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戦慄の魔術師と五帝獣  作者: 戸津 秋太
四章 消えない記憶
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百九話

「……いい? 絶対やりすぎないでよ。フリとかじゃないから」


 以前アレックスと決闘を行った部屋。

 天井、壁、床。それら全面が魔法に耐性のある特殊な素材でできている決闘場の中央に立ちながら、フェイは再度傍らにいるフリールに念を押した。


「わかってるわよ。私だってこんなことに全力を出す気なんてないわよ」

「だ、だよね」

「――ただ、立場もわきまえずに刃向ってくる悪い子には……ね?」

「いや、ね? ……って言われても」


 宮廷術師は殆どが精霊術師で構成されている。

 アルマンド王国でも上位に位置する精霊術師のみがなれる宮廷術師。

 その練度は疑いようがなく、その力は諸外国でも脅威とされているほどだ。

 だが、そうはいっても帝級精霊であるフリールに勝る精霊と契約している術師などいない。

 つまり今回の決闘で宮廷術師の使役している精霊は、最高位である帝級精霊に立ち向かわなければならないのだ。


(……まぁ、供給する魔力を抑えればある程度の加減は出来るかな)


 事実、例え何人の精霊術師が襲ってきたところで、一瞬で片づけることが出来る。

 フェイたちに敵対するあらゆるモノを、その世界ごと凍らせる。

 すなわち、あのとき海底遺跡で行ったことと同じことをすればいい。


 だがそれは、相手が完全に敵であるのが条件だ。

 仮に今回使えば、宮廷術師の精霊は今後再起不能になる。もしくは、活動できるまでにかなりの時間を要するだろう。


 現状、マレット領の海は未だ凍て付いたままだ。

 下手をすれば、今いる王城までもが海と同じ末路を辿ってしまう。


 アルフレドは決して口にはしなかったが、彼がそこまでの力を求めているわけではないことをフェイは理解している。

 ただ最強たるその力の一端を見せさえすればいいのだ。


「フリール。凍らせるのは禁止」

「へ!? ……ちょっと、フェイ! 氷の帝級精霊である私から凍らせることを禁止したら、何が残るっていうのよ!!」


 フェイの言葉に、何を言っているんだとフリールが頬を膨らませながら噛みつく。


「い、いや、そう言う意味じゃなくて、空間を凍らせるのはなしってことっ。あくまで放たれた魔法とかそういうのを防ぐことに徹してね」

「えー……」

「不満そうにされると僕が不安になってくるんだけど」


 最後にもう一度だけ念を押していると、決闘場の外からガヤガヤと声が聞こえ始めてそちらを振り返る。

 黄色がかった白のローブを纏った人影――宮廷術師たちが、表情を硬くしながら場内に入って来た。

 フェイと、その横にいるフリールを視界に入れたと同時に、彼女たちは表情を明るくする。


 フェイといえば、数年前においてもその魔力量とそれを意のままに操る魔力操作。才能と技術を兼ね備えた、将来を約束された天才魔術師として王城の中でも噂となっていた。

 そんな彼は先日、七公家の一角を担うボネット家の当主、アレックスに決闘で勝利を収めた時の光景を、その場にいた宮廷術師である彼女たちは今でも鮮明に覚えている。


 天才、神童。フェイを称賛する言葉や異名は数多くあるが、最もよく使われている異名と言えば戦慄の魔術師だ。

 見る者に畏怖を抱かせる彼の実力は、もはや疑いようがない。


 そんな彼が――最強の精霊と契約していたとあらば、彼女たちの熱は最高潮に達するに決まっている。


 最強と最強。

 誰もが憧れる精霊術師としての最高点に位置するフェイ。

 例えまだ子供であろうとも、彼女たちはフェイに敬意を抱く。羨望を抱く。


『フェイ男爵。今からそなたには、五人の宮廷術師と戦ってもらう』


 魔術具を介して、アルフレドの声が決闘場に響いた。


「五人、ですか?」

『そうだ。アレックス卿を倒したそなたならば、例え宮廷術師であろうとも一対一では勝負にならぬだろう。そこで、一対五での決闘を行ってもらう。――が、不都合があるならば別に一対一でも構わぬが』

「いえ、大丈夫です。驚いただけですので」


 この場にいる宮廷術師のプライドを大いに傷つける発言ではあるが、そんなアルフレドの言葉に異を唱える者は一人としていない。


 今までの人生をかけて培ってきた技術。研鑽されてきた実力のその全てを容易く否定されようとも、そのことに反論できる程度の存在ではないのだ。

 今の時代に置いて、帝級精霊を見ることが出来ることすら、精霊術師であるならば歓喜に値するものなのだから。


 故に、こうしてフェイに対面する五人の宮廷術師も、誰一人として不快そうに表情を歪めることなく、むしろ恍惚としている。

 その眼差しはフリールに向けられている。

 内にいる精霊が、叫ぶのだ。目の前の〝存在〟は、自分達では決して勝てぬと。契約者に警鐘を鳴らす。

 それを感じて、宮廷術師たちはさらに昂る。

 例え敵わぬ相手であろうとも、一生に一度ないはずだった機会がこうして訪れた。

 ならば、今まで生きてきて磨き続けたこの牙を、最強の存在の記憶の片隅に残るぐらいに突き立ててやろう。


 各自、配置につく。

 そして、全員の用意が出来たのを見届けて――決闘の開始を告げる声が響いた。


『始め!』


 秒読みの一切ない、簡潔な一言。それで、場は動き始めた。


 宮廷術師はその場で魔力を解放する。アルマンド王国の誇る五人の宮廷術師の魔力はすさまじい。室内に吹き荒れる。

 が、次の瞬間に、それは呑み込まれた。


「――ッ」


 対面する少年。フェイの放つ魔力に、五人の宮廷術師の魔力は容易く飲み込まれる。

 例えると、宮廷術師の魔力は川。そして、フェイの魔力は――海だ。

 もはや室内の魔力はフェイのもので埋め尽くされる。


 畏怖せざるを得ない。体が恐怖で震える。目の前のソレは、今まで自分たちが学んできた常識を壊していく。


 フリールを解放したことで内包する魔力量を取り戻したフェイの魔力量は、もはや常識の埒外。人知の及ばぬ膨大な量。


 そこで、ようやく宮廷術師たちは理解する。


 常識の外側にいる者こそが、かの伝説の帝級精霊と契約できるのかと。


 氷帝獣以外の残りの帝級精霊と契約することを目標にしていた彼女たち。

 だがそれすらもフェイの圧倒的な力を前にして、砕かれた。


 渦巻く白い魔力の中心で、フェイは隣のフリールを窺う。

 彼女もまた自分を見ていた。


「――フェイ」


 一言、彼女がフェイを呼ぶ。

 その先を言わずとも、彼には彼女の言わんとしていることを理解できた。

 その瞳は雄弁に語っていた。


 この時を――――待っていたと。

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