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戦慄の魔術師と五帝獣  作者: 戸津 秋太
四章 消えない記憶
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百十話

 解放された魔力は空間を幼子のように泣き喚きながら走り回り、やがて収束していく。

 純白の魔力を全身に纏うのはフェイ。彼は横に立つフリールの手を取ると、自身の魔力を流し込む。


「……んっ」


 雪のように白かったフリールの頬が、わずかに紅潮し、小さな口からは艶やかな声が僅かに漏れる。

 いつぶりだろうか。自分の中が彼の魔力で満たされていくのは。


 接触していなくとも術師と精霊は魔力で繋がっている。したがって、直に触れずとも精霊は己の力を振るうことが出来る。

 だが、こうして触れ合うことで、さらなる魔力の上乗せをすることが出来る。


 帝級精霊であるフリールの体にある魔力の貯蔵庫。本来、常人であれば無尽蔵とも思える貯蔵量を誇るそれは、今や満杯になっていた。

 むしろ、フェイの魔力が勝り、フリールの体から僅かに滲み出る。


 白き少女の体から滲みだす純白の魔力。

 彼女の周囲を白く染めていき、その光景に宮廷術師たちはしばし我を忘れて見惚れていた。


 だが、次の瞬間――フェイの鋭い視線を受けて、彼女たちはハッとすると同時に己の内に秘めたる力を解放する。


 すなわち、精霊の召喚。


 炎。水。雷。土。風。

 五人はそれぞれ違う属性の精霊をこの場に顕現させる。

 レイラの契約していた精霊と同じ――子ライオンの見た目をした上級精霊。

 上級精霊の中でも比較的制御が効きやすい獣型の精霊であるために、好んで使役される。

 上級精霊・チルオン。


 レイラのサンダーチルオンもまた十分な力を抱いていたが、宮廷術師のソレは確かな練度の性現れていた。

 つまり、魔力の量も質も、精霊との繋がりも。全てに置いて研鑽の結果として段違いに上手である。


「フリール」

「……分かってるわよ。折角フェイから魔力を貰えたっていうのに、久しぶりの相手が手加減しないといけないなんて理不尽過ぎるわよ。魔獣とか来てくれないかしら」

「物騒なことを……!」


 フェイの魔力、そしてフリールの放つ強者の雰囲気に気圧され、表情を険しくしている宮廷術師たちとは違い、二人は余裕を見せている。いや、フリールの言葉を聞いてフェイには若干余裕がないが。


「【サンダーストーム】!」


 雷の上級精霊・サンダーチルオンを使役している宮廷術師が仕掛ける。

 精霊が体に纏っていた電撃は増幅し、そして解き放たれる。

 不規則な軌道を描きながら、決闘場の地面を削るようにして嵐と化した雷撃のその全てがフェイたちに向かう。

 他の四人と言うと、フェイたちの四方八方に回り込み、逃げ道を塞ぎにかかっている。

 同時に精霊魔法を行使しないのは、打ち消し合うことを恐れたからだろう。


「攻撃を防ぐだけなら良いって言ったわよね?」

「うん。消して」


 フェイの言葉に、フリールは満足そうな笑みを浮かべる。

 そして雷の嵐に向けて右手をかざし――フェイから供給される魔力を放出しながらただ命じる。


「凍れ!」


 その瞬間に、雷の音が止む。空間は凍てつき、嵐が〝凍る〟。


 嵐の氷の壁は天井まで届き、一本の氷の柱が出来上がる。

 その間刹那にも満たない。


 宮廷術師は思わず息を呑む。

 彼女の精霊魔法の威力が絶大だったからではない。彼女が精霊魔法をまだ行使していないからである。


 氷帝獣であるフリールは、そこに存在するだけで周囲の空間を掌握できる。

 故に、精霊魔法程度であれば意思一つで凍らせることが出来る。

 つまりは、アレックスとの決闘で使った精霊魔法、【フリージングワールド】を常時発動しているようなものだ。


「…………」


 ここで、フェイは一度外を窺う。

 今回の決闘は別に勝利が目的ではない。フリールが帝級精霊であることの証明。つまりは力を見せることにある。

 今のでその条件を満たせているのか。

 だが、場内には何の声も響いてこない。


(何か精霊魔法を見せろという事か)


 見たこともないものを見せても意味はないと思っていたが、アルフレドたちはそう思っていはいないらしい。

 ならば、帝級精霊魔法を使うしかないだろう。


「フリール。帝剣を使うよ」

「わざわざ私に言う必要なんてないわ。それはもうあんたのものなんだから」


 フェイは小さく頷く。


『――我は汝と契約せし者 汝の力すべての行使を認められ、委ねられし者』


 フェイが詠唱を紡ぎ始めた途端、宮廷術師は目の色を変えて一斉に精霊魔法を発動し始める。

 日々己を鍛え、その先の夢――帝級精霊との契約をその胸に宿し続けてきた彼女たちはそれ故に今の詠唱を知っている。

 帝級精霊魔法の詠唱であると。


 四方から放たれた様々な属性の嵐。

 だが、今までのようにフェイが身体強化によって、あるいは魔法を発動することによって避ける必要などない。


「私の目の黒いうちはフェイに攻撃を届かせること何てあり得ないわ!」


 フリールの声が耳に届いてくる。

 瞬間、自分に襲い掛かってきていたあらゆる精霊魔法が凍っていた。


『我は傲慢にして不遜 その力を以て、我に降りかかるあらゆる厄災を祓う者なり!』


 中心で、体から力を抜いて詠唱を続けるフェイ。

 戦いの場でありながら、今までとは段違いに余裕がある。

 彼女がいる限り、大丈夫だという安心感が胸には確かにあった。


『我は水の執行者 与えられるは氷雪の剣』


 させまいと。

 宮廷術師たちは身体強化を施しながら地を蹴った。

 遠距離が効かないのならば、接近するしかない。


 それを見て、フリールは困ったように眉を顰める。

 彼女たちを凍らせるのは容易いとはいえ、それをするなとフェイから厳命されている。


「全く、やりにくい……!」


 僅かな苛立ちを抱きながら、フリールは地面に手を置く。

 その瞬間、地が凍て付き、そしてフェイとフリールを覆うように床から氷の壁が生えるようにそびえ立つ。


 この中に足を踏み入れることなど許されない。


 フェイはそれを見て、更に詠唱を続ける。

 悠々と、魔力を籠めていく。


『触れるもの全ては氷へと転じ、あらゆる氷を統べる帝剣よ 今此処に、我はそれを求めん!!』


 詠唱が終わり、フェイの目の前の空間が裂け、氷のかけらが溢れ出る。

 そこにフェイは右腕を突っ込み、その剣を呼ぶ。


「【アイスソード】!」


 即ち、帝級精霊魔法。帝剣。

 透明で、青く、そして穢れなき一本の剣。

 フェイはそれを力強く握ると、周りを覆う氷の壁に一閃。

 次の瞬間には、それらは瓦解していた。

 降りしきる氷。その中央で、帝級精霊に護られながら完璧なまでに美しい剣を握る黒髪の少年。

 その黒い髪は白の中で一層存在を主張する。


 思わず対峙している宮廷術師は幻視した。

 まるで、孤高の王の様だと。


「――ッ」


 フェイは帝剣を天へと掲げる。

 すると、その周囲には氷柱が何本も現出していく。

 天井を埋め尽くす氷柱。

 もはや、人にこれを避ける術などない。

 氷柱の雨。

 精霊魔法は凍らされる。

 勝ち目がないのはわかっていた。


 しかし、ここまで何もできないとは。


 宮廷術師は己の弱さを自覚する。

 知らない間につまらぬプライドがあったらしい。そこらの術師よりできるという無価値な誇り。自負。

 それらが打ち砕かれて、彼女たちは改めて心に刻む。

 今日という日を。一人の偉大な精霊術師の姿を。


 そして改めて思うのだ。

 もっと、さらにもっと。自分を高めようと。


『そこまで!』


 宮廷術師たちから戦う気力が消失したのを確認してか、それとも氷帝獣の力を確認してか。

 決闘の終わりを告げる声が響く。

 フェイは空中に展開していた氷柱を破壊する。

 キラキラと光りながら、氷の粒は地へと降ってくる。


 幻想的なその光景が、決闘の終わりを飾った。

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