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戦慄の魔術師と五帝獣  作者: 戸津 秋太
四章 消えない記憶

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百七話

「…………っ」


 フェイはごくりと唾を飲みこむ。

 王の間に入る大きな扉の前。そこで彼は緊張で身を固くしていた。

 これで何度目かは分からないが、ともかく何度来ようとも王の間と言うのは緊張する。

 扉の両脇に立っている甲冑を纏った守衛の騎士が放つピリピリとしたオーラもまたそれを助長する。


「ど、どうしたの?」


 不意に、左袖を摘ままれる感触を覚えてフェイは自分の右側へと視線を移した。

 そこにはフェイの契約精霊――フリールの姿があった。


「どうしたじゃないわよ。何を緊張してるのよ」

「緊張しないほうがおかしいと思うんだけどなぁ……」


 一国の王に会うというのに緊張しないほうがおかしいと。そう思いながらふと、フェイは思った。

 今自分の横にいるのは帝級精霊、氷帝獣なのだ。

 彼女は人の世に縛られない。例え相手が一国の王であろうとも彼女にとっては些細なことなのだろう。


 そう思うと、不思議とフェイは心が落ち着いた。

 彼女の視線は、言外にこう言っているのだ。


 自分がついている以上、何も恐れる必要はないと。


(確かにその通りだ……)


 フェイの体から緊張が抜けたのを見て、フリールは微笑む。

 一歩前に立っている執事――無論トレントではない――が王の間の中に向けて声を発しているのを聞きながら、フェイはフリールを見ずに呟く。


「フリールのことについては状況に応じてだから、何も言わないでね」

「分かってるわよ……」


 フェイが到着した旨を執事が言うと同時に、フェイは前へと進み始める。

 扉が重々しく、ゆっくりと開かれて、もはや見慣れた光景が目の前に飛び込んできた。

 王の間に入る儀礼、すなわち騎士のようにひざまずく。


「フェイ=ディルク、招集に従い参上いたしました」

「うむ、入れ」


 変わらない厳かな声に導かれながら、玉座へと続く紅い絨毯の道を進む。

 室内にいる人の視線全てがフェイと、そして横についてきているフリールへと注がれる。

 心なしかフリールを見る者の表情は固く、恐れを抱いているような雰囲気を漂わせている。

 室内に、アルフレドや国の重鎮たちのそんな態度を見て、フェイは一度目を閉じる。


(そうか、やっぱり……)


 顔を真正面の玉座に座るアルフレドへと向けたまま、横目でちらりとフリールを窺う。

 つまらなさそうにしている彼女に思わず頬を緩めながらも、室内にいる者の鋭利な視線に表情を歪める。

 確信した。

 きっと、彼らはもう知ったのだろう。フリールの正体を。


 唇を引き締めて、玉座の真下へとたどり着く。そして再度跪く。

 と、そこで場がざわつく。

 王の眼前にありながら、顔を伏せることすらしないフリールの態度を見て。


「ちょっ、フリール……?」


 小声で横に立つフリールに囁く。


「私は跪かないわよ。私が跪くべき相手はフェイ以外にありえないわ」


 基本的に精霊が礼を尽くすべき者は自分よりも上位の精霊か、あるいはその精霊の契約者。そして自分の契約者だけとなる。

 フリールは最高位の帝級精霊である以上、必然的にフェイ以外に頭を下げることなどあり得ない。


 無論、フェイもそのことは知ってはいるが国王の前でまでそんな態度を取られるとなると困ったことになる。


 どう説き伏せたものかと表情を険しくしているフェイに、アルフレドが制した。


「よい。わしも臣下でもない者に跪けと強いるつもりなどない」


 本来であればこの場にいる他の者が異議を唱えるだろうが、ことこの場においてはそれがない。

 それはつまり、フリールの正体を知っているのだろう。


「ありがとうございます……」


 一言、短い感謝の言葉を述べる。

 だが心の中では大きな安堵と、同時にこれからの話を考えた時の憂鬱さが入り混じっている。


「具合はどうだ?」


 混沌とした心の中を整理しているフェイに、アルフレドは優しい声で問う。

 そんな彼の言葉にはっとすると、自分の体を確かめてから答えた。


「問題ありません。少しふらふらしますがそれ以外は特に……」

「そうか」


 ありのままの自分の容体を答えたフェイ。

 そんな彼の横ではフリールがつまらなさそうに髪を弄っている。


 取り留めもない会話――前置きを一言二言交わしたところで、フェイは目を細めながらアルフレドを見る。

 その視線が意図するところを察したアルフレドは、一息ついて、先ほどまでとは打って変わって神妙な声色で告げた。


「――そなたに聞きたいことがある」


 その言葉で、フェイは身構える。

 もう何をどう答えるかは心に決めている。それでも、迂闊なことを話し過ぎないように徹底しなくてはいけない。


「そなたたちが調査に向かった海底遺跡。そこでの経緯はすべて聞いている。遺跡の奥深くに眠っていた黒い精霊――それがそなたたちを襲ったことを」

「……はい」

「そなたが最後に遺跡に残り、その黒い精霊を撃退したと聞いたが、間違いないか」

「間違いありません」


 迷うことなく頷く。

 誰がどう見ても誤魔化せる状況ではないだろう。それに、もうその必要もない。


「他の者からの証言では、駆けつけた時にはすでに黒い精霊は消えていて、そなたが気を失っていた。そしてそなたの近くには――横にいる青髪の少女がいたと聞いている」

「――――」


 アルフレドは本題を口にするのを避けているかのように、長々と話す。

 だがもう引き延ばせない。

 意を決して、フェイとフリールの双方を見つめながら、重々しく口を開いた。


「率直に聞こう。横にいる青髪の少女は――氷の帝級精霊、氷帝獣であるな?」


 確信を宿した瞳に見つめられて、フェイは一息の間を置いて口を開いた。


「はい」


 己が長きにわたって他の者には語らずにいた秘密を、ただ一言の返答を以て一国の王に明かした。

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