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戦慄の魔術師と五帝獣  作者: 戸津 秋太
四章 消えない記憶
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百十一話

「フェイ」

「ん……?」


 決闘を終えて、再び部屋での待機を命じられたフェイは、フリールと二人で備え付けの椅子に腰掛けていた。

 暫く無言であったが、唐突に対面に座るフリールがフェイに声をかけてくる。


 呼ばれたフェイはフリールを見るが、彼女は一向に用件を口にしない。

 ただ、何かを期待するように満面の笑みだけを刻んでいた。


「な、なに?」


 フェイはフリールに再度問う。

 すると、少しむっと頬を膨らませながら、すぐに得意気な表情を浮かべて口を開いた。


「私、ちゃんと手加減したでしょ?」

「あー……うん。確かに相手を凍らせることはなかったね。ありがとう」


 それだけ言って、フェイはフリールに向けていた視線を逸らす。

 そして沈黙は再び訪れる。

 フェイは無言で、トレントの淹れた茶と焼き菓子を口に運び、王の間に再び呼ばれるその時を待つ。

 ふと、猛烈な殺気を前方から感じ、フェイは再度フリールに視線を向ける。


「えっと……?」


 何やら不満そうにこちらを睨んでくるフリールに、フェイははてと首を傾げる。

 その仕草を見て、さらにフリールは視線を厳しいものにする。


「フリール、僕何かしたかな?」


 考えても心当たりが全く浮かばず、フェイは恐る恐るフリールに話しかける。

 拗ねた子供のように、彼女はそっぽを向いてぼそりと呟く。


「私、頑張ったじゃない……」

「え、うん」

「頑張ったわよね」


 言われて、フェイは確かにと頷く。


 強大な力を持つものが力を加減する。

 それはつまり、大人が子供と喧嘩するとき、子供を怪我させないように戦うようなもので。

 要するに、手加減する側は非常に疲れるし、苛立ちもするのだ。


 容易く倒すことが出来るのに、傷つけてはいけない。でも相手はこちらを倒す気で本気を出してくる。


 考えれば考えるほどに、自分がフリールに課したモノが難解なものであったと理解する。


 そう理解すると同時に、申し訳なさが湧き上がって来た。


「確かに、フリールはよくやってくれたと思う。今日の決闘は文句なしだった」

「でしょ! ならほら、フェイは私にしないといけないことがあると思うの!」

「しないといけないこと……?」


 言われて、フェイは眉を顰める。

 はてさて。

 考えるが、答えが見つからない。

 やがて観念して、フェイは両手を上げて首を振る。


「降参。それで、僕がしないといけないことって何?」

「むぅ……。頑張った者にはご褒美を与えるのが頑張らせた者の責任でしょ!」

「何その責任。初めて聞いたんだけど」


 それは別としても。


(フリールがやけに子供っぽいなぁ。昔はここまでではなかったはずなんだけど……)


 今は子供のように拗ねて、子供のような要求までしてくる。

 昔と今を比べると、昔のイメージが一気に瓦解していく。


 この数年で何があったのかと、フェイは僅かな興味が湧いてきた。

 だがそれよりもまず。


「で、ご褒美って?」

「――! そ、そう、ご褒美よっ!」


 フェイの言葉に、フリールはパァッと明るい笑顔を浮かべる。


「私の些細な願いを叶えてほしいの」

「些細な願い?」


 人類に知らないものはいない、帝級精霊。

 その帝級精霊の些細な願いとは果たして。


(世界のすべてを寄こせ的な奴かな。私のために世界を獲れ! ……とか)


 フェイが何とも物騒な考え事をしていると、そんな彼に訝しみながらもフリールは己の願いを口にする。


「私と街を歩きましょう!」

「……へ?」


 フェイは思わず気の抜けた声を漏らす。


「だから、私と街を回るの!」

「そ、そんなのでいいの?」

「そんなのって、フェイ……あんた、何を考えていたの」

「いや、てっきり世界統一的な感じかなって」

「……。あんたが望むなら、別に世界くらい獲って見せるわよ?」

「いや、間に合ってます。世界なんていらないです、ホントに」


 ジト目でフェイを睨みながら、フリールは冗談に聞こえない声色でそう口にした。

 実際、冗談では済まされない。帝級精霊が本気になれば、人の住む世界の大半を手中に収めることが出来るやも知れない。

 だから、フェイは頬を引くつかせる。


「それにしても、僕と二人で街を回るって、本当にそれでいいの?」

「それがいいのよ! 何年もフェイの中にいて、こうして外に出て街を歩くなんてもう昔にした以来なのよ?」

「そうか……」


 自分は精霊学校に入ってからは特に街を歩いたりする頻度が増えたが、彼女は違う。

 フリールは何年もフェイの中で鎖に縛られていたのだ。

 そう思うと胸が苦しくなる。

 自分の中で鎖に縛られているフリールを想像するだけで、申し訳なさと自分に対するやるせなさの両方が湧き上がる。


「私は気にしてないわよ。たぶん、他のみんなも。私たちは精霊。人とは時間の流れが違うわ。だから、たった数年くらいあんたにあげるわよ」


 フェイの表情を見て、考えていることが分かったのかフリールは自分の思いをそのまま口にする。

 この言葉に嘘偽りはない。

 永い時間、契約者の居ない時を過ごしたのだ。

 自分が従うと決めたフェイ。彼に使う数年など、全く惜しくもない。


「フリール、ありがとう……」


 フェイは心からの感謝を声に出す。

 自分の味方など誰もいないと思っていた。唯一、ラナだけが救いであった頃の自分を救ってくれた彼女たち。そして今も彼女は変わらず微笑んでくれる。支えになってくれる。

 だが――それでもフェイにはあの運命の日の絶望が、嘆きが、心のしこりとなって胸を刺す。

 他人を信じれば信じるほどに、フェイの胸には痛みが増していく。


「じゃぁ、時間が出来たら二人で遊びに行こうか」

「デートということになるわね!」

「デート……か。そういえば久しぶりだなぁ、デート」

「……。フェイ、今なんて?」

「いや、だから、久しぶりだなぁって」


 フェイの一語を拾ったフリールが、満面の笑みを一転、冷たいものへと変える。


「わ、私が眠っている間にフェイは女の子とイチャイチャしていたのね!」

「ち、ちが! イ、イチャイチャなんてしてないって!」

「問答無用よっ! 他のみんなが目を覚ましたら、一緒にフェイを断罪してやるわっ!」

「断罪!? 何その物騒な響き!!」


 テーブル越しから手を頭にめがけて振り下ろしてきたフリールのソレを避けながら、フェイは叫ぶ。


 かつて、ラナの家で一緒に暮らしていたときのように、二人ははしゃぎ合う。


 楽しい時を過ごせば過ごすほどに、フェイには無自覚に、恐怖という刃は彼の心を刺していた。

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