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戦慄の魔術師と五帝獣  作者: 戸津 秋太
四章 消えない記憶
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百二十二話

「じゃぁ、やってみてよ」


 実技室の床に倒れこむこと数分後。

 腹部を押さえ、よろけながら立ち上がったゲイソンにフェイは間髪を容れずに要求した。

 何か文句でも言おうかとゲイソンは反抗的な意識を瞳に宿すが、フェイの目を見た瞬間に固まり、のどまででかかっていた言葉を飲み込んだ。

 フェイの目が、本気と書いてガチだったのだ。


 時間がない。反論など許さないと。


 そんなフェイの態度を受けて、ゲイソンは静かに己の内に潜む魔力を感じる。

 そして魔力を集中させながら、ゲイソンは先程の感覚を思い出す。


 すなわち――、フェイに押さえつけられた際強制的に圧縮された己の魔力。その時の感覚。


 それを求めて、そのときの魔力の状態を目指して、ゲイソンは魔力を練る。

 強制的にではなく、今度は自己の感覚で。


 無理やり凝縮された魔力。あれには、隙間がなかった……と思う。

 あの状態を知った後、自分の放出された魔力を感じて空白が多いなとゲイソンは思う。

 だから、その空白を消してやるように、魔力を押し付け合えば――


「【ファイアーボール】!」


 完璧に手のひら大となってそれは現れた。

 何度もそうしようと思って、しかし何故か出来なかった魔法の凝縮。

 心なしか、自分の黒い魔力に白が見えた気がする。


「で、出来たぜ!」

「よかった、初日で出来てくれて。いや、それにしてもこんなにうまくいくなんて予想外だったよ」


 本当にそうだ。

 時間がないから賭けに出ただけで、本来であれば時間をかけてゆっくりと掴んでいくべき感覚だ。

 それ以前に、すぐに習得しようとしてもできないもののはずだ。

 だからフェイ自身、それほど期待はせずに試してみたのだが、存外にうまくいったらしい。


「じゃぁ、さっそく的に当てる練習をしようか」

「え?」

「いや、何を驚いているの? 試験は的に当てれなかったら意味ないんだから。ほら、やるよ」

「ちょ、おい、フェイ……!」


 少しぐらい休憩させろというゲイソンの懇願する目を受けてもフェイは無視し、フェイ自身の魔法で土の壁、すなわち的を創り出す。

 ここから先は、正直どうなるかわからない。

 的に魔法を狙い当てるという感覚は長年の鍛錬によって身に着く。

 言葉で説明することは難しく、要は実践あるのみ。


 狙って、外れた分の誤差を計算し次狙う時はそれを埋めようと狙いを改める。

 そうやって、何度も何度も狙って、自分の狙いと実際に魔法が当たった場所との誤差の感覚を身に着けていくのだ。


 まだ時間はあると判断して、フェイは早速ゲイソンに命じる。

 そして数十分の間、ひたすらゲイソンが【ファイアーボール】を投じるという時間が続いた。


 ◆ ◆


「っ、はぁっ、――フェイ、もう無理だ。限界だっ」


 床に大の字で寝転がるゲイソンは息を荒げながらフェイを見る。

 その言葉を受けて、フェイは目を細めてゲイソンを見つめる。


(確かに、内包魔力がほぼ底をつきかけている……。そろそろ遅くなるし今日はここまでかな)


 ちらりと、ゲイソンの向こうを見る。

 土の的が置かれたところ。その周辺の床には火の玉が直撃した痕がある。

 今日の段階では、十発中二、三といったところか。

 この調子で続ければ、恐らくぎりぎり間に合うかもしれない。


「そうだね。今日はこのあたりで終わろう。ただし、明日もするからね。何せ時間がないんだから」

「おう! 任せろッ」


 親指を突き立ててゲイソンは自信満々に言い放つ。

 恐らく、彼自身今日一日の成長で自信がついたのだろう。


「っと、メリアとアイリスもお疲れ様」


 部屋の片隅に佇んでいた二人に、フェイは声をかける。


「別にいいけど、本当に間に合うの?」

「うん、まぁ、明日も今日ぐらいしっかりやったら何とかギリギリ間に合うんじゃないかな。アーロン先生は十回中七回当てることが合格条件だって言ってたけど、ある程度の温情をくれるかもしれないしね」

「温情?」


 アイリスが首を傾げる。


「アーロン先生はああ見えて優しいからね。今回の試験の内容だって、ゲイソンのことを思ってのことだろうし、短期間で成長したところを見せれば先生だって色々と考えるよ」

「なるほどね……」

「まぁ、温情に頼ったらダメだけどね」


 最後に苦笑いしながらそう付け加える。


 アーロンは時々抜けているところがあるが、根は理想の教師だとフェイは思う。

 生徒一人一人をしっかりと見て、誰かが遅れていると思えば、介入しすぎることなく、その生徒の友達にそれとなくサポートを頼む。

 それでも無理ならば、補習という機会を与える。


「フェイ様、何を笑っておられるんですか?」


 口角をわずかに上げていたフェイに、メリアが問いを投げてきた。


「いや、このEクラスに来て本当によかったなって……、そう思っただけだよ」


 アイリスたちは一瞬呆気にとられる。


「フェイ君、それ……似たようなことを前にも言っていなかった?」

「そうだったっけ。まぁ、でも本当に心からそう思うよ。何回も思えるほどに」


 思えば、フェイの世界はあの小さな森のみだった。

 それがこの学園に来てから広がり続けている。


 責任、義務、友情、禍根、恐怖、憎悪。


 あらゆる感情が、責務が毎日のように溢れ出る。

 そのことが、何故か今は心の底から嬉しかった。


 この世界にも自分の居場所はあるのだと思えるから。


 かつて――自分の居場所を奪われたことを思い出すと、一層その思いは強くなる。

 もうこの場所を失いたくないという思いが。

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