十三話
「――失礼します」
扉を開けて学園長室の中に入る。
中は学園長室に相応しい厳かな雰囲気を、机やソファーなどの家具によって醸し出されている。
だが、部屋の奥にある重たそうな机とペアの椅子に座っているこの学校の学園長……ジェシカ=フリエルによって、その雰囲気は無に帰していた。
「あなたがフェイ=ディルク君ですか。自己紹介をしなくても知っていると思いますが、私が学園長のジェシカ=フリエルです」
「フェイ=ディルクです」
「とにかく、そこに座ってください。話はそれからです」
学園長にソファーに座るよう促されたので素直に座る。
「さて、なぜここに呼ばれたか分かりますか?」
「……昨日のことですよね?」
「ええ。ですが、それだけではありません」
「それだけ、とは?」
「まずは昨日のことから話しましょう」
「……」
「昨日の諍いによって我が校の地面に穴が開いたのは知ってますよね?」
「はい、今朝登校した際に見ました。……まさか、賠償金のようなものを支払わないといけないんですか?」
「いえ、あの程度の穴でしたら魔法ですぐに直せます」
「そうですか……」
安心しながら、一つの疑問がフェイの脳裏をよぎった。
「あの、ではどうして地面を直さずに残しておいたのですか?」
「それは、あなたが穴を見て昨日のことを思い出し、いつ呼び出されるのだろうとビクビクするのを見てみたかったからですよ」
「……僕のこの学校での研究課題に、女性とSの関係性について調べることを追加します」
「ふふふ」
おしとやかにほほ笑む学園長をジト目で見ながら、フェイは聞いた。
「あの、それでほかの件は?」
「ああ、そうでしたね。実は他の生徒からあなたがフェイ=ボネットであるという証言が多数ありまして、それについて確認を」
「……『元』ですよ」
「そうですか……」
僕の返事を聞き少し考え込む仕草をする学園長。
「あなたがボネット家を追い出され、殺されかけたという話も本当ですか?」
「本当です。……なるほど、そのことについて情報統制したのはあなたでしたか」
「ええ、あの場で無用な混乱を招きたくありませんでしたから。……大人の勝手な都合ですけどね」
「大人には見えませんけどね……」
「主に容姿が」という前に学園長が目で「それ以上言ったら……」と言ってきたのを察知して、口ごもる。
「このことは国王陛下に伝えますが、昨日の件と合わせてもボネット家には大した罰は下されないでしょう」
「ええ、分かってますよ」
ボネット家は名家、いわば国の最高戦力だ。
むやみに罰を与え反逆されるより、貸しを作った方がずっと賢い。
「とはいえ、さすがに何の沙汰も下されないのは国王陛下の権威の失墜にもつながります。恐らく、領地の一部没収で片が付くのではないかと思います」
「十分ですよ。今回は僕も挑発してしまったところがあるのも否めませんし。それに、今のままではボネット家が没落する日も近いと思いますし……」
「それは同感です。せめて当主がセシリアさんやエリスさんに変われば……」
実際ボネット家の領内では、過剰な税の徴収や過酷な労働の義務など、領民たちはひどく過酷な生活を強いられている。
「話はそれだけですか?」
「いえ、あと一つだけ」
「何ですか?」
「エレメンタルコントロール……」
「――っ!」
「精霊を一時的に支配し精霊の動きを封じる魔法。話によればあなたしか使えないとか……。どういう原理なのですか?」
「それは、教えるわけにはいきません」
「なぜ?あの場で使ったということは、魔法のことを知られてもいいということではないのですか?」
「確かに、魔法の存在について知られても構いません。ですが、魔法の使用条件などについては教えることはできません」
……それをすれば、間違いなく五帝獣を使役しているのでは?と疑われる。
「そうですか、すいませんでした。あなたが……魔術師が精霊術師を倒したという事実は、少なからず魔術師の地位向上につながるでしょう。そのことに関してはお礼しておきます」
「いえ、それでは……」
そう言って立ち上がったフェイは、学園長の机の上の本の題名を見た……否、見てしまった。
『胸を大きくする方法』『身長を高くする方法』『大人の女性とは……』
「……学園長は、十分魅力的だと思いますよ」
入学式の時の、ある貴族が発していた言葉を思い出しながら学園長に慈愛の満ちた顔でそう言い、学園長室を後にした。