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戦慄の魔術師と五帝獣  作者: 戸津 秋太
四章 消えない記憶
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百十五話

 フリールとの会話を挟んで再び魔法の鍛錬に勤しむ。

 その後トレントの用意した朝食を摂ってから、さらに数時間庭でフェイは体を動かした。

 そうしているとあっという間に午前中は過ぎ、今は太陽が丁度真上にある時間だ。


 視界の隅に拙いながらも懸命にメイドとしての勤めを果たしているアンナをおさめながら、フェイは目の前に置かれる食事を口に運ぶ。

 食堂。

 他の貴族のように、フェイが使っているのが細長いテーブルではないのは、ただ単純に食事をとる人が少なく、細長いのでは落ち着かないと彼が言ったからだ。

 事実、十分に広い食堂の中央に置かれているテーブルの前に腰掛けているのはフェイとフリールの二人だけ。

 トレントは脇に控えてフェイの世話をしている。


「フリールは今からどうする?」


 朝の一件。つまりは彼女が獣人と触れ合うのが苦手であると聞いた以上、午後の工程に彼女がついてくるとは思えず、フェイは強めにナイフとフォークを握りながら聞いた。


「私はいかないわよ」


 予想通り。

 フリールは目を伏せたまま、皿上のハムをくるみ、フォークで口を運びながらぼそりと一言呟いた。

 短いながらもその声には確固たる意志が介在しているような気がして、フェイは眉を寄せた。


(今後のことを考えると、フリールが獣人の人たちと馴染んでくれないと困るんだよなぁ……)


 今日の村の視察の状況によって今すぐとりかかるかどうかはわからないが、フェイの脳裏には一つの策がある。

 策と言えるかどうかは別にして、ともかくそれを行うためにはフリールが獣人の人と仲良くできないとなにかと障害になるのだ。


(そういえば、あれをすると考えるときちんと村の中でのフリールの立場も決めておかないといけないな)


 現状、フリールのことはまだキャルビスト村の殆どの人が認識していない。

 しかし、フェイの考えていることが実現すれば間違いなくその存在に気付かれる。

 そうなったときに彼女のことをどう説明するか、フェイは少し困ったように首を傾けた。


 とはいえ、ひとまずは腹ごしらえだ。

 目の前に皿に盛られたハムと野菜。それらを一緒に巻いて、フェイは口へと運んだ。


 ◆ ◆


「じゃぁ、行きましょうか」


 食事を終えて、フェイは玄関に着くと同時に振り返り、後ろについてきていたトレントにそう言った。

 アンナはいつも通り屋敷に残ってもらう。彼女が村に出てきても正直何もできないからだ。

 願わくば、留守の間にフリールといざこざを起こさないでほしいが。


 フリール自身が村の中を歩き回ることを嫌がっているというのもあって、彼女も留守番。

 特に何か企んでいる様子もないので、フェイはそれを許可する。


 そもそも、精霊と術師が離れることなどあってはならないことだが。


 自由奔放。なににも束縛されないのが帝級精霊の在り方であると言ってしまえばそれまでなのだが。

 フェイがフリールの単独行動を許すのは、彼女を信頼してのことでもある。

 いつどこにいようが、自分が呼べば彼女は来てくれる。

 何より、フリールが駆け付けるまでの間自分の力――魔法である程度の危機は耐えられるという自信もあった。


 ともかく、そういった感じで何週間ぶりかの領内の見学が始まった。


 トレントはフェイと同じ速度で横を歩く。

 落ち着いた物腰の自分の従者の姿をみて、フェイは思わず頼もしいと思う。


「…………、まぁ、そうそうすぐに変化はないですよね」


 村を歩いて数分、フェイは少し残念そうにそう言葉を漏らした。


 以前、領地の方策を領主に伝えた時の村の様子と今とではそれほど大きな違いはない。

 たったの数週間で劇的に状況が改善されていると思っていたわけではない。

 だがこうして実際目にすると、思わずにはいられない。

 内政は本当に難しい。時間のかかる、根気のいることなのだと。


 と、そこでトレントが異を唱える。


「フェイ様。確かに大きな変化はございませんが、些細な変化ならばあります。何か気付きませんか?」

「……?」


 トレントの言葉に誘われるように、フェイは再び村の様子を見る。

 ちらちらと、家の陰から、中から、村民たちがこちらを窺っているのだ。


「……あ、以前と比べて村の人が」

「そうです」


 フェイの言葉にトレントは頷く。


 前回までは、フェイが村の中を歩こうものなら村民の誰もが家に逃げ隠れていた。

 しかし今はどうだろうか。

 こうして、まだ警戒心はあるとはいえ姿を見せてくれている。


「やっぱり、金銭問題は一番信頼関係を築きやすいですね。特に、余裕がない人ほど」

「…………」


 フェイの呟きに、トレントは僅かな笑みをもって返す。

 主の思惑が多少なりともうまくいったことに、思わず頬が緩んだのだ。

 そう。あれほどこの村に対する甘い方策を突き出したのには、単純に餓死者を減らすこともそうだが、村民の信頼関係を得ることが何よりの目的だ。

 村民の中には、人間が獣人に優しくするわけがない。きっと何か裏があると勘付いているものもいたが、そんなものはいざ暮らしが楽になってしまえば関係ない。


 フェイとしては、味方に刺されるようなことだけは避けたい。

 後顧の憂いなく、万全の状態で敵と対峙するためにも、味方が裏切らない、それだけの信頼関係にありたいと思っている。

 独裁者が民衆に殺されるなんてことがよくあるが、フェイからすればそんなのは愚の骨頂だ。

 どうしてそんな愚かな統治をするのか、考えてもわからない。


 ――ともかく。


 村の状態はある程度確認できた。


 可もなく、不可もなく。

 ひとまず悪い方向へは傾いていないと。

 フェイはそう判断して、トレントと共に帰路へとついた。

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