百六話
室内に備え付けられている小さ目の机。それと対になる椅子に腰掛けて、フェイは目の前に料理が置かれていくのを見つめていた。
さすがは王城と言ったところか。
今座っている椅子や机は勿論、食器も細かな装飾が施されている。
少しして、トレントが全ての皿を机の上に置き終えた。
全てと言っても、主な料理はそれほど多くはない。
病み上がりのフェイを気遣ってか、メインとなる料理はスープとなっている。
そしてパン。
料理と言える料理はこの二種類だけだが、バターの入っている食器やらなんやらで、結果として小さな机を埋め尽くすには十分だった。
まずは一口、スープをスプーンですくう。
野菜の旨さが口内にふんわりと広がり、フェイは思わず唸った。
「これもトレントさんが?」
フェイは傍らに控えているトレントに尋ねる。
「いえ、これは厨房に用意されていたものを頂いてきました。本職はシェフではないので、王城の厨房の勝手をわたくしは知りませんので」
トレントの返答に表情だけで応えながら、フェイはふと、ベッドに腰掛けたままのフリールに視線を向けた。
「フリール、どうかしたの?」
「…………」
「? フリール?」
「……えっ、な、なに?」
二度目のフェイの声かけでようやくフリールははっとしながら返事をした。
(おかしい……)
先ほど、トレントが食事をとりに部屋を出ていき、戻ってくるまでの間に明らかにフリールの態度が変わった。
心ここにあらずと言った感じで。
訝しみながら、フェイはスプーンを一度置いて違和感を口にした。
「珍しいね。フリールが僕の食事の邪魔をしないなんて」
「じゃ、邪魔って、そんなの私しないわよ!」
「どうだか。いつも僕が食べているご飯を自分も食べたいと主張しながら見つめてくるじゃないか」
「なっ……!」
フェイの物言いに、フリールは顔を真っ赤にして口をパクパクさせる。
そうして硬直しているフリールを少し見つめてから、あぁ……と得心がいったのか、頷きながらフェイは口を開いた。
「なるほど、スープとパンじゃフリールの食指は動かないと……」
「フェイ、それぐらいにしとかないと怒るわよ!」
ジト目でフェイを睨みながら、フリールは膨れっ面で拗ねたように言い放った。
そんな彼女の様子を見てフェイは安堵したかのように僅かに表情を弛緩させる。
(やっといつも通りのフリールになってくれた……)
フリールは本来その容姿に相応しい少女らしい性格の持ち主である。
つまりは、時折子供っぽい。
ところが今しがたまでどうにもフェイの様子を窺うような態度を示していて、彼はそういう視線がそもそも苦手なのだ。
(そういえば、フリールって何歳なんだろう)
見かけと性格だけを見ればフェイとそう変わらないが、帝級精霊は遥か昔より存在している。
もしかすれば世代交代があるかもしれないが。
(やっぱり、僕は彼女たちのことを全く知らないな。……でもまぁ、聞く必要はないんだけど)
勿論、聞けるに越したことはない。
だが、年齢なんてものは彼女の力とは一切関係がない。
力に関わること以外を聞く必要などないとフェイは思っている。
彼女たちがフェイに力を貸す。そしてフェイは彼女たちに魔力を、そして居場所を与える。
そういう契約なのだ。
(――――僕が死ぬ、その時まで)
フェイは目を伏せながら、僅かに口元を綻ばせて、パンへと手を伸ばした。
◆ ◆
「フェイ様、少しよろしいですか?」
食事を終えて、トレントの淹れた紅茶を飲みながら一息ついているフェイ。
対面にはフリールも同じようにしていた。
そして、のんびりしているフェイにトレントは話しかけた。
「ええ、勿論。もしかして、この後の予定ですか?」
「その通りです。フェイ様のご学友の皆様もまだ王城におられます。この後、陛下のおられます王の間に足を運んでいただき、事の説明をしていただく予定となっています。勿論、学園長であるジェシカ=フリエル様たちも王城に来た際に説明はしておられましたが、最後まで残っていたのはフェイ様ですので……」
「説明と言われましても、何を語れと? 海底遺跡のことでしたら僕はあまり詳しく知りません。会長や学園長の方が事細かに説明できると思いますが」
フェイの言葉に、トレントは困ったような笑みを浮かべ、伏し目がちに補説する。
「恐らくは、フリール様のことかと。わたくしは今はもう王城の人間ではありませんので詳しいことは分かりませんが、この三日間王城の人間がフリール様の機嫌を損ねないようにと厳命されていたのは聞いていますので」
トレントの歯に衣を着せない物言いにフリールはふんっと不満気に鼻を鳴らす。と同時に、対面に座っているフェイは眉を寄せながら目を細めた。
(以前の王城での決闘でもフリールの力は使ってしまった。あの場には宮廷術師もいたし、もしかしたら……)
思考する。
思案顔になったフェイを見て、トレントは目を伏せて一礼し、彼から更に距離を取る。
そんな気遣いの出来る己の従者を見ながら、フェイはこの後の行動について考えていく。
そもそも、何故今まで帝級精霊のことを伏せいていたかと言えば封印によって彼女たちの力を借りることが出来なかったことに加え、ラナに口外しないように言われていたからだ。
幼い頃に帝級精霊の契約者であると明かすのは、面倒なことに巻き込まれて危ないと。
加えて、フェイは五体全ての帝級精霊と契約している。
ただでさえ強力な帝級精霊が五体だ。フェイが本気を出したなら、彼を抑えられるものはないに等しい。
要するに、権力を持つ者からすれば脅威となるわけだ。
だが……、もう隠しておく必要もないのではないか。
フェイ=ディルクの今の生きる意味はひとえに、ボネット家の権力の失墜。及び社会的な地位においても彼らの上に立つことだ。まだ朧げではあるが、少なくとも今の目標はこれだ。
そして仮に公爵位を目指すとすれば、帝級精霊と契約していることは大きな意味を持つことになる。
このことを国王や周りの重鎮が知ったなら、フェイを国外に逃がさぬよう囲いに来るに違いない。
そのためには、よりよい地位を用意するだろう。
(……まぁ、陛下たちが何の検討もついていないのなら別だけど、もし確信を持たれていたら、その時は――)
フリールをじっと見つめる。
主のその視線を受けて、彼女は小首を可愛らしく傾げた。
およそ帝級精霊とは思えない少女のような仕草を見て、フェイの表情は和らいだ。
この先如何なることが起きようとも、彼女たちとならばなんとかなるだろう。
そう結論付けて、フェイは再び紅茶を口に含んだ。