百十七話
「うん、似合ってる。違和感ないよ、フリール」
数分後、フェイは満足そうな笑みを浮かべて目の前の光景を見つめていた。
その目の前の光景とは――メイド服を着たフリールだった。
屈辱だと言わんばかりにフェイを睨みつけながらも、羞恥心からか赤面しているせいで愛らしさはあれど恐ろしさはない。
アンナの着ているメイド服でも辛うじて着ることが出来た。とはいえ、やはりきつそうなのでこの後フリール用に調整する必要はあるが。
「むぅ……」
屈辱と羞恥があるとはいえ、フェイに褒められて満更でもないのか。
身に纏うメイド服を指で摘まみながら拗ねたように口をとがらせる。
「毎日屋敷全体に僕が魔力を撒いておくから、その残り香でフリールの魔力も気にならないようになると思う。僕が屋敷にいるときは、必要以上に魔力を放出しておくし」
フリールの魔力を自分の魔力で誤魔化すとフェイは言う。
フリールにとって唯一の逃げ口であった自分の立場の説明。
それを使用人という立場として説明されれば彼女に返す言葉はない。
「…………」
ジト目でフェイを睨みながら、フリールは諦めたようにうな垂れた。
こうして、当面のフリールの扱いが決したのだった。
◆ ◆
「使用人の登用?」
キャルビスト村の広場の掲示板に突然貼り出された一枚の紙。
そこには、フェイが住むディルク家本邸に勤める使用人を求める旨が書かれていた。
今時分貼り出されたばかりだというのに、すでにその前には人だかりが出てきた。
トレントが単独で村に来たことで、その動向を注視する者が多くいたからだ。
そしてそこで発表されたのは前代未聞という言葉が似合うに相応しいことだった。
獣人を傍に置くなんてことは今まで聞いたことがない。
一体何を考えているのか。
確かにフェイのお蔭で今のところ生活に困窮することはなくなったとはいえ、それで信頼できるかと言えばまた別の話だ。
簡単には信頼できないほどのことを今までされてきたのだから。
――そんな風に疑心暗鬼になる大人たちに囲まれながら、いつものように巫女服に身を包んでいた狐耳が特徴的な少女、シェリルは表情を明るくしながら掲示板を見つめていた。
そのまま、人だかりを潜り抜けて、足早に帰路へとつく。足取りは軽く、すぐにシェリルは自分の家の前に着いた。
そして、そのまま玄関の扉を開けた瞬間、家の中へ向けて言い放った。
「お父さん! 私メイドさんになる!」
「――いきなり何を言ってるんだ、シェリル」
娘の声に反応して、家の奥からシェリルの父であるベルークが出てきた。
愛しの娘の可愛らしい発言にその顔をゆるゆるに緩ませ、苦笑しているベルーク。
きっと、将来はお嫁さんになる! といった感じの発言だと受け取っているのだろう。
最も、シェリルがお嫁さんになる発言をした瞬間、ベルークはショックを受けるであろうが。
家の外、ドアを開けたままの状態で、ベルークはシェリルの頭を撫でる。
シェリルは気持ちよさそうにしながら、フサフサの尻尾を揺らす。
そのまま、ベルークはシェリルを家の中に入れようとして、彼女の次の言葉で石のように固まった。
「あのね、今フェイ様のお屋敷でメイドさんを募集してるらしいの!」
「――――」
絶句した。
確かに客観的に見て、新しいあの小さい領主は何も悪いことをしていない。
だからこそ、薄気味悪いのだ。
何を企んでいるのかが全くわからない。
獣人に対して優しくしてくる人類などいない。仮にいたとしても、その裏で何かを企んだうえでの打算的なものの筈だ。
そんな新領主が、屋敷の使用人を募集なんてのは考えられない。
「……シェリル、それは本当か」
「うん! 広場の掲示板に!」
興奮しているシェリルは父親の声が低くなったのに気付かない。
娘の返答に、ベルークは家を出ながら娘に言う。
「見に行ってくる」
「一緒に行く!」
ベルークは急ぎ足で娘の言った広場へと走る。その後を少し遅れながらもシェリルが追った。
到着すると同時に、ベルークは鋭い眼差しを掲示板に張り付けられている紙へと向ける。
「ねっ! 募集してるでしょ!」
「……年齢制限も特になし。ただし、希望者は屋敷に来て、新領主の審査を受ける……か」
まずそもそもからして、年齢制限がないのが解せない。
真に使用人を欲するのならば、少なくとも成人している者を募集するはずだ。
にも拘らず、実際は年齢制限がない。
「…………」
顔を顰めながらベルークは考える。
考える、といっても、シェリルがメイドになることにどう対応するかを悩んでいるわけではない。
ただ単に、この新たな領主の思惑を考えていたのだ。
シェリルに対する答えは決まっている。
「ね! いいでしょ!」
「ダメだ」
満面の笑顔を浮かべながら父親に聞いたシェリルだが、その返答を聞いて驚愕に表情を染める。
「どうして……?」
「どうしてもなにも、危ないだろう。そもそも、何故シェリルはメイドをやりたいんだ」
「別にメイドをやりたいわけじゃないのっ。ただ、フェイ様には助けてもらったから、お手伝いをしたいだけ……!」
父親の反対に、シェリルは子供らしくむきになったように返す。
「それに、フェイ様は危なくないもん!」
「シェリルは一体あの領主の何を知っているんだ! たった一度、二度会った程度で知った風な口を利くんじゃない!」
ベルークは思わず、怒鳴る。
しまったと思った時には、既に遅かった。
「――お父さんの方こそ、知った風な口を利いてる! もう大ッ嫌い!!」
そう言い残して、シェリルは走り出した。
そんな娘の背中を見ながら、ベルークはやれやれとため息を吐いて、その後を追った。