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戦慄の魔術師と五帝獣  作者: 戸津 秋太
四章 消えない記憶

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百五話

 あまりにも唐突に扉が叩かれ、フェイは思わず身を固くしながら扉の方を見る。

 恐る恐る、中の様子を確かめるようにゆっくりと開かれた扉の向こうにいたのは、フェイのよく知る顔、使用人のトレントだった。

 フェイが起きたことを視認したトレントはほっと表情をやわらげて、失礼しますと一言呟き、扉を超えて室内に足を踏み入れた。


「フェイ様、お加減は……」

「もう大丈夫です。すいません、心配をおかけしました」


 返事をして、アンナがいないことに気付く。

 が、以前もアンナだけキャルビスト村にある屋敷で一人残っていたことを思い出し、彼女がいないことを言及することはなかった。


「いえ。ともかくご無事で何よりです。彼女はなにも語ってくれませんでしたので……」


 トレントはフリールを見やりながらそう言う。どうやらこの三日間、何度も部屋に顔を出していたらしい。

 トレントのどこか非難するような視線を受けたフリールは、唇を尖らせてそっぽを向く。


「フェイ以外の人と話す理由がないもの」


 至極当然のように、フリールは言葉を零す。

 それにフェイはため息をついて、呆れたように口を開いた。


「フリール……、トレントさんは僕のことを心配してくれていたんだ。あんまりぞんざいに扱わないでよ」

「…………わかったわよ」


 フェイに言われてはフリールも態度を改めねばなるまい。

 いやいやそうにトレントに向き直り、そして覚醒(めざ)めて初めて、他人に自分について語る言葉を口にした。


「私は……」


 フェイをちらりと見て、そして視線をトレントに戻す。

 フェイの中にいたからといって、いや、いたからこそ、フェイがどういう風に日々を過ごしていたか分かる。

 それはつまり、学園での生活においても、自分たちと契約していることを一切口にしなかったことも知っているということだ。

 だから躊躇われた。

 自分が彼にとってなんであるか。そんなものは決まっている。

 彼の契約精霊であると。そう口にすればいいだけなのだ。


「――――」


 トレントはフェイにとって近しい人物であり、彼自身トレントに並々ならぬ信頼を抱いている。

 であれば、正直に自分について語ればいい。

 だが。ちらりと窺ったフェイの表情は堅く、その眼で何かを自分に訴えてきていた。

 なにも言うなと。口にはしていないが、そう伝えているのが彼女には分かった。


 ぞんざいに扱うなと彼は言った。

 だがそれは、嘘を、黙秘を、それら一切をやめろということであろう。

 そしてフェイがフリールに望んだのは、真実を告げること。しかし、すべてを語る必要はないと、恐らくはそういうことなのだろう。


 一瞬の間に、誰よりも彼を理解しているであろうフリールは、思考し、結論に至る。

 だから、彼女はトレントに向けてこう口にした。


「私は、フェイの、そうね」


 ふっと口元を緩めてから、続ける。


「フェイの許嫁」

「ぶっ……!! ちょっ、フリール!?」


 たまたま部屋に備え付けられていたコップに水を注いで口に含んでいたフェイは、フリールの言葉にたまらず吐き出した。

 ゲホッ、ゲホッと、むせるフェイ。そして呆然と立ち尽くすトレントに、何故か満足げな表情を浮かべるフリール。


 トレントは、むせるフェイに駆け寄り、背中をさすりながらジッとフェイを見つめる。

 フリールが口にした言葉の意味。その説明を求めるように。

 ジーッと、フェイはフリールに非難の意味を込めた視線を向けてから、トレントに背中をさすられたまま口を開く。


「勿論、許嫁と言うのはフリールの悪ノリですよ。冗談、冗談です。彼女は、僕の――守護者、ですかね。ともかく今はそうとしか。少なくとも彼女は僕を守ってくれる存在で、そして以前トレントさんに語ったことを成し遂げるとすれば、その過程になくてはならない存在です」

「――ッ」


 眉間にしわを寄せて、トレントはフェイの言葉を反芻する。

 以前フェイが自分に語った言葉。

 彼らを、ボネット家を超えたいと。そう口にした。

 そしてフェイは今言った。

 彼らを超えるとして、そのためにはフリールが必要だと。


 王城に担ぎ込まれるまでの経緯をまだ深くは聞いていないトレント。

 しかし今のフェイの言葉で、目の前の青髪の少女が自分では想像もできないほどの奇跡を身に宿しているのだと、そう理解することが出来た。


 ごくりと息を呑んで、そしてフリールを見る。

 そのまま、丁寧な物腰で自己紹介をする。


「わたくしは、トレント=メンデス。フェイ様の専属執事です。勿論わたくしもフェイ様の味方です。ですので、どうか仲良くしていただければ嬉しく存じます……」


 右手を差し出して握手を求めるトレント。

 それを受けてフリールは困惑しながらフェイを見る。

 フェイは、フリールの視線を受けてただただ頷く。


「…………よろしく」


 小さく。だが確かにそう口にして、フリールは目の前の男の握手を受ける。


 と同時に、空腹を告げる音がフェイから発せられた。


 苦笑するトレントとフリール。それに照れたように乾いた笑いを漏らす。


「食事になさいますか……?」


 トレントの言葉に頷く。フェイのその返事を受けて、トレントは食事の用意のために一旦部屋から下がる。


 完全に気配が消えたのを確認してから、フリールは訝しみながらフェイに問いを投げた。


「フェイ。――どうして彼に本当のことを言わないの?」

「本当のことを言ったよ。フリールが僕を守ってくれる存在だって」

「そういうことじゃなくて……!」


 もどかしそうに、フリールは髪をかき乱しながら、言葉を続ける。


「私がフェイの契約精霊だってことをよ! 信じているのなら、言ってもよかったじゃない?」

「信じる、か。――フリール、裏切られるってどういう事だと思う?」

「な、なによ、急に」

「いいから」


 突然の問いにフリールは驚くが、フェイは有無を言わさず答えを求める。

 だが、結局フリールは答えることが出来ずに硬直する。

 そんなフリールを見かねて、フェイは哀しそうに目を細める。


「裏切られるってことは、つまり裏切った人を信じていたということだ。簡単な道理だよ。信じてない人に裏切られるも何も無い。信じたからこそ裏切られた。信じるからこそ裏切られる」


 彼は知っている。裏切られるということを。その苦痛を。その怒りを。


「だから、信じた人をこそ疑わなければならない。信じた人にすべてを語るのは愚者の選択だ」

「フェイ、それは……」


 それはつまり、フェイ=ディルクという人間は、信じた人をこそ信じていないということ。

 ならば、彼はこの世の誰も信じてなどいないのか。


「僕は知っている。信じたからこそ裏切られた人を。家族だからという安易な理由で信じ、信じた人たちに褒められるために努力した愚か者を、僕は他の誰よりも知っている」


 拳を握り、怒りを顔に出す、険しい顔。

 彼の心の中に渦巻く醜悪な感情が、今再び表に出ている。


「だから、僕はこういう生き方をすると決めた。心から信じるのは自分自身だけで十分だ。自分は決して裏切らない」

「――――」


 フリールは俯く。

 俯いてから、悲しみに満ちた視線を向けてフェイに声をかける。


「ねぇ、フェイは――」


 言いかけて、口を噤む。

 フェイは自分のことを信じてくれているのか。

 そう聞こうとして、聞くのをやめた。


 その問いの答えを聞くのが、何故か怖かったから。

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