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戦慄の魔術師と五帝獣  作者: 戸津 秋太
四章 消えない記憶

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百二十三話

「本日、すでに二人の方が使用人になりたいと屋敷に足を運ばれました」


 帰り道。

 トレントの操る馬車に乗って脱力するフェイ。

 そんな彼に、トレントは車外から落ち着いた声でそう声をかけた。


「二人ですか? 意外ですね。てっきり警戒して、最悪誰も使用人になりたいと言わないと思っていましたが。それで、どんな人でした?」

「偶然にも、その二人ともフェイ様のご希望通りでしたよ。一人はフェイ様も面識があるかと……」

「面識が?」


 フェイは体を起こしながら眉を寄せる。

 自分で言うのもなんだが、フェイは領民とそれほど触れ合っていない。

 面識自体はなかったはずだと、そこまで考えたところで一人の少女の姿が浮かび上がる。

 フェイの表情を車外のトレントは窺うことはできない。

 だから、トレントはフェイの疑問の声に応える。


「ええ。巫女服を着た、狐の少女です」

「――やっぱり」


 確信を得て、フェイはため息を吐く。

 確かにあの少女であれば、フェイが事前に言った条件を完全に満たしている。

 拒む理由はない。


(まぁ、純粋そうだったし都合がいいといえば都合がいいんだけど……)


 自分に苦手意識があるだけで、理想の人材ではある。


「今日のところはひとまずお引き取り頂きましたが、どうしましょう」

「あー……明日明後日は少し帰るのが遅くなるのでそれ以降で」

「では、三日後に来ていただくことにいたしましょうか?」

「お願いします」


 それだけ言って、フェイは息を吐く。

 そして目頭を押さえて、ゆっくりと背もたれに体重を預けた。


 ◆ ◆


「――おかえりなさい」

「…………」


 馬車内で眠っていたフェイは、屋敷に着くと同時にトレントに起こされた。

 意識がぼやける中、フェイは唖然と口を開いていた。


「ちょっとフェイ、何か言いなさいよ!」

「あー……っと、突然どうしたのかなって」


 玄関で、メイド服のフリルをつまみお淑やかにフェイを迎え入れるフリール。

 その所作自体はメイドらしいが、イメージとして最もメイドからかけ離れているフリールがそれをしたことにフェイは違和感を抱かざるを得なかった。


「アンナが張り切ってしまいまして……」


 傍らから、困惑するフェイに向かってトレントが囁く。

 聞けば、折角メイド服を着たのならばと一応先輩のアンナが色々と手ほどきをしたらしい。


(アンナさんがフリールに指導……か)


 その光景を想像して、思わず頬が緩む。


「何笑ってるのよ!」


 すると、そんなフェイの態度が気に食わなかったらしい。

 噛みついてくるフリールを適度に無視しながらフェイは中へと入る。


(単なる思いつきでフリールをメイドとして過ごしてもらうことにしたけど、案外悪くないかも……)


 このままメイドに必要なお淑やかさが身につけば彼女たちが覚醒(めざ)めたとしても以前のようにいがみ合うなんてことが減るのではなかろうか。


 フェイがそんなことを考えているとはいざ知らず、フリールは淑女らしからぬ態度で喚くのであった。


 ◆ ◆


 翌日。終始曇天で生徒たちの気分は重たかった。

 それは、放課後の実技室にいるゲイソンたちも例外ではなく、昨日に続く練習による疲れでさらに気落ちしていた。


 【ファイアーボール】をこぶし大にすることが出来るようになったゲイソンは、フェイの指示の元既に数十分土の的に向けて魔法を放ち続けている。


 汗を額に滲ませながら放っては調整し、放っては調整しを繰り返すゲイソンをフェイは頷きながら見つめる。


「なぁ、フェイ。今日はこれぐらいにしとこうぜ。体が重い」

「んー、今日の目標自体は達成しているから別に問題ないんだけど……」


 根を詰めればいいというものでもない。


「わかった。じゃぁ今日はもう終わりにしようか」


 そう言いながら、フェイはどうしたものかと考え込む。

 昨日と同じぐらいに遅くなると思っていたため、トレントには遅めに来るように言ってあったのだ。

 恐らくまだ迎えには来ていないだろう。

 どうにかして時間を潰さねばと帰り支度をしながら考えるフェイに、メリアが声をかけてきた。


「フェイ様、この後お時間があったりされますか……?」

「え? ……まぁ、丁度少し暇だったりするけど」


 思わず戸惑う。

 メリアは、トレントがいつも迎えに来ていることを知っているため、基本的に放課後フェイに対して時間を取らせるようなことは控えていた。

 そんな彼女がわざわざフェイに時間はあるかと聞いてきたのだ。


(そういえば、昨日も何か言いたそうにしていたな……)


 振り返ると、確かにメリアがゲイソンに付き合う必要などない。

 自分を少しでも高めていたいとメリアは言っていたが、昨日魔法の練習をする素振りは見せていなかった。

 よくよく考えると、昨日のその口実は真意ではなかったのだろう。


 ちらりと、フェイはアイリスを見る。


「っと、私たちは先に帰るわ。ほら、行くわよ!」


 フェイの視線を受けて、アイリスはゲイソンの尻を叩く。

 実技室から足早に出ていく二人を見ながらフェイは目を細める。

 アイリスがあまりにも物分かりが良すぎる。

 もしかすれば、昨日の時点でメリアからある程度の相談を受けていて、そのため彼女も実技室に残っていたのかもしれない。


(まいったな。昨日の時点で気付けばよかった)


 少しの後悔を抱きながら、他に人の居ない実技室内でメリアに向き直る。


「それで、どうしたの?」

「あ、いえ……えっと、その……」

「――――」


 言いにくそうに口ごもるメリア。

 その原因が羞恥によるものではないことは、彼女の表情を見るに容易に想像できる。

 なにか、フェイにとって害になりそうなことを話さなければならなくて、しかしそれを躊躇う彼女の仕草。


 フェイは頭を掻きながら上を見る。

 当然、実技室内のために天井が視界を覆うが、フェイはそこに別のモノを見ていた。

 つまりは、ボネット家の面々の姿。

 それを幻視しながら、フェイは大きく息を吐いてから視線をメリアへと戻し、彼女に向かって優しい声色で声をかけた。


「――メリア、何か甘いものでも食べようか」


 その言葉に彼女ははっと顔を上げて、そして無言で小さく頷いた。

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