめの部屋が残り二部屋。

 二階には広めの部屋二部屋と、一階と同じ広さの部屋が四部屋残っている。

 つまるところ、十人程度であればいつでも宿泊可能ということだ。


 アンナによって、すべての部屋が使われていなくとも整えられているのもありがたい。


「…………」


 フェイは庭でボーッと地面に座っていた。

 シェリルとロビンの世話はトレントたちに一任してある。

 しばらくの間は領主として行動することもない。


 要は、暇を持て余していたのだ。


「なに一人で黄昏ているのよ」

「別に黄昏ているわけじゃないよ。ボーッとしてただけ」

「それを黄昏ているっていうのよ」


 横に座ってきたフリールの言動に肩をすくめながら、フェイは彼女を見て一言。


「中々その恰好も板についてきたんじゃないの?」

「……喧嘩なら買うわよ」

「売ってない売ってない!!」


 顔をぶんぶんと振って、否定する。


「でも、今日からフリールも先輩になるじゃんか」

「……ッ!」


 フェイの零した呟きに、フリールは「はっ」と目を見開き、首をねじってフェイを見る。

 それから不敵な笑みを零した。


「そう! そうよね……! 私が先輩になるのよねっ」


 こぶしを作って「むんっ!」と意気込むフリールに微笑みかけながら、直後表情を一転。

 真剣な声色でぼそりと語り掛ける。


「ねぇ、フリール」

「…………」


 フェイの呟きに何の返事もしないが、わずかに彼女が笑ったのが見えてフェイは話を続ける。


「そろそろだと、思うんだよね……」

「そうね。私だけっていうのもズルいものね。私が見る限り一月もしないうちにみんなを解放することができると思うわ」

「それで、なんだけど。今日の夜、みんなの力を使おうと思うんだけど、どうかな」


 フェイの提案に、フリールは驚く。


「急にどうしたの。……まさか、昨日のことが?」

「いや、違うよ。彼らに関係なく、僕の意思で。いい加減僕も進まないとね」

「――――」


 フリールはなにかを言おうとして、口を噤む。


「フェイ様!」

「ん……?」


 後ろから声が聞こえてきて、フェイは後ろを見る。

 そこには、メイド服を着たシェリルと、執事服を着たロビンが立っていた。


 フェイの視線を受けて、シェリルはその場でくるりと一回転。

 巫女服も似合っていたが、メイド服もよく似合っている。

 愛らしいという表現が一番的確だろう。


 そしてロビンはおどおどとしながら、ちらちらフェイに視線を送っている。

 執事服の黒が彼の銀髪と相まってよく映えている。

 数年経てば間違いなく好青年となるだろう。


「よく似合っていますよ。えーっと、このあとは……」


 感想を述べてから、フェイはトレントに視線を送る。


「このあとは、わたくしが屋敷の案内をして、それから基本的な仕事の内容を叩きこんでいくことになっております」

「あぁ、じゃぁお願いします。あと、今からしばらくの間は庭に近付かないでいただけますか?」

「承知いたしました」

「しょ、承知いたしましたっ!」


 トレントの言葉に、ロビンが続く。

 見ると、シェリルも大きく頷いていた。


(この分なら任せても大丈夫そうだな……)


 よくも悪くも子供というのは純粋だ。

 新天地では特に。やるなと言われたことをやりはしないだろう。


 トレントたちが屋敷の中に戻っていくのを見ながら、フェイはわずかに魔力を放出し始めた。


 ◆ ◆


「黒いなぁ……」


 常人から見れば純白に思えるフェイの魔力。

 しかし彼自身からすれば遥かに黒ずんでいるように見える。

 顔を顰めながら、それを無視して魔力を庭全体を埋め尽くすように放出していく。


 底が見えない。限界を感じない。いくらでも放出できそうな。


 無尽蔵ともいえる魔力をさらに、さらに、さらに。


 それで準備はできた。

 不思議と、詠唱は不要に思えてくる。

 そんなものがなくても、彼女たちの力を使えるという自信が何故か今のフェイにはあった。


 あの海底遺跡の時のように。

 ただ力を望むだけでいいのだ。


「――っ」


 力を借りようとしたその瞬間、フェイはたまらず苦悶の声を漏らす。

 魔力が体の中を駆け巡り、あらぶり、己の肉体を破壊しようとする。

 これは代償。

 長きに渡り運命から逃げてきた弱者への罪の証。

 この痛みは必然。

 再び運命に足を踏み入れるのならば、身を焼き尽くす覚悟で望まねばならない。


「フェイ!」

「っ、大丈夫……」


 額には汗が滲み出す。

 滲んだ汗の量だけ、漏らした苦悶の声の数だけ、魔力が馴染んでいくのを感じる。

 脳裏に、かつての自分の力の姿が鮮明に思い浮かぶ。

 自分が遠い昔、その姿に与えた名前を一人一人呼ぶ。


「フレイヤ」


 フリールと喧嘩ばかりしていた赤髪の少女。

 その名を呼んだ瞬間に、世界が赤く染まる。

 膨大な熱量を帯びた爆炎。

 フリールが氷の結界をはっていなければ、周囲が焼け焦げるほどの炎。


「ライティア」


 フェイを兄のように接してきた黄髪の少女。

 時にはわがままで。

 バチバチと、雷撃は轟き、あたりを雷の世界へと変えていく。

 周囲を消し飛ばすほどの激しい稲妻。


「セレス」


 ライティアと特に仲の良かった茶髪の少女。

 いつも気だるそうにしていて。

 天地が創造されたときの光景のように、大地は蠢き。

 あらゆるものを原初の姿へ還してしまうような生命の脈動。


「シルフィア」


 個性豊かな帝級精霊たちのまとめ役。

 しっかり者のお姉さん。

 不可視でありながら、そこにあるものすべてをなぎ倒していく。

 万物を切り裂き、押しつぶしていく大気の咆哮。


 いつの間にかフリールが展開していた氷の結界の内部には、天地開闢時のエネルギーに匹敵するであろうほどの力が荒れ狂っていた。

 しかし、それは無秩序にではない。

 赤子が生まれたときに泣き叫ぶように。

 己の存在を主張するように、フェイへと語り掛ける厳しい音色。


「変わらないな、みんな……」


 フェイの呟きは懐かしむように。

 どれほどの時間が経とうとも、彼女たちの力は変わらない。

 変わらず、フェイの中に在る。


「このまま、フリールのように顕現は……、ッ、グァァアァァッッ!!」


 もう一段階上へ。

 力だけではなく、存在をも顕現させようとしたところで、フェイは叫ぶ。

 直後、糸の切れた人形のようにフェイはその場に倒れ伏した。

 荒れ狂っていた力も、過ぎ去った嵐のように消え去っていた。


「ちょっと、フェイ……!」


 氷の結界を解いて、フリールはフェイの元へと駆け寄る。


「……うん、フリールの言うようにもう少し時間がかかりそうだ」

「最初に言ったじゃない!」


 フェイを抱き起しながら、フリールは怒る。

 だが、フェイはそれを受けてさらに深く笑った。


「でも、無駄じゃなかった。もうすぐ、みんなも……」

「……そうね」


 数週間前までは出来なかった帝級精霊の力の解放。

 それを為した今、もうフェイのすることは決まっている。


「フリール、これから毎日……」

「わかってるわよ。結界くらいいつでも張ってあげる」


 これから毎日、彼女たちの力を放出し続けよう。

 そうすれば、そう近いうちに彼女たちの鎖を完全に断ち切れるだろう。


 来たるべきその日に向けて、フェイはさらに一歩、前進した。

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