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戦慄の魔術師と五帝獣  作者: 戸津 秋太
四章 消えない記憶
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百二十九話

 帰宅早々疲労が募る出来事を経て、フェイは自室に一人でいた。

 フリールは部屋を出るのを拒んだが、アンナが彼女を引っ張っていくというなんとも意外な光景があった。

 既に、メイドとしての先輩後輩の力関係ははっきりしているらしい。


(というか、フリールもメイドをするのが満更ではないんじゃないかな……)


 本当にやる気がないのであれば、アンナのいうことなど無視していいはずだ。


 なんにせよ、フェイはようやく領民――使用人希望者との面会を果たすべく、正装に着替えられるというわけだ。


 正装はフェイの部屋のクローゼットに綺麗に、そして丁寧にしまわれていた。

 しわひとつなく、綻びも一切ないそれは仕立てた者の仕事に対する丁寧さを物語っていた。


 感謝しながらそれを取り出す。

 と同時に、「大切に着ないと……」という、妙な緊張を抱いた。


 今身にまとっているのは精霊学校の制服。

 明日の終業式の後、夏服が支給されるらしい。

 それを脱いで、そして正装に身を包む。


 部屋にある全身を映せる鏡に自分の姿を現す。


 決して豪奢な飾り物も、装飾品もあるわけではない。

 シンプルに黒い上着にはボタンやポケット以外に何もない。

 が、素人目でもわかるほどに上質な素材を使われている。


 貴族特有の圧迫感はないが、それでも威圧感はある。


(……と思うんだけど)


 フェイは鏡に映る自分を見て思わず苦笑いをこぼす。

 権力者としての風格とでもいうのか。

 そういうものが自分からは全く感じられなかったのだ。


(ま、まぁ、風格は追々養っていくとして……)


 今は別にやることがあると、切り替える。

 聞くところによると、アンナと同年代の子供が二人ということらしい。

 そのうちの一人と、フェイはすでに面識がある。

 それほど気負うこともないなと思いながら、フェイはトレントたちの待つ応接室に向かう。


 今日と、そして明日を乗り切れば、夏休みだなと思い出しながら。


 ◆ ◆


「フェイ様っ!」


 応接室に向かう道中ではち合わせたアンナが声をかけてくる。


「ん、アンナさん一人だけですか」

「は、はい! おにいちゃ……トレントは」

「別に気にしませんよ」


 己の主の前でトレントをお兄ちゃんと言うのは躊躇われたのか言い直そうとするアンナ。

 それをフェイは遮る。


「あ、ありがとうございますっ。えっと、それでお兄ちゃんは今玄関の方で領民の方のお出迎えをしていますっ」

「えーっと、僕はどうしたらいいですかね?」

「お兄ちゃんの話だと、フェイ様にはもう少し待っていただいて、領民の方が屋敷の雰囲気に慣れたころに応接室に来てほしいと、言ってました!」


 噛まずに言えて、心なしか嬉しそうににぱっと笑うアンナ。

 その愛らしさに少し癒されながら、フェイは「なるほど」と心の中で頷いていた。


 村長ならまだしも、ただの領民が領主の屋敷に入ることなど普通であればまずあり得ない。

 ましてそれが子供であれば尚更だ。

 ある程度間を置いてからフェイが顔を出した方がスムーズに事は運ぶだろう。


「わかりました。えっと……じゃぁ、部屋に戻っているので、頃合いになったら呼びに来てください」

「はい!」


 弾む声を背に、フェイは今来た道を戻る。

 後ろで、何かが床にこける音が耳に入って来た。

 フェイは、あえて振り返らなかった。


 ◆ ◆


 それから数分後。

 アンナに呼ばれて応接室まで足を運んだフェイは、その扉の前で固まっていた。

 傍らで訝しむアンナに気付かず、フェイは心の中で考え込んでいた。


(――え、どうやって入ろう)


 つまるところ、そういうことだった。

 いつも通り、「失礼します」と言って入ればいい。実際、直前まではそうするつもりだった。

 しかしよくよく考えるとおかしな話だ。

 ここはフェイの屋敷。自分の屋敷の一室に入るのに、失礼しますも何もない。

 それに、領民に対して敬語を使うというのは、以前トレントにも指摘されたことがあるが、確かにいかがなものだろう。

 先ほど自室で自分の今後の課題とした、風格にもかかわってくる問題だ。


 かといって、無言で入るのも相手に悪印象を与えかねない。


 はてさてどうしたものかと顎に手を当てて考え込んでいると、唐突に扉が開かれ、外に出ようとしてきたトレントと視線が交わる。

 どうやら、さすがに遅すぎると思ったのかフェイを探しに行こうとしたらしい。


「いらしてましたか、フェイ様」

「え、ええ……」


 トレントが驚きながら漏らした言葉に、肯定の意を表しながらフェイは内心、


(――恥ずかしいっ!)


 穴があるなら入りたいと叫んでいた。


「よかったです。領民の方がいらしておりますので、どうぞ中に」

「は、はい!」


 返事をしながら、貴族の風格の欠片もないなと苦笑いをする。

 そうして、トレントと入れ違いに部屋に入ろうとしたとき、彼がフェイに向かって囁く。


「どうぞ、気張らずいつも通りになさってください。フェイ様はそれでいいのですから」

「……? それはどういう……」


 トレントの言葉に疑問の声を上げるが、彼はふっとわずかに口角を上げるだけに留まる。

 だが、確かにそうだとフェイは思う。

 無駄に取り繕ったところでそれに見合う成果が生まれない以上、何も考えず普段通りに接した方がいいだろう。

 彼がそれでいいと言ってくれたのなら尚更だ。


「失礼します」


 だから、フェイはいつも通りに振る舞う。

 扉を入った先には、己が治める領地に住まう民、三人がソファに座って待っていた。


「……え、三人?」


 フェイの呟きを拾ったのか、真ん中に座っていた中年の男がぎろりと睨みつけてきた。

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