百二十四話
「…………」
精霊学校の近くにある喫茶店にメリアを連れて入ったフェイは、注文を終えると無言で対面に座る彼女を見る。
先ほどからどうにもこちらと視線を合わせようとせず、やはり何か後ろめたいことがあるらしい。
急かすべくもない。
メニューを渡されるときに同時に置かれた冷水の入ったコップを手に取り、僅かに口に含みながらフェイは窓の外に視線を向ける。
今だ天気は芳しくない。
フェイの、いや、メリアの心情を表すように雲は空を覆っている。
「ふぅ……」
無言で俯くメリアが対面にいることで、自然に気が重たくなる。
小さくため息を吐きながらボーッと外を見ていると、いつの間にかウェイトレスが注文したモノを運んできた。
ケーキセット。紅茶と各種ケーキを一つ選べるものだ。
フェイはチョコレートケーキを、メリアはショートケーキを選んだ。
ウェイトレスがテーブルにそれらを置き終えて軽く会釈をし下がったのを確認してから、フェイは紅茶の入ったカップを口元に運ぶ。
そのまま飲むのを装ってちらりとメリアへ視線を送る。
「メリア、取りあえず話のことは後にして、食べなよ」
一向に何も口にしようとしないメリアに向かってフェイは困った風な声色でそう提案する。
「は、はい。いただきます……」
一口大にケーキをフォークで切って口に運ぶ。
それを見てわずかに笑みを顔に浮かべながらフェイも同様にケーキを食べる。
甘い。
しっとりとしたケーキの生地の食感を味わいながらフェイは頭を働かせる。
メリアが語りにくそうにしているのは、ひとえに自分のことを考えてのことだろう。
ただ、フェイ個人からすれば何も知らないことの方が怖い。
この世には知らないほうがいいものもあるという言葉があるが、無知が罪であるように、何も知らないということはそれだけで損失を生み出しかねない。
例え知らないほうがいい事実であろうとも、それを知ろうとすることから逃げてしまえば被る必要のない損失まで生み出しかねない。
そんな考え方だからこそ、フェイはメリアから話を聞きだしたいのだ。
ケーキを食べ終えて、静かに紅茶を飲む頃合いになってからここでようやくフェイは口を開く。
「――僕はね、メリア。例えこの先どんなことが起きたとしてもそこまで気にすることはないよ。だから、メリアが僕のことを思って悩んでいることがあるとしても、そんなのは全く気にする必要はない」
家族の裏切り。自分の犯した過ち。
これらに勝る出来事などそうそう起こりうるはずがない。
だから気にすることなく言いたいことを言ってくれとフェイはメリアに願う。
「……その、フェイ様にとっては迷惑だと思うのですが」
フェイの嘘偽りないといった感じの瞳に気圧されてか、か細い声で呟く。
「先日、アレックス様からフェイ様への言付けといいますか、伝えてほしいことがあると言われまして」
やはりか……と、フェイは目を伏せる。
アレックスが自分に何を言おうとしているかまでは予想できない。
だからフェイはメリアの言葉の続きを待つ。
「アレックス様の言付けをお伝えします。――フェイ様には近いうちにボネット家本邸へ顔を出してほしい……とのことです」
「……!」
目を見開く。驚きと戸惑いに表情を固まらせる。
何故今になってという戸惑いに重なるようにいくつもの疑問が湧き上がる。
だがそれよりも、眼前に心配そうに見つめてくるメリアの姿を捉えてフェイは取り繕ったような笑みをその顔に貼り付ける。
「教えてくれてありがとう。そう、だね……。少し考えておくよ。行くにしても行かないにしてもメリアに伝言を頼むと思うけど、いいかな?」
「はい、それは構いませんが、フェイ様は……いえ、なんでもありません」
フェイの事情を知っているメリアからすれば、ボネット家本邸へ足を運ぶということがどれほど彼にとって重要な決断であるかを理解している。
だからこそ彼に言うか言わざるか悩んでいた。
そして今、彼は特に気にしていない感じに振る舞っている。
だが彼女は知っている。
そういう風に振る舞う時の彼が一番気にしていることを。悩んでいるということを。
そしてそのことを言及しようとしてメリアはやめた。
彼の苦しみをわかることなどできない。
そんな自分が彼にかける言葉が見つからなかったのだ。
いつか彼の苦しみを分かち合えればいいと、そんな理想を抱きながらメリアは罰の悪さを隠すために紅茶を口に含み、カップで顔を隠した。
いつの間にか紅茶は冷めてしまい、その冷たさが今のメリアには気に障った。