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戦慄の魔術師と五帝獣  作者: 戸津 秋太
三章 縋りついたその先に
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百二話

「フェイお兄様!?」


 思わず驚きの声を上げる。

 それもそのはずだ。

 彼は今、黒い精霊と対峙しているはずなのだ。


「エリス、無事だったか。会長たちは……」


 部屋を見渡す。

 グレンに容体を見るセシリアに、内包魔力が視るからに激減しているレイラ。

 建物は崩れ、水が中に入ってきている。

 そして――


「巨人……」


 絶望的な状況だ。

 今精一杯の魔力を凝縮して放った魔法も、巨人には一切通じず、せいぜい体勢を崩す程度の効果しかなった。


「フェイ君、どうして戻って来たんですか! 倒したのなら、そのまま学園長の元へ逃げればよかったものを……!」

「そうしていれば全滅していたでしょう」

「あなたが来ても結果は変わりません! ……っ、すいません。言い過ぎました」

「いえ……」


 今のやり取りでフェイは確信した。

 もうこの場にいる誰もが、このまま逃げられると思っていない。

 海の底。

 攻撃の利かぬ敵。


(絶望的だ。せいぜいこの中で一人逃げられたらいい方だ。もっとも、あいつは誰一人逃がしてはくれないだろうけど……)


 こちらを睨むようにして見つめてくる巨人。


「……?」


 巨人はフェイを見ると、今まで構えていた両腕から力を抜く。

 そして、右手をフェイに向けてかざした。


「まさか……!」


 黒い靄が巨人の手先に集まり、そして――丸い玉となって放たれた。


「くぅ、【アイスソード】!!」


 防御魔法を展開するも突破され、逃げ場もない。

 フェイは半ば反射的に、氷帝剣を呼び出し、黒い玉を斬った。


「何ですか、その剣は……?」


 フェイが握る氷雪の剣を見て、レイラたちは驚きの声を上げる。

 だが、彼女たちは一人として、その剣が何なのかは知らないらしい。

 それもそのはずだ。

 この剣が衆目に晒されたのは、かつての魔族との大戦において、五英傑が振るった時以来なのだから。


(このままなら新しい魔法だとかで誤魔化せるかもしれない。だが、とにかく今は後のことを気にしている暇なんてない。今は、こいつを倒すしか……!)


 レイラの声を無視して、フェイは巨人を睨みつける。

 そしてそのまま、力いっぱいの声で叫んだ。


「皆さんは今すぐ逃げてください! こいつは僕が倒します!」


 倒す。

 フェイはそう言った。


「で、ですが……」

「早く! あなたたちがいると、満足に戦えない!」


 フェイの言葉に、エリスを始め全員が悔しげに俯く。


「おい、フェイ!」

「……? 何か」


 唐突に、ブラムがフェイに向かって叫んだ。


「絶対にこいつを倒せよ。少なくとも俺がこの場を去るまでは!」

「…………。先に言っておくけど、ブラムのためにするわけじゃないから」

「ふんっ!」


 ブラムはフェイの言葉に鼻で笑うと、エリスの肩に手を乗せて立ち上がる。

 そしてすぐさま出口へ向かおうとする。


「フェイお兄様……」


 エリスが、そしてセシリア、レイラもまた不安そうにフェイを見る。

 と、ブラムの動きを察知した巨人が黒い玉を、今度は小ぶりのものを放った。


「ち……っ!」


 それをフェイは斬る。

 だが、二つに分かれた玉はそれでも尚破壊力を伴って壁にぶち当たる。

 物量任せで次から次へと放つ巨人。

 それを斬る事で辛うじて防ぐフェイだが、巨人に攻撃できずにいた。


 ブラムがこの部屋を脱したのを横目で見ながら、フェイは肩を上下させていた。


(くそ……っ、黒い靄に触れている帝剣からさらに魔力が……! エリスは、出口付近か。あの分なら逃げ出せそうだ。問題は……)


 問題は、気を失っているグレンを二人がかりで運ぶセシリアとレイラだった。

 既に水は足首辺りまで来ている。

 広がった建物の穴から滝のように水が入ってきている。


「っ!」


 落ちてきた瓦礫を避ける。

 と、その避けた先に、巨人が黒い玉を放った。

 それを難なく斬りおとす。

 レイラたちに向けて放たれた黒い玉も斬りながら、フェイは立ち回る。


「フェイ君、あなたもすぐに逃げてください……!」

「大丈夫ですよ。あれを倒してから脱出するので」


 出口に到達したレイラの声に、フェイは振り向かずに返す。

 そして、全員の気配が消えたところで、フェイは思わず口角を上げた。


「全く、どうしてこうなるのかな……」


 嫌いな人を。恨んでいる人を助けるために自分の命を危険に晒す。

 今まで何度か自分を嫌いになったことがある。

 精霊と契約できなかった時、才能のない自分を嫌いになった。

 あの日、あの森で、死んでもいいと思った自分を嫌いになった。

 そして今――嫌いな人を助ける自分を嫌いになった。


「魔力も殆どない。足場は最悪。このままだと水が僕の背を超える。にも関わらず、敵は魔法が利かなくて、絶対に僕を逃がしてはくれない……」


 海水は太ももの辺りまで迫っている。

 時間を追うごとに、入ってくる水の量も増えていく。


「おまけに魔力は随時搾り取られていく。本当に最悪な状況だ」


 逃げてしまえばよかった。

 あの黒い精霊を倒してから、逃げればよかったのだ。

 でも何故か、助けにきてしまった。


「――っ」


 黒い玉を数個、放ちながら巨人は自らの拳を振り下ろしてきた。

 黒い玉を斬り落としながら、その拳を避ける。

 と、跳躍して避けた先に瓦礫があり、それに脚をとられて倒れこむ。

 ばしゃりと、背中から水に浸かった。


「くっ、こんのっ!」


 そんなフェイに向けて情け容赦なく放たれた攻撃をフェイは仰向けの体勢で氷帝剣を横に一閃、斬りながら体勢を立て直す。

 水流で、穴は更に広がり、水かさが容赦なく増していく。


 そんな中で、フェイは冷静に状況を分析していた。

 此処は地下だ。

 にも関わらず水が入ってくるのは、つまり一階が浸水したのだろう。

 それもそのはずだ。

 結界が壊れたということはすなわち、上から膨大な海水が建物を潰すように降り注いだに違いない。

 一瞬で建物の一階部分は崩れ去り、そして今こうして地下へと流れてきているのだろう。

 周りの海底よりも下に掘り下げられた地下部分。

 そこに周りの海水すべてが集中している。


(エリスたちは、まぁ何とかなるだろ。会長の魔法で……)


 避けては、斬り、避けては斬りを繰り返しているうちにフェイの体に刻まれる傷が増えていく。

 水かさはもうフェイの肩まで来ていた。


「!? くぅ……、んのっ!!」


 突如、巨人がフェイの体を押さえこむ。

 フェイはそのまま全身が水に浸かる。


(こいつ、まさか息を……!)


 振り払おうとするが、力が入らない。

 息の出来ない苦しみのあまり、もがいているうちに右手に持つ氷帝剣を――手放した。

 氷帝剣が魔力に還ったのを、ぼやけていく視界の中で他人事のように見ながら、フェイは目を瞑った。


 もうすでに、レイラたちは逃げおおせただろう。

 自分の役目は、十分に達成できた。

 湧き上がるのは死への恐怖心ではなく、達成感。

 何かを守ることが出来たという、ただその感情だけだった。


(ごめんなさい、ラナさん。僕は……)


 きっと、彼女も許してくれるだろう。

 そう思いながら、フェイは全身から力を抜いた。


 そんなフェイの態度を受けて、巨人は彼の拘束を解く。


(……!? あいつ、何を……)


 フェイは思わず目を開く。

 水上にいるそいつは、真っ直ぐとレイラたちが出ていった出口へと視線を向けていた。


(!! そうか、僕がこのまま死ねば、あいつはきっと会長たちを追う。そうしたら、合宿に来ているみんなの命も危ない)


 薄れ行くフェイの意識に、ゲイソンやアイリス、メリアたちの姿が浮かび上がる。


(それは、それだけはいけない!)


 歯を食いしばり、手放そうとしていた命に縋りつく。

 再び氷帝剣を現出させようと、フェイは魔力を放出する。


 そんなフェイの変化に気付いた巨人が、すぐさま黒い靄を集めて攻撃を放つ。

 それは避けようのない一撃。

 時間の流れが遅くなったかのように、フェイはそれを冷静に見つめていた。


 避けようのない一撃。

 あれを受けて、自分は死ぬ。

 それは、それだけは阻止せねばならない事だった。


 ――私が、いるでしょ。


 フェイの脳裏に、声が響き渡る。

 その声は優しく、暖かい。


 ああ……そうか。


 フェイは思い出した。


 君たちは、君たちの力は――何かを守るためにあったんだ。


 あの時、ラナの時だってそうだ。

 自分は彼女を守ろうと。


(何もせずに大切な者を失うなら、守ろうとして失った方がマシだ!)


 覚悟を瞳に宿して、フェイは決意する。


 長い言葉は、彼と彼女の間には不要だ。

 そんなものは要らない。

 ただ一語。彼らに必要なものはそれだけだ。


「来てくれ、フリール!!!!」


 そう――名を呼ぶだけで、良かったのだ。


 長きにわたる封印から、最強の名を冠する精霊が覚醒(めざ)める。


 その瞬間に、全てが凍った。

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