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戦慄の魔術師と五帝獣  作者: 戸津 秋太
四章 消えない記憶
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百二十六話

「だ~、しんっど!」

「ほら、ゲイソン。試験は明日なんだから気を緩めないの」


 試験を前日に控えた放課後。

 ゲイソンは二十回ほど魔法を放ってからうな垂れた。

 勿論フェイとて鬼ではないので、魔力が尽きれば練習はやめるが、まだその時ではないとゲイソンを半眼で睨みつけながら叱咤する。


「んなこと言ったってよ……、もう十分だろ? 精度は」


 ゲイソンはそう返して、顎で土の的の方を指す。

 たしかにとフェイは一度頷く。

 今行った二十回の中で、前半と後半二回にわけると、前半は十回中七回、後半は十回中六回という結果になった。

 試験の合格基準は十回中七回ということなので、ほぼほぼ満たしているということになる。

 二日前までは魔法の凝縮すら碌にできなかったとは思えないほどの上達っぷりだ。

 とはいえ、この短期間での成長を鑑みて言えることはひとつだけ。

 ゲイソンは、やればできるのだ。やらないだけで。


 それもそうだ。

 学園での授業はすべて、年齢に応じたものを行っている。

 この魔法の試験内容だってフェイたちの年齢なら行えて普通。無理なものは余程才能がないか努力しなかったかのどちらかだ。


 そしてこの事実は、フェイにとって面白くない。


「ダメだよ。練習の時以上の結果が試験のときに出るとは限らないんだから、やれるところまでやらないと」

「……、なぁフェイ。なんか怒ってねえか?」

「別に」


 一言短く否定して、フェイはゲイソンから目を逸らした。


「あ、やっぱり怒ってやがる!」


 さすがにこれ以上はまずいと思ったのか、的に向かって手をかざすゲイソン。

 今後はこういう対応をすればいいのかと、フェイは心のメモに一筆した。


 そして数分後。


「だ~……!」

「…………」


 歴史は繰り返す。


「どうして直前だっていうのにそんなにやる気がないのか……」

「そうは言ってもよ、フェイ。この試験を合格しても何にも褒賞的なのがないんだぜ?」

「夏休みを満喫するという素晴らしい褒賞があるじゃないか」

「いや、違うぞフェイ。それは元々万人が享受すべきもの。褒賞では断じてない!」

「力説しているところ悪いけど、享受できるかどうかギリギリになったのはゲイソンの日頃の行いのせいなんだけどね」


 フェイの返しにぐぬぬと悔しがる。

 だがすぐに切り替えて、今度は偉そうに腕を組んでふんぞり返りながらいけしゃあしゃあと言い放つ。


「というわけでフェイ、俺が試験を無事合格したらなにかご褒美的なものをくれ!」

「うん、ちょっと何言ってるかわからない」


 ゲイソンの発言に対して、フェイは目の光を消して感情のない声をぶつける。

 フェイの気持ちは実技室にいるアイリスたちも同じだったらしい。

 半眼で睨みつけながら、アイリスはゲイソンに向かって冷ややかな視線を送る。


「あんた、自分が言ったことがどれほどバカなことか理解してるの?」

「う、うるせぇ! しかたねえだろ! なんか欲しいんだよっ!」


 宿敵ともいえるアイリスにぐうの音も出ない事実を突きつけられて、それを自覚しているらしいゲイソンは両手で頭を抱えて幼子のように喚き散らす。


「俺も悪いと思ってるんだよ! こんなこと言うのは筋違いだってわかってる! でもよ、魔力を使い尽くすまで魔法を使うしんどさを連日味わうのはきついんだよ。心の支えになるなにかがないと耐えられないんだって!」

「……じゃあもう夏休み補習三昧でいいんじゃないかな」

「そ、それとこれとは別だ!」


 ゲイソンの身勝手な言い分に深いため息を吐く。


 が、ゲイソンの言い分自体それほど珍しいわけではない。

 術師にとって魔力を限界まで絞り尽くすことは滅多にない。

 あるとすれば、それは有事の際に限る。


 魔法の練習で魔力を枯渇状態にすることなど常人であればあり得ないのだ。


 術師の魔法練習において、内包魔力を三割程度は残しておくのが常識であり、フェイのように十割使い切るという考え方は非常識だ。

 これは、二者の魔法にかける想いの違いが顕著に表れている。


 魔法が己の存在意義の全てであり、家族を喜ばせられる唯一の方法であり手段だと信じていたフェイ。

 片や、精霊術師を敵視し、倒そうと決意していたとしても、そこにかける決意は所詮は子供の妄想。


 魔力枯渇の苦しみに耐えられるのは二者のうちどちらかということは聞くまでもない。


「大体、フェイも少しおかしいぜ。いくら試験が近いからって、連日魔力枯渇するまで練習って……しかも、それが普通だと言いたげに平然と」

「……? 魔法の練習って、魔力が枯渇するまでするものじゃないの?」

「――――」


 首をわずかに傾げて、何を言っているのかと不思議そうにフェイは聞き返す。

 そんな反応を示したフェイに対して、ゲイソンとアイリスは口を開いて唖然とする。

 唯一違った反応を示したのは、彼と幼少期を共に過ごしてきていたメリアだけだった。


 そういう考え方のフェイと共に過ごしてきて、そして誰よりも才能がなかったメリアもまた、彼と同様の考え方を抱いていたのだ。


 ゲイソンが固まったのを見てフェイは眉を寄せながら、咳を一つついてから口を開いた。


「まぁ、ご褒美の一つくらいでやる気が出るなら……」


 そこまでする義理はないとはいえ、一度引き受けた以上ゲイソンが試験を落ちるのは何か気に食わない。


「え、マジ? マジでいいのか!?」


 まさかご褒美をくれるとは思っていなかったのか、乗り気なフェイに戸惑いを見せる。

 が、そうと決まればと、ゲイソンはんーっと顎に手を当てて考え込む。

 しばし黙考し、何かに閃いたように表情を明るくする。


「そういえば、まだ一度もフェイの屋敷? に行った事なかったよな」

「……、まさか」

「俺が試験に合格したらフェイの屋敷に泊まらせてくれよ!」

「…………」


 予想の斜め上をいくゲイソンの望みにフェイは困惑する。


(……まぁ、フリールはメイドってことになっているし、獣人たちの村をふらつくとは思えないし。屋敷に一泊くらいなら別に大丈夫かな)


 そこまで考えて、返事をしようとした瞬間、アイリスが飛びついてきた。


「ねっ! それ私もついていきたい!」

「え!?」

「わ、私も行きたいです……」

「メリアまで!?」


 思わぬ参入に戸惑うフェイを他所に、ゲイソンは「俺のご褒美だぞ」と不満そうに呟く。


 三人の勢いに押されるように、フェイは小さく返答する。


「……うん、じゃあ試験に合格したらね」

「お、おう! しゃっ、頑張るぜ!」


 一気に元気を取り戻したゲイソンが土の的へ向くのを確認してから、フェイはメリアへと視線を移した。

 じっと見つめる彼の視線に気付いたメリアは、彼のその視線の意図を察し、一気に表情を引き締める。

 二人の間で、視線のみでの会話が行われた。


 ◆ ◆


「メリア、昨日の話だけど」

「……はい」


 その後、ゲイソンとアイリスの二人と別れて、フェイとメリアは校門の前にいた。

 少し遠くには迎えに来ているトレントの姿が見える。

 その中で、フェイは向かい合うメリアに向かって小さく低い声で確かに言葉を発した。


「明後日、試験の翌日に顔を出そうと思っている。そのことを伝えてくれないかな?」

「……わかりました、フェイ様がお決めになったのであれば私からは何も。ただ――」

「? なにかあるの?」


 何かを言いたそうに語尾が小さくなっていくメリアを見てフェイは聞く。

 それに対して「いえ」と小さく否定しながら、悲痛な面持ちで呟く。


「フェイ様が、苦しまないかどうかが不安で……」

「……大丈夫だよ、メリア」


 フェイは静かにメリアの頭に手を置いて、ぽんぽんと軽く撫でながら〝いつもの笑顔〟を浮かべる。


「僕のことを心配する必要なんてメリアにないから、気にしないでほしい」


 そう答えて、それじゃぁまた明日と別れの挨拶をしてフェイはトレントの待つ方へと足を向ける。

 だから、彼は気付かなかった。

 メリアが悲しそうに、今にも泣きだしそうな表情を浮かべていることに。

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