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戦慄の魔術師と五帝獣  作者: 戸津 秋太
三章 縋りついたその先に

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百三話

「これは……」


 ジェシカ=フリエルは、息を呑んでいた。

 もうすぐ夏だというのに、漂う冷気にその銀髪をなびかせながら。

 先ほどまで、結界が崩れ、建造物内に海水が流れ込んでいる状況を見て、突入しようとしていた矢先、水中からブラムが、そして少し遅れて傷だらけのレイラたちが戻って来た。

 その手当をしながら、事情を聞いていたのだ。

 全員が魔力の大半を失ったことによる疲労感で話すのがやっとのところだった。

 それでも、途絶え途絶え語るレイラたちの言葉をつなぎ合わせて、建造物内に謎の巨人が現れて、フェイが足止めを今も尚していることまでは聞き取れた。

 そして、レイラたちの治療を終えて、遺跡に向かおうとしたところで、突然――海が凍ったのだ。


 歩いて、十分近くかかる距離にある遺跡を中心に、砂浜までの海水、全てが。

 見れば、砂も凍っているところがある。

 氷海と変わり果てた海を見て、ジェシカは呟く。


「な、何ですか、これは……」


 人智を超えた力。神の如き所業を見て、只人はそう問うしかなかった。


 ◆ ◆


「ガハッ、ゲホッ……、フリール……」


 先ほどまでフェイが沈んでいた海水は全て凍り、今は足場となっている。

 天井から降り注いでた海水も凍て付き、美しいと思える光景が広がっていた。

 全てが凍った。建物の壁も、何もかも。

 それはつまり、今まで対峙していた巨人すらも、凍っているということだ。


「何よ、フェイ。そんなに驚いた顔して。あんたが呼んだんでしょ?」


 優しく微笑みながら、フリールは振り返り、フェイに優しく囁く。

 その言葉に棘はない。

 雪のように白い肌に一切の傷はなく。

 肩ほどまでの青髪は自身が放つ冷気でなびく。

 彼女は髪の色と同じ青い目でフェイを捉えると同時に、彼に近付きその頬に手を添えた。


「全く、こんなにボロボロになって……」


 太ももの傷が。フェイの全身に刻まれていた傷が、フリールが手を触れたところから治っていく。


「うん、ごめん」

「フェイ、違うでしょ。あんたが私に言う言葉は」

「……! フリール、ありがとう……」

「それでいいのよ」


 微笑みながら、フリールは氷漬けになった巨人を睨む。


「フェイ。あれ、まだ動いているわよ」

「え?」

「私が凍らすよりも先に壁を作ってるの。魔力の壁を。それを凍らしては壁を作っての繰り返し。何なのあれ。確かに精霊のにおいはするけど、元は違う。あれは……」

「フリール?」

「……何でもないわ。それより、あれはどうするの?」

「え、そうだね。うん、消そう。出来る? フリール」

「愚問よ。私に凍て付かせることの出来ないものなんて、ないんだから!」


 魔力、借りるわよ……とだけ呟いて、フリールは巨人に手をかざす。


「消えなさい……!」


 冷たい声で、フリールは世界に命じる。

 ビキビキと、巨人を覆っていた氷にひびが入り、そして次の瞬間、瓦解した。

 地に落ちたそれらは光となってこの世界から消えた。


「不思議だね……、寒いはずなのにすごく暖かい」


 吐く息が白くなっているのを見て、フェイが呟く。


「私があんたを傷つけるわけがないでしょ。この世界は私が作ったものだけど、あんたの世界でもあるんだから」

「フリール……」


 とても懐かしい。

 全てが凍ったこの世界が。全てが停まったこの世界が。

 彼女と自分。二人しかいないこの世界が。


「……ぅ」


 意識がおぼろげになっていく。視界がぼやけていく。

 魔力を大量に消費した影響か、貧血のような症状が現れる。

 頭に鈍い痛みが走り、フェイは思わず頭を押さえた。


「フェイ?」

「あぁ、大丈夫。魔力を使い過ぎただけだから」


 瞼が重たくなっていく。

 でも、フェイはそれに抗う。

 久しぶりの世界。

 心地がいい、この世界をもう少し見ておきたかった。


 そんなフェイの想いを感じたのか、フリールはフェイの額を撫でながら言う。


「大丈夫よ。私はいつでもあんたの傍にいる。こんな世界、いつでも作ってあげるわよ。だから――」


 彼女は優しく告げる。慈愛に満ちた声で。


(あぁ、そうか……。彼女はもう、覚醒(めざ)めたん……だ)


 意識が黒く染まっていく。

 そんな中で、彼女の声だけが聞こえた。


 ――だから、今はゆっくり休みなさい。


 そうして、フェイは氷の城で意識を手放した。


 ◆ ◆


覚醒(めざ)めたか……」


 遠い地――暗黒大陸。

 その奥地。

 黒い城の中で一番広い部屋で、男は空中に映し出される光景を見て呟いた。

 黒い肌。鋼のような筋肉が服の合間からその姿を主張している。

 男は、豪奢な椅子に座り、足を組み、肘掛けに腕を置いて頬杖をついていた。


 そんな男が見ている光景は、全てが凍った地だった。


「陛下、いかがなさいますか……」


 傍らに控えていた執事らしき人物が、男を陛下と呼び、聞いた。


「ふん、よいではないか。こうして帝級精霊の健在も確認した。実験成果を一体失ったのは痛手だが、もとよりあの実験体はそのためにあそこに置いてきたのだ。それになにより――」


 男は口角を上げてから言う。


「――あいつ一体に、あそこまで手こずるようでは、程度が知れるというものよ」


 くっくっくっと、男は嗤う。

 矮小な存在を嘲るように。


「それで、向こうはうまくいっているのか?」

「はい。既に数年。今では完全に溶け込んでいるようで、重要な位置に据えられているとか」

「くく、それは重畳。余たちはいつでも行動に移せるということだな?」

「御命じ下されば、いつでも」


 そうかと執事に向かって言葉を呟きながら、男は空中に映し出された光景に再度目を向けた。

 青髪の少女と黒髪の少年。

 二人を見てから、男は詰まらなげに映し出された光景を消し、執事に顔を向けた。


「あいつの教育はどうなっている」

「それが、まだ何とも。ご息女は頑なに拒んでいるようでして……」

「全く、困ったやつだ。魔族たる者弱者に無駄な感情を抱くなと言うのに。いいか、あれは絶対に壊すなよ。丁寧に教育せよ」

「承知しております」


 深く頭を下げた執事に男は頷き、そして、後ろを見た。

 暗い室内。闇が蠢くそこには、紅い光が何十もあった。

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